第14話 男爵令嬢ミーア視点 ― なぜ太る?断食作戦開始!
ミーア視点 ― 断食作戦開始!
その日、わたしはいつものように仕立てられた真新しいドレスに腕を通そうとして、違和感に気づいた。
「……え?」
背中のホックが、閉まらない。
メイドが必死に引っ張ってくれるのだけれど、布地が「びきっ」と悲鳴を上げた。
「お嬢様……す、少し……お体が……」
「ちょ、ちょっと待って!」
わたしは鏡の前に立ち、じっと自分の姿を見つめた。
顔。
昨日までと同じはずの輪郭が、ほんのり……いや、はっきりと丸くなっている。
頬がふっくらして、笑えば二重あごが……!
「そ、そんな馬鹿な……!」
慌てて体重計に乗る。
針がくるくると回り――止まった数字を見て、息が止まった。
「ご、ごごご……五キロ!? 増えてる!? なぜ!?」
思わず叫んでしまった。
だって昨日まで普通だったはずなのだ。
特に大食いしたわけでもない。甘いケーキを少し余分に食べたぐらい。
「な、なんで……」
頭の中をぐるぐると疑問が駆け巡る。
夜な夜なアーサー様に抱きしめられたり、マッスル様に持ち上げられたり……確かに運動量はあるはず。
むしろカロリーを消費して痩せてもおかしくないのでは?
「いや、待って……もしかして、幸せ太り……?」
ぞっとした。
そんな言葉、わたしにふさわしいわけがない。
王妃になる女が“ふっくら”だなんて、笑い話にもならない。
「いけない……! これはまずいわ!」
わたしはその瞬間、決意した。
――ダイエットするしかない!
◆
その日の夕食。
豪華な肉料理やクリームスープを前に、わたしは毅然とフォークを置いた。
「わたしはもう、食べません」
メイドたちがざわめく。
「お嬢様!? お身体に障ります!」
「食べなければ倒れてしまいます!」
うるさい。
これはわたしの未来のため、王妃になるための戦いなのだ。
「大丈夫よ。少しくらい我慢すれば、すぐに元通りになるわ」
そう言って食事を断ち、紅茶だけを口にした。
空腹は辛い。けれど我慢。
わたしは美しい王妃になるのだから。
◆
翌朝。
期待に胸を膨らませ、再び体重計に乗る。
「…………っ」
数字は――さらに五キロ増えていた。
「なっ……なぜええええええ!?」
思わずその場に崩れ落ちた。
断食したのよ!? 何も食べなかったのよ!?
なのにどうして増えるの!?
鏡を覗き込むと、昨日よりさらに丸くなった顔がそこにあった。
頬は林檎のようにぷくぷくで、腹部はまるで柔らかいクッション。
「こ、これは……ま、まずい……」
王子殿下の前に出れば、きっと気づかれてしまう。
「天使のように清らかなミーア」ではなく、「ふっくらとした肉団子のミーア」になってしまう!
そんなの、絶対に許されない。
◆
「断食よ……! もう、完全に食べない!」
わたしは宣言した。
水だけで過ごすのだ。
王妃の座のため、アーサー様やマッスル様に知られぬように――いや、彼らはもう知ってしまうかもしれない。
なぜなら昨夜、二人に抱きしめられたとき、彼らの手が明らかに「前より柔らかくなった」と気づいていたから。
「……くっ」
あの時のアーサー様の目――冷徹で何でも見透かす瞳が、わたしの肉を計測しているようで怖かった。
マッスル様の手――逞しいはずなのに、柔らかさに呆れているように感じた。
「駄目よ……絶対に駄目。痩せなきゃ……!」
わたしは必死に祈る。
水を飲むだけで一日を過ごし、ベッドに倒れ込むたびに「これで痩せられる」と自分に言い聞かせた。
だが――翌朝。
またもや、針は五キロ分、重くなっていた。
「ひいぃぃぃぃっ!!!」
絶叫が部屋に響き渡る。
◆
これは、ただの食べ過ぎや運動不足ではない。
何かがおかしい。
わたしの体に、知らぬ力が働いている。
「く、くそぉ……」
鏡の中でふくらむ自分の腹を押さえながら、わたしは焦燥を隠せなかった。
断食しても太るなんて理不尽すぎる。
このままでは殿下の隣に立てなくなってしまう。
「……もう我慢できない!」
部屋に籠もっていると気が狂いそうだった。
わたしは羽織をまとい、屋敷を出た。
少しでも体を動かそうと、庭園を歩き、さらに城下へと足を伸ばす。
歩いていれば少しは痩せるかもしれない――そんな淡い期待もあった。
だが歩きながら、ふと頭に浮かんだのは、今あの地下牢に落ちているローゼ・フォン・エルンストのことだった。
「ふん……牢屋に閉じ込められて、泣いているに違いないわ」
想像すると少し気が晴れた。
いっそ見に行って、その惨めな姿を目に焼き付けてやろう。
そうすれば、この苦しい気分も吹き飛ぶはずだ。
◆
そうしてわたしは、王宮の地下へと足を運んだ。
湿った空気、冷たい石壁、重苦しい鉄格子――そこは罪人たちの巣窟だった。
ローゼが収監されているのは、最も深い地下牢。
わたしが通路を歩いていると、二人の看守の話し声が耳に入った。
「おい、聞いたか? あの公爵令嬢のことだよ」
「ローゼ様か? ああ……ったく、信じられんよな」
わたしは足を止め、耳をそばだてる。
「牢に入ってるってのに、毎日ごちそうを食べてやがる。肉料理に果物、甘い菓子までだ」
「それも山ほどな。あれだけ食えば普通は丸々太るはずだが……不思議なことに、あの嬢ちゃん、まったく体形が変わっちゃいねえ」
「むしろ前より綺麗になってるって噂だぜ。肌なんかつやつやして、囚人とは思えん」
「なっ……!」
思わず声を上げそうになり、慌てて口を押さえた。
だが胸の鼓動は収まらない。
(な、なんですって……? ローゼが……贅沢な食事をしてるのに、太らない? それどころか綺麗になってるですって!?)
信じられなかった。
わたしは断食しても断食しても太る一方なのに。
ローゼは食べても食べても痩せたまま?
「……っ!」
頭の奥がぐらぐら揺れるような衝撃。
もしかして――わたしのこの異常な太り方は、ローゼのせいなのでは?
あの女が、牢屋の中から何か仕掛けているのかもしれない。
王妃の座を奪おうとしたわたしに、呪いのような仕返しを……。
「許せない……」
わたしは唇を噛んだ。
ただ牢屋に落ちただけでは足りなかったのだ。
ローゼは今もなお、このわたしを苦しめている。
「見てなさい……必ず、暴いてやるわ」
地下牢の奥に潜むローゼを思い浮かべながら、わたしは静かに決意した。




