第13話 男爵令嬢ミーア視点 ― 絡み合う欲望
ミーア視点 ― 絡み合う欲望
月明かりの庭園に立つわたしを、アーサー様とマッスル様、二人の視線が射抜いていた。
噴水の水音が、ひどく冷たく響く。
「……で? どういうつもりだ、ミーア」
アーサー様の声は氷のように冷たく、けれどその奥に熱が潜んでいるのを、わたしは知っている。
「おいおい、アーサー。そんな睨むなよ」
マッスル様が愉快そうに笑い、腕を組む。月明かりに照らされる筋肉が眩しいほどだった。
「ミーアは俺たち二人を選んだんだ。欲張りだが、それもまた魅力だろ?」
「くだらない」
アーサー様は鼻を鳴らし、けれど視線を逸らさない。
「おまえは筋肉で考えるからそう言えるんだ。王妃の座を狙う女が、二股など許されるはずがない」
「でもよ、アーサー。おまえだって惚れてんだろ?」
マッスル様がわたしの肩に分厚い手を置く。その重みに背筋がぞわりと震える。
――ああ、これだ。
この危うい緊張感。二人の男に同時に求められる背徳の甘さ。
わたしは思わず唇を噛み、笑みを隠した。
「……ふふ」
目を伏せ、しなやかに二人を見上げる。
「お二人とも、わたしを責めたいのですか? それとも……まだ、わたしを欲しいのですか?」
挑発の言葉。
アーサー様の眉がぴくりと動き、マッスル様の口元がにやりと歪む。
「……愚かな女だ」
アーサー様は吐き捨てるように言いながらも、一歩近づいてきた。
「だが……その愚かさに、俺は抗えない」
「はっ、正直でいいじゃねぇか」
マッスル様が豪快に笑い、反対側からわたしの腕をつかむ。
両側から引き寄せられ、息が詰まる。
けれど、心地よい圧迫。
わたしは二人の狭間に囚われながら、陶酔する。
◆
その夜から、危うい逢瀬が続いた。
昼間は王子殿下の婚約者として完璧に振る舞い、誰からも羨望の眼差しを浴びる。
だが、夜になると。
廊下の影、客間の奥、王宮の裏庭。
アーサー様とマッスル様が交互に、あるいは時に同時に、わたしを求めてくる。
アーサー様は冷徹で、支配するように抱きしめる。
「おまえは愚かで醜い女だ……それでも俺は、捨てられない」
その囁きに、ぞくりと背筋が痺れる。
マッスル様は情熱的で、力強く抱き寄せる。
「おまえは俺の女だ。誰にも渡さねぇ」
その低い声に、心が蕩ける。
――どちらも、手放せない。
わたしは次第に、二人を巧みに使い分けるようになった。
アーサー様には「冷たい視線が怖いの」と甘え、マッスル様には「力強さが安心するの」と囁く。
どちらも簡単に騙され、わたしを離そうとしない。
愚かだ。
でも、男というものはいつだってそう。
少しの言葉と涙で、簡単にわたしの虜になる。
――そして、王子殿下には決して知られない。
◆
だが、均衡は脆い。
「ミーア。おまえ、どちらを選ぶつもりだ?」
ある晩、アーサー様が真剣な眼差しで問うてきた。
「選ぶ? 何を、ですの?」
とぼけるわたしに、彼は唇を歪める。
「俺か、あの筋肉馬鹿かだ」
「はぁ? なんだと!」
背後で聞いていたマッスル様が低く唸り、拳を握りしめる。
空気が一瞬で張り詰めた。
二人の男が、わたしを巡って争う――そんな展開。
本来なら恐れるべきなのかもしれない。
けれど、わたしはむしろ胸を高鳴らせていた。
――わたしのために争うのだ。
なんて甘美な光景。
「まぁまぁ」
わたしは二人の腕に触れ、優雅に微笑む。
「争う必要なんてありませんわ。だって、わたしは……お二人とも、手放す気なんてないのですもの」
その言葉に、アーサー様の瞳が揺れ、マッスル様が息を呑む。
「……狂っている」
アーサー様が低く呟く。
「だが、その狂気に俺は惹かれる」
そして彼は唇を噛み、わたしの頬に触れる。
「はっ……仕方ねぇ。おまえが望むなら、俺は何度だって抱いてやる」
マッスル様も負けじと腕を回し、わたしを引き寄せる。
結局、二人とも抗えない。
わたしの欲望に、わたしの演技に。
◆
こうして三人の秘密は続いた。
アーサー様とマッスル様は互いを憎み、牽制し合いながらも、わたしを前にすれば結局は欲望に屈する。
わたしはその狭間で甘い蜜を吸い、夜ごと快楽に酔いしれる。
王子殿下は、そんな裏切りを夢にも思わない。
彼はわたしを「天使」と讃え、未来の王妃として大切に扱う。
――愚かしい。
けれど、それでいい。
わたしは手に入れる。
王妃の座も、アーサー様の冷たい熱も、マッスル様の力強い抱擁も。
すべてを、欲しいままに。
「ふふ……おーっほっほっほ!」
夜の庭園に、わたしの高笑いが響いた。
欲望と欺瞞に満ちた未来を、誰も止められはしない。




