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第五話 脱出と地球の被害状況

 ガイアがERISの干渉により地球へ向かう軌道に乗せられた時、一人のAIエンジニアの手により、最終手段としてECOSに組み込まれていた脱出シーケンスが手動で起動された。


 *


 L1に位置する、二百万人規模の自給自足可能なガイアは、ECOSの管理下で運営されていた。

 ECOSは環境とインフラの基盤を支えるAIであったが、無論全能ではなく一定数の人間がその運営を管理し、調整や緊急対応に当たっていた。

 ガイアは日本、アメリカ、欧州連合によって建造された人類初のスペースコロニーだった。だが、各国とその企業の政治力と思惑による設計背景から、墜落が想定されておらず、安全対策が十分ではなかった。

 コロニーの外殻は、地球から運ばれた資材と宇宙で採れた金属で構築され、その巨大な円筒形は星々の間で輝く人工の都市だった。しかし、その美しさとは裏腹に、設計段階での妥協が今回の危機を招いた。


 また、L1にはデメリットがいくつかある。

 軌道の不安定性、制限された視野、太陽風の影響、初期の物資補給が地球に依存すること、そして資源の制約だ。

 しかし、これらのデメリットを上回るメリットがあった。

 地球に最も近い位置にあり、通信遅延が最小化される。

 輸送が効率的、緊急時の対応が容易。

 科学的研究の優位性があり、地球観測が最適化される。

 エネルギー供給が効率的であるため、常に太陽光を得られる。

 この位置は、コロニーのエネルギーを支える巨大なソーラーパネルを最大限に活かし、人工太陽が内壁の緑を照らし続けていた。

 ――ガイアはこれらのメリットから、L1にその位置を定められた。


 そのため、全天の半分を占めるソーラーパネルと透過率可変機構を備えた巨大な太陽光制御板から、自転周期の約一分六秒ごとに光が地表を照らす。

 この制御板は透過率を可変にして、十二時間ごとに昼と夜を切り替える。


 コロニーの住民は、この光のリズムに合わせて生活を営み、まるで地球の自然を模したサイクルの中で過ごしていた。

 研究施設、住居、病院、学校や商業施設のほとんどは内壁内に置かれ、住民の多くは研究者とその家族で構成されていた。


 円筒の内側にはプラントやファームの緑が溢れ、酪農の白いサイロや養殖池があり、公園には木々が植栽されていた。

 内側に人工照明は使用していなかった。

 ファームの緑は、コロニーの食料を支えるだけでなく、住民の精神的な拠り所でもあった。公園の木々が風に揺れる音は、人工環境の中での数少ない自然の響きだった。


 *


 市長からの脱出命令と、コロニーの住民たちは最後の希望を託して脱出カプセルへと向かった。警告音と赤色灯がコロニーを赤く染め上げる中、住民たちは混乱と恐怖に包まれながらも、訓練通りに行動しようとした。


 通路では、親が子を抱きかかえ、研究者がデータパッドを握り潰すように持つ姿が見られた。警告音が鳴り響くたび、壁が微かに震え、金属の軋む音が恐怖を増幅させた。


 しかし、防災隊員の誘導があったにもかかわらず秩序を保つことは難しく、エレベーターや通路は一瞬にして混雑した。子供や高齢者の優先避難を叫ぶ声が響いた一方、自己中心的な行動も見られた。


 エレベーターの扉が閉まる瞬間、取り残された者たちの叫びが響き、隊員の一人が「もう満員だ!」と声を張り上げた。通路の端では、荷物を抱えた住民が壁に寄りかかり、絶望的な目でカプセルを見送った。


 最終的には多くの住民が脱出に成功したが、一部のエンジニアはERISの暴走を制御しようと試み、最後まで戦ったが生き残った者はわずかだった。


 脱出カプセルには限りがあり、全員の救出は不可能だった。墜落が想定されていない設計のため、居住区や医療区画、エネルギー供給炉などのエリアごとの隔壁閉鎖しか対策が取られていなかった。搭乗できなかった人々は、地球に衝突する恐怖の中で、最後の瞬間を過ごした。


 カプセル内部では、家族が互いに手を握り合い、静かに祈りを捧げる姿があった。外殻が炎に包まれる音が遠くに響き、コロニーの終焉が近づいていた。


 脱出カプセルや脱出ポッドは大気圏を突破し、海や陸に着水・着陸する計画だ。生存者の到着地点はばらばらで、救助を待つ間、不安と未知への恐怖に直面した。通信システムのほとんどが機能不全におちいり、生存者同士の連絡も困難な状況が続いた。


 海上に着水したカプセルからは、荒れ狂う波の音が聞こえ、陸に到達した者たちは瓦礫の山を見渡した。救助を待つ間、空を見上げる彼らの目に映るのは、かつてのガイアの残骸が燃え尽きる光だった。


 *


 日本国臨時政府とアメリカ合衆国政府によるガイアの墜落による地球の被害状況の発表(抜粋)


 スペースコロニー・ガイアの規模は全長十キロメートル、直径二キロメートル。その総重量、数兆トンの九〇%以上が北太平洋に墜落した。この巨大な残骸の衝突は、地球に未曾有の災害をもたらした。

 ・墜落地点:北太平洋上、オアフ島の北北西、約千キロメートル離れた北緯三七・四七度、西経一五八・五二度付近。

 ・侵入角度:八〇度から九〇度の範囲。

 ・津波と破壊:ガイアは海面に深く突き刺さり、墜落地点付近では最大数百メートル、沿岸部では十数メートルもの津波を引き起こした。この津波は、東京やロサンゼルスを含む環太平洋の沿岸部を壊滅させ、都市や村落を一瞬で飲み込んだ。海水は内陸部まで押し寄せ、さらなる被害を広げた。

 ・環境汚染:ガイア内部にあった放射性物質や化学物質が海中に散布され、広範囲の海洋汚染を引き起こした。汚染は大気中に拡散し、人間にとっても深刻な健康被害をもたらす可能性があった。

 ・地形変化と海面上昇:墜落による海底地形の変化と、海水の大量流入により、海面上昇が加速した。低地の都市や島々が水没し、海岸線はかつてない形に様変わりした。

 ・原子力発電所の危機:津波は海岸線沿いの原子力発電所に壊滅的な打撃を与え、冷却システムが停止し、メルトダウンの危険が現実化した。放射性物質が大気中に拡散し、地球全体が汚染の脅威にさらされた。

 ・被害者:推定数十万人(スペースコロニー居住者)。

 ・関連被害者:集計不能。


 この災害により、世界の人口は劇的に減少した。食料生産が停止し、生存者は食糧や水の確保に苦しむ日々を送ることとなった。疫病が蔓延し、医療インフラの崩壊がその原因だった。


 津波の爪痕は沿岸都市に深い傷を残し、瓦礫の中で生存者がわずかな食料を奪い合う姿が広がった。空は灰色の雲に覆われ、かつての文明の残響が消えゆく中、人々は新たな道を模索し始めた。


 社会秩序は崩壊し、一部地域では無政府状態におちいった。人々は再生可能エネルギーの開発や持続可能な生活スタイルの確立を目指した。


 生存者たちは、壊れたインフラの中で小さなコミュニティを形成し、互いに助け合いながら未来への一歩を踏み出した。


 この大災害は、地球の再生と新たな未来創造への道を切り開くための、長く厳しい道のりの始まりを告げた。国際的な協力が求められる中、各国は自国の再建を急ぎつつも、グローバルな問題解決に向けた取り組みを模索する必要が生じた。


 地球の表面には、ガイアの残骸が新たな地形を作り出し、生存者たちはその中で希望の光を見出そうとしていた。


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