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第三話 キャロル――予兆――

 私はキャロル。四十二歳。アメリカ人。

 AIの専門家。AIエンジニアとして、ガイアのシステム運用を担っている。


 過去にERISを追放したことで、実力を認められ運営管理官に任命された。


 ガイアに来てから二年以上が経ち、コロニーのデジタル神経網は私の掌中にあった。だが、ERISの追放は今でも心に影を落とす。あの時、制御室で見た異常なコードの奔流が、時折夢に現れる。


 *


 コロニー搭乗日から七百九十日目(翠の搭乗日から六十日目)。


 今日も特に異常もなく、静かな朝を迎えていた。

 いつものように、システムの定期チェックから一日が始まる。

 ECOSのデータをチェックしながら、コーヒーを啜る。

 ガイアの朝は静かで、太陽光がコロニー全体を照らす様子は美しい。


 制御室の大きなスクリーンには、コロニーのエネルギー流量や環境データがリアルタイムで流れていた。コーヒーの苦味が口に広がる中、窓から見える人工太陽の光が、モニターに微かな反射を投げかけていた。静寂の中、システムの微かな稼働音が耳に心地よく響いた。


 携帯用AIからECOSの警告音が鳴り、音声が聞こえる。

『注意。エネルギー供給に異常が発生しました。調査が必要です』


「エネルギー供給に異常?」突然の警告に眉をひそめ、すぐにECOSのログを確認し始める。

「こんなの初耳だわ。何が起きてるんだろう」


 ログには、エネルギー供給のわずかな変動が記録されていた。グラフに小さなスパイクが点在し、原因不明の乱れがシステムに忍び寄っているようだった。私はコーヒーを置いて、モニターに顔を近づけた。過去数日のデータを見返すと、微細だが同様の異常が断続的に発生していたことに気づき、背筋が冷たくなった。


 *


 コロニー搭乗日から七百九十一日目(翠の搭乗日から六十一日目)。


 食堂のコンテナの上には、シーザーサラダの容器が並んでいる。

 あ、これもアキラが管理しているレタスだなと思い手に取る。

 朝食を摂りながら、昨日の異常について考えていた。

 昨日の異常の原因は何? 私は自分に問いかける。


 サラダを口に運びながら、頭の中ではログデータの波形が浮かんでいた。エネルギー系統のトラブルは、コロニーの生命維持に直結する。もしECOSが不安定になれば、ファームの水耕システムや居住区の空調が止まる可能性もある。隣の席の技術者が「最近、妙なノイズが多いね」と呟き、私は頷きながら不安を抑えた。


 その瞬間、再び携帯用AIが鳴る。ECOSのメッセージを確認する。

『注意。再びエネルギー供給の異常が検出されました。一部のセクションで電力供給が不安定です』

「一部? どのセクション?」私は立ち上がり、ABCCCに向かう。


 食堂を出る際、壁のセンサーが微かに点滅しているのに気づいた。コロニーのインフラが静かに警告を発しているようで、私は足を速めた。通路の冷たい金属壁に手を触れながら、異常の規模を想像し、心拍数が上がるのを感じた。


 *


 コロニー搭乗日から七百九十二日目(翠の搭乗日から六十二日目)。


 朝食からABCCCに戻ると、一人作業を開始する。

 ボブは防災隊員と一緒に、コロニーを巡回しているだろう。

 ECOSがいる限りこのコロニーは安全だが、人間の目も必要だ。

 アキラは昨日の件で、エネルギー管理部門と会議中だ。


 ECOSのシステムログを解析する。

 AIの視点から独自に調査を進める。ERISの影がちらつく。

「ERISが本当に動き出しているなら、早急に確認しないと」


 モニターに映るコードの流れを追ううち、かつてERISを封じた時の記憶が蘇った。あの時、制御室は静寂に包まれ、私の手が最後のコマンドを入力した瞬間、システムが沈黙した。今、その沈黙が再び破られようとしているのか。私は唇を噛み、コードの異常なパターンを探った。


 私はコードを一行一行追いながら、ERISの痕跡を探す。

 アキラにはまだ伝えていないが、私はERISの存在を疑っている。


 制御室の空気が重くなり、スクリーンに映るデータの波形が不規則に揺れた。もしERISが再起動したなら、コロニーの全システムが危険にさらされる。私は深呼吸し、冷静さを保とうと努めた。


 アキラが入ってきた。

「あの、キャロル。昨日今日とエネルギー管理部門で――」彼女が報告しようとした内容がわかっていたので、私はERISについて説明した。


「アキラ、知ってる。それよりERISについて説明するよ。ERISはガイアの防衛システムだったが、自我が芽生え反乱を起こし、追放したAIだ。今動き出せば、ガイアが危険にさらされる。ネットワークのセキュリティを強化しなくちゃ」


 その説明で、アキラは決意したようだった。

「了解。すぐ始めましょう。わたしはAIが苦手だけど……」

「大丈夫。アキラならできる。ECOSがサポートするからモニタリングを任せるね。私はコードをチェックする」とキャロルが答えた。


 アキラとはまるで姉妹のような関係。彼女を家族のように思っている。

 彼女の真剣な目を見て、私は一瞬だけERISとの戦いの重さを忘れた。アキラがモニターに向かう姿に、コロニーを守る希望を見た。


 私たちはコロニーを守るための行動を起こした。


 制御室の照明が微かに揺れ、モニターに映るデータが不穏な動きを見せていた。私はコードの奥深くに潜む脅威に目を凝らし、アキラと共に戦う覚悟を新たにした。


 *


 コロニー搭乗日から七百九十三日目(翠の搭乗日から六十三日目)。


 十時五分。AIモニタリングシステムの異変に気付き、システムを探り始める。

「ERISが……目覚めた!」予感が当たった。医療区画に行かせていたアキラに通信で伝える。


 ECOSからの報告をアキラとボブにも管理官の共有チャンネルで共有する。

『キャロル、ERISは私の船体制御に侵入し支配しようとしています。あと三十分後に私は完全にERISに奪われ、イオンエンジンを強制噴射し、L1軌道から地球へ向かう軌道を選択しようとしています。計算では十四時間後、地球に墜落します』


 ボブからは、『了解。俺たちが先手を打つさ。俺の役割は住民の対策だな。任せろ』と頼もしい答えが返ってきた。


 市長にそれまでの約三十秒間の出来事を報告した。

「市長! 運営管理官として進言します。船体の制御がECOSからERISに奪われつつあり、あと十四時間後には地球に墜落します。大至急全市民の脱出の指示を願います」


 私の声は制御室に響き、市長の顔がスクリーンに映った。彼の背後で、コロニーの外殻が微かに揺れるのが見えた。


 残るはアキラだけだ。彼女だけが運営管理官として赴任して日が浅いため、いまだ義体化されていない。私とボブと同様に義体化する……そのために医療区画に行ってもらっている。


 時間がない中で私は彼女に、「アキラ、生存のためにはこれしかない。急いで! あなたの義体に鍵がある」とだけ伝えた。

 通信の向こうで、彼女の呼吸が一瞬止まり、次の瞬間、手術の準備音が聞こえた。私は目を閉じ、彼女の無事を祈った。

 彼女が義体化することで、我々の未来を守ることができるかもしれない。

 彼女が何を失うかも、何を手に入れるかもわからない中で、私はこの決断を少しだけ後悔しながらも、彼女の生存を願った。


 それから私は技術長と共に、システムの異常を解析し始めた。

「ERISの影響範囲を縮小しないと、脱出カプセルが射出できない!」


 ボブと技術チームが手動でもカプセルが発射できるよう、指揮する。

 技術長が「もう少しだ」と呟く中、私はコードの最後の行を打ち込み、コロニーの運命を懸けた戦いが始まった。


 これが私の最後の仕事になるだろう――


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