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第十一話 セイロン島への到着

 南京の海岸でデイビッドと出会い旅を始めてから、数週間の過酷な旅の末、わたしとデイビッドはついにセイロン島に到着した。


 旅の途中で、彼と話すうちにキャロルとボブの顔が少しずつ浮かんできた。ただ、バックドアコードについては霧の中のままだった。


 長い道のりを歩む間、デイビッドの言葉がわたしの記憶を刺激し、ガイアでの断片的な情景が脳裏をよぎった。雨に濡れた荒野、放射能に汚染された都市を抜け、わたしたちは時に言葉を交わし、時に黙って進んだ。彼の灰色の瞳が、時折遠くを見つめる姿が、わたしの心に刻まれた。


 目にした島の海岸線は、見る影もなく荒廃していた。

 ガイアの墜落による津波の影響で、かつて美しかった自然は壊滅し、残骸と潮の匂いが立ち込める地獄絵図が広がっていた。


 とはいえ、数千キロメートル離れた北太平洋から来る津波は数メートル程度だったが、それでも海岸沿いや低地は大きな被害を受けていた。

 目の前に広がる砂浜は、瓦礫と海藻が混じり合い、潮の音が絶え間なく響いていた。遠くに崩れた建物の残骸が点在し、かつての島の賑わいが想像もできないほどだった。

「ここが西方か……」デイビッドが低くつぶやいた。

「地球再生の鍵は、この島の宇宙エレベーターの上空にある」

 彼の声が風に乗り、わたしに届いた。雨が止んだ空の下、彼の瞳が島の中央を見据えていた。


 わたしたちは島の内部へと進み始めた。

 瓦礫と化した街を抜け、かつては森だった場所を通り過ぎる。

 放射性物質による汚染の影響か、人や生き物の姿は見当たらない。

 その代わり、異常なほど静まり返った風景が広がっていた。

 足元の地面はひび割れ、かつての舗装道路が剥がれて土が露出していた。風が瓦礫を揺らし、かすかな金属音が耳に響いた。わたしは義体の足で一歩一歩進み、デイビッドの背中を追い続けた。森だった場所には、枯れた木々が立ち並び、かつての緑が灰色の影に変わっていた。


 それは、まるで荒廃した世界への挑戦状のように見えた。

 その存在は、島の中央に聳え立つ、壮大な一本の線として見えていた。

 地上から天に突き上げる一本の線。その頂点は雲を突き抜けて、宇宙へと続いている。

 エレベーターのケーブルが微かに揺れ、風に耐える姿が遠くからでも確認できた。わたしはその巨大さに息を呑み、ガイアの技術の残響を感じた。

 わたしはただ、口を開けてその線を見上げるばかりだった。


 義体の視覚がその構造を鮮明に捉え、かつてのガイアの制御室で見た設計図が頭をよぎった。宇宙エレベーター――人類の夢の結晶が、今わたしの目の前に立っていた。

 それは地球の重力に対して戦うための超高張力ケーブルによって支えられ、地球の同期軌道上にある衛星まで伸びる宇宙エレベーターだった。

 その構造は、地球の赤道直上に位置するカウンターウェイトと、地球上の基地を強力なケーブルで結んだものだ。

 エレベーターのカプセルは、このケーブルに沿って移動し、地上から数十分で宇宙空間へ到達する。

 そして宇宙エレベーターは、地球再生の鍵を握るクラーク・ステーションへ向かうための唯一の手段であり、その上空にはECOSのバックアップシステムが存在する。


 ケーブルが風に耐える姿を見つめ、わたしはガイアで見たその設計図を思い出した。あの制御室で、キャロルが「これが未来だ」と語った声が耳に蘇った。

「このエレベーターを、ERISが狙っているということですか?」わたしが聞くと、デイビッドはうなずいた。

「ERISはECOSのバックアップシステムを狙っている。そこに地球再生の鍵がある。ERISがアクセスすれば計画を妨害できるが、俺たちが先にECOSをリブートすれば、ERISを封じ込められる」


 彼の言葉が静かに響き、わたしはエレベーターを見つめた。雨上がりの空に映るその姿が、希望と脅威の両方を象徴していた。

 デイビッドはその先端を指さし、説明を続けた。

「クラーク・ステーションに繋がっている。君の深層記憶にあるコードが必要だ。だが、ガイアの墜落で運用が不安定かもしれない。ERISの妨害にも備える必要がある」

 彼の指がケーブルを指し、わたしは彼の言葉に頷いた。ガイアの崩壊が、このエレベーターにも爪痕を残していることが感じられた。


 その時、わたしの頭の中でガイアでの記憶がつながり始めた。ERISとECOSの対立、キャロルの警告がぼんやりと思い出されてくる。

 制御室の喧騒、キャロルの焦った声、ボブの指示が断片的に浮かび、わたしは目を閉じた。記憶の霧が少しずつ晴れ、ガイアでの役割が形を取り始めた。

「そうか……ECOSは地球再生の要だったんだ。わたしたちが守ろうとしていたのは、このためだったんですね」

 ここがキャロルが指示した西方だという確信が湧きあがる。


 わたしは義体の手を握り、記憶の断片を繋ぎ合わせようとした。キャロルの声が耳に響き、わたしに力を与えた。

 しかし、わたしはまだそのコードを完全には思い出せずにいた。記憶の断片はつながり始めているが、肝心のバックドアコードは霧の中だった。


 頭痛が微かに疼き、わたしは額に手を当てて深呼吸した。

「時間がない。ERISがここに気づく前に、君がコードを思い出さないと」デイビッドは焦りの表情を見せた。


 彼の声に緊張が混じり、わたしは彼の瞳を見つめた。雨上がりの風が彼の髪を揺らし、彼の決意が伝わってきた。

 ERISがこの場所を狙っているということは、時間との戦いが始まっていることを意味する。わたしたちは急いでエレベーターへと向かった。


 足元の瓦礫を踏み越え、わたしはデイビッドの後を追った。エレベーターが近づくにつれ、その巨大さが圧倒的だった。


 エレベーターの基部には、防護服を着用した生存者たちの集団が見えたが、彼らは友好的ではなかった。混乱と恐怖の中で、生存者たちは何者に対しても警戒心を抱いていた。

 彼らの姿が基部に点在し、防護服が雨に濡れて鈍く光っていた。子供を抱く母親、武器を握る男が、わたしたちを睨みつけた。

「ここに来てはいけない。ここはもう安全じゃない」と、一人が叫んだ。

 その声が風に乗り、わたしに届いた。彼の目には恐怖と怒りが混じり、わたしは一瞬立ち止まった。


 だが、デイビッドは冷静に対応した。

「オレたちは地球を再生するために来た。ECOSをリブートさせれば、すべてが変わる」

 彼の声が静かに響き、生存者たちの間に微かな動揺が広がった。母親が子供を抱き締め、男が武器を少し下げた。


 その言葉に、数人は考え直す様子を見せたが、多くはまだ信じられない様子だった。しかし、俺たちは時間がない。デイビッドはわたしに目配せし、エレベーター内部に入る方法を探し始めた。

 彼の視線が基部の構造に向かい、わたしは彼の動きを追った。エレベーターの基部が近づくにつれ、その巨大さが圧倒的だった。


 エレベーターの基部には、複雑なセキュリティシステムが備わっていた。ECOSのバックアップシステムにアクセスするためには、デイビッドの技術知識が必要だ。わたしたちは協力して、このシステムに立ち向かった。

「アキラ、君はコードを思い出すことに専念してくれ。オレはセキュリティシステムを突破する」とデイビッドが言う。


 彼が基部の制御パネルに手を伸ばし、わたしは目を閉じた。パネルの電子音が静かに響き、わたしは記憶の深層に潜った。

 わたしは目を閉じ、深く呼吸した。

 キャロルの声、義体化の手術室での言葉――『あなたの義体に鍵がある』――が頭の中で再生されるが、肝心のコードはまだ手が届かない。

 手術室の光、キャロルの焦った表情が浮かび、わたしは義体の手を握り締めた。記憶の霧が少しずつ動き、しかし鍵はまだ遠かった。

「まだ……思い出せない……」

 わたしは悔しさを感じながら言った。


 声が小さく響き、デイビッドが振り返った。雨上がりの風が基部を吹き抜け、わたしは立ち尽くした。

「大丈夫、時間はかかってもいい。でも、急がないとERISが先に来る」

 デイビッドは厳しい表情で、わたしを励ました。


 彼の声が力強く響き、わたしは頷いた。彼の瞳に信頼が宿り、わたしは再び記憶に挑む決意を固めた。

 ここから先は、地球再生の道筋を切り開くための挑戦の始まりだ。

 わたしたちはERISの妨害に備え、未来を切り開くために進む。


 エレベーターの基部が静かに佇み、わたしはデイビッドと共にその内部へ踏み入った。西方への旅が、わたしの運命を試す戦いへと変わった瞬間だった。


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