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脳筋の嫁とり

14歳の誕生日になって「ジオルド・シュタルツが婚約者だ」と言われた時、パンジー・アライアンは泣き叫んだ。


「ジオルド・シュタツルが婚約者だなんて嘘でしょ」


泣き叫ぶパンジーに、けれども周囲は彼女の言葉を深刻に受け止める事もなく。

泣き叫ぶ彼女の金切り声には耳を塞いで言いくるめる。


「泣かないでパンジー。

これはアライアン家にとって大切な婚約である事は間違いないけれど、あなたの為でもあるのよ。

ジオルド卿と貴方の婚約が決まればシュタルツ家が全ての用意を受け持つと言われているの。

それはね、パンジー。

貴方との縁をそれだけシュタルツ家は逃したくないと思っているのよ。

それはつまり、結婚しても貴方の事を大切にしてくれるという事だからよ」


母の言葉はアライアン家の利益を計算しながらもパンジーへの気遣いもちゃんと含まれていた。

それでもパンジーは浮かない表情のまま乗り気ではない様子で。

母親はそれを本気で不思議がっている。

なんであんなに素敵な青年を?と何度聞かれたかわからない。

今度はパンジーの父が母に代わり、いかにパンジーを相手の家が求めているか、いかにパンジーが嫁げばアライアン家に利益を産むか、これは大きな逃してはならないチャンスなのだと彼女を強い言葉で説得しはじめた。

パンジーは憂鬱な表情で両親の話を聞きながら彼からの顔を眺めて思う。

父も、母も、あの男を誤解しているのだと。


パンジーが筋肉だるまだと呼び捨てているジオルド・シュタルツはあれでいて外面がいい。

筋肉しか愛情がないとパンジーが思うほど異常性のある彼は、朝日が昇ると陽が落ちるまでずっと外にでて鍛錬をくりかえしているからタフでゴリラで筋肉ヤローで。

体育系の教師からの受けがいい事はもちろん。

人と会う頻度が高い割に礼儀を重んじる一面から誤解され、好青年のイメージを持たれている。

返事の合間にダンベルを持ち上げる姿であったり、返事の合間に剣を振り回す姿であったりは何故だかマイナスポイントにならないようでパンジーには不思議でならない。

唯一の美点である顔が整っている事は、何故だか過大評価され。

愛想もよく顔も整っているジオルド・シュタルツは、どれだけ彼が筋肉バカだとしても世の人の目からは好青年に見られていた。

更に彼には日課の筋肉鍛錬中にたまたま土砂崩れに遭遇した国王夫妻の馬車に遭遇し、鍛錬だと嬉々として掘り起こしたところ過大評価にも勲章を贈られ。

たまたま筋肉鍛錬中に遭遇したモンスターを「いい負荷になる」と抱えながら走り込んでいたところを陛下直属の騎士団に見つかり「王都に入り込んだモンスターを討伐した英雄」だと祭り上げられ。

国王陛下の覚えもめでたい騎士伯の爵位を在学中ながら賜り卿の称号まで得てしまった。

つまり、パンジーは国王陛下の覚えもめでたい王都の優良物件の青年との婚約を拒んでいるように見られるわけで。


「いったい彼の何が気に入らないんだい?」


ジオルド卿を人の心が分からないなどと非難する娘を、アライアン家の当主夫妻は困りきった顔でみていた。

ジオルド卿ほどの優良物件がこんな貧乏伯爵家の娘と縁を繋いでくださるなど何かの間違いではないのかと思う事はあれど、まさか娘が拒否することがあるなどとは夢にも思わなかった。


パンジーは両親たちにもあの男は趣味が悪いのだと。

人とは違う感性を持つ異常者なのだと。

こんこんと語り続けたものの理解は得られないまま。

逆に、ジオルドに選ばれたパンジーは何なのだと。

ジオルドの好みを否定すれば彼が選んだ自分達の娘であるパンジーを否定することに繋がるとしかられて。


パンジーは大変なことになってしまったと頭を抱えて言葉に詰まった。


「とにかく!私は嫌なの!」


言い捨て、自室に逃げ込む。

言い逃げ。

それしかもうできる抵抗も残っていなかった。


パンジーは、部屋にある、白い封筒をニ本の指で摘み上げ流し見て。


「ジオルド・シュタルツより。パンジー・アライアン殿へ期待をこめて」と、書かれた封筒にはコロンと小石が一つ入っている。


「はぁぁ」


パンジーは深い深いため息を吐き出すと、小石を指で持ち上げながら布団に背中から倒れ込んで頭を抱えた。


「なんて行動力なの。こんなことになるなんて……」


パンジーのこぼしたため息は、静かな彼女の部屋に溶け込み消えていく。

彼女は布団に背中を預けたまま、数日前のことを思い出していた。













パンジーがジオルド・シュタルツと初めて接点を持ったきっかけは、パンジーが苦手に思っている従兄弟のナンシーの自慢話がきっかけだった。

パンジーへの対抗心が強いナンシーは、その癖何故だかいつもパンジーの近くにいようとする。

爵位と座学の順位によって割り当てられた教室で、見事にナンシーと離れることに成功したパンジーだったのに、何故だかナンシーはわざわざ遠いパンジーの教室まで休憩のたびに顔を出す。

本家筋と分家筋という爵位の違いからも、座学の成績からもパンジーとナンシーが離れることは必然であったのに。

教室という枠など気にしないかのようにナンシーはパンジーの教室に休みのたびに顔をだした。


これがまだ仲がいい関係の相手であったらきっとパンジーは歓迎できただろうけど、パンジーにとってナンシーと自分の関係はそうではない。

何かと小さな頃からパンジーに張り合うナンシーには、濡れ衣を被せられたり、言ってない言葉を広められたり。

とにかくろくな目に遭わされてこなかった思い出が山のように積み重なってすっかりパンジーにとって苦手な相手になっている。

負の記憶で山のように積み重なったそれは因縁とよんでいいものなので、パンジーは早くナンシーとの縁を断ち切りたいとずっとずっと思っているのに。

家では、実の妹だとナンシーを可愛がる母が、学校では、外面のいいナンシーの面の顔に騙されたクラスメイトがパンジーの逃げ道をふさいでいた。


「ねぇパンジー!あたし今話題の貴公子からみそめられちゃったかもしれないわ!」


頬を染めうっとりとヒロインになりきったナンシーは聞いてもいないのに幸せそうに口をうごかかす。


「あの逞しい腕に抱かれたら素敵だと思っていたの。もう胸がはりさけそう。

パンジーは私たちのこと応援してくれるわよね!」


もう何度聞かされたかわからない牽制に曖昧な返事を返しながら。

パンジーはまたか、と眉をよせる。

ナンシーは惚れっぽい。

そして話を盛る癖がある。

嘘もつく。

目の前で恋する乙女になりきった彼女の話がどこまで本当の事か疑わしいし、こんな事は今までにも何度もあった。

そして毎回、望んでいないのにパンジーは巻き込まれ、ナンシーと相手を結ぶ為に翻弄している黒幕かのように周囲に語られ利用され。

ナンシーは分家筋にコンプレックスでもあるのか、毎回毎回、本家筋のパンジーをことさら強調して主張し自身は悲劇のヒロインにしたてあげ、周囲の同情を誘い、狙った相手になんとか興味を持ってもらおうとパンジーを利用しまくる。

相手がナンシーに興味を持ったとしても、そこから恋に結びつくかはその後次第。

けれど、それまでの流れは全て毎回毎回セットであったから、パンジーの立ち位置はいつもナンシーに何かを強要する嫌な女の役割を振られ学生生活を何度息苦しく感じてきたかわからない。


立ち回りがうまく、目的の為に人心をうまく操作する手腕は正直、自分よりもナンシーはよっぽど貴族らしい性格をしていると思う。

座学で勝り、家柄で優っていても隙もあるのんびりとした性格のパンジーの緩さを見逃すナンシーではなくて、パンジーはいつも頭の痛い思いをしてばかりだった。


苦手。

パンジーにとってナンシーを示す言葉はその二文字に集約できる。


そんな彼女が今度はとうとう騎士伯を贈られたばかりのジオルド卿との恋物語を作り上げようとしているのだから、パンジーにとっては厄介ごと以外の何者でも無かった。


勘弁してよ。


心の底からそう思って頭を抱えたパンジーだったけれど。

もちろんそれで止まるナンシーではないから厄介なのだ。


「でね。今度の休みにはパンジーにも少し付き添って欲しいのよ」

「い、や」

「そんなこと言わないで!お願い!きっと一緒に来ないと後から後悔するんだから」

「私は行かないわ」

「パンジー、いいの?パンジーのお母様にいいつけちゃうわよ」


ナンシーからのこの脅しはパンジーにとって本当に脅しになる。

なんと言ってもナンシーはパンジーの母から可愛がられているし、パンジーの母は普段からしつこいのにナンシーの案件だと更にしつこくなるのだから。

だとしても。


「い、や。

ねぇ、私断っているのよナンシー。

今回は諦めてくれないかしら。

本当に行きたくないの。

それに、そろそろ貴方は自分の教室に戻った方がいいわ」

「酷い。パンジーったら私の事が嫌いなのね。

私はパンジーが大好きだから少しの時間でも一緒に居たくて毎日パンジーの教室にかけつけてるのに」


目を潤ませてナンシーが顔を手で押さえ急に泣き真似をしはじめた。

何?と思えば案の定。

パンジーのクラスメイトの中でも特にナンシーに同情的でパンジーの横暴説を信じきった男子生徒達と目が合ってしまった。


うわぁ、またアピールなの。

勘弁して欲しいわ。


「また従姉妹を泣かしているの?君は少し性格が悪いんじゃない?彼女君の為に毎日うちのクラスまで通ってくれているのに」

「ナンシー嬢、パンジー嬢には俺らから言っておくからそろそろ教室に戻った方がいいよ」

「可哀想に震えてるじゃないか。送っていこうか?」

「こんな酷い従姉妹に君が傷つけられるのは理不尽だと思う。

パンジー嬢に関わるのはやめた方がいいんじゃないか?」

「ありがとう。でも私パンジーが大好きだから、どんなに酷くされてもお友達でいたいの」

「あぁナンシー嬢、君はなんて健気な女性なんだ。君が僕と同じクラスだったらどんなに良かったか」


パンジーはちやほやされながら満足そうに悲劇のヒロインを演じるナンシーの姿に冷ややかな視線を送った。

馬鹿馬鹿しい。

そんなに嫌な人間なら本当に会いに来ずほっといてくれたらいいのに。

悲劇の人間になる為の悪役に毎回仕立て上げられる私はたまったものじゃないわ、と。


男達に見送られ教室を出ていくナンシーから、強い視線を送られた気がしたけれど。

パンジーは意地になって視線を決して合わせなかった。


誰が行くもんですか。

今度という今度はトラブルはごめんだわ。

そう思っていた。


しかし、彼女の奮闘虚しく結局パンジーのクラスメイトの男子を使ったナンシーにいいように連れて行かれたパンジーは、出会ってしまう。




「君がパンジー・アライアンかい?」


パンジーの目の前にそびえ立つ光沢の上腕二頭筋を曝け出したけだものは話題の貴公子。


「僕はジオルド・シュタルツという。どうか末長く宜しく頼むよ」


ニッと白い歯を出し笑うこのハンサムは、しかし、服装が非常に乱れていた。

パツンパツンに下半身を覆うスラックスにかろうじて足は包まれているものの、はち切れんばかりの筋肉が浮き上がった上半身にはタンクトップがみちみに食い込みながらかろうじて服の役目を果たしている惨状。

パンジーの好みから離れたその外見には好感を感じるご令嬢も一部いるかもしれないけれど、パンジーにとってはただの見たくないものとしか映らない。

だというのに。


「君の事はナンシー嬢から聞いているよ。

なんでも素手で食事を楽しむ豪胆な令嬢で、休日に当てる趣味も上流で登り魚を一撃にして頭から齧っているんだとか」


なんですかそれは。

どこの熊の話ですか。

そんな令嬢いるわけが無い。

話を盛って嘘を固めたにしても騙される人間もいないでしょってレベルであり得ない。


「何のお話ですか?」と理解不能になったパンジーだったけれど。

まさかそんな嘘話信じるアホは居ないだろうと思っていた。

この時までは。


「それを聞いて僕はずっと君に一目会いたいと思ってずっとナンシー嬢に君に合わせて欲しいと頼んでいたんだ。

ようやく会えたね」


キランと太陽を反射してジオルド卿の歯が、両肩の盛り上がった筋肉が、光を跳ね返す。

まぶしっ。

目に刺さる痛みも何故だか腹立たしく感じて。

パンジーはジオルド卿から視線をそらした。


「今の話の何処に魅力を感じられたのか検討もつきませんが、貴方の聞いた話はナンシーの作り上げた嘘の話ですよ」

「なんだって?!」


いや、信じてたのまさかでしょ!

こっちが、逆になんだって?!って言いたいわ。


「嘘です!

ということで、私への御用はこれでおしまいですね」


さぁ解散解散とさっそく帰路をめざすパンジーに、ジオルド・シュタルツは意外にしつこく絡んでくる。


「君と僕は初対面で、ナンシー嬢からぼくが聞いた話は嘘で、その事で君の機嫌を悪くしてしまった事は理解している。

だが、彼女から聞いた話は本当に本当に僕の理想の女性像だったんだ。

頼む、彼女の嘘でもいい、パンジー嬢の事を知りたいと僕は直感的に思っている。

僕にチャンスをくれないか」


話題の貴公子からの堂々たる懇願めいた告白に、流石のパンジーも胸を打たれ、ドキドキする鼓動に両手を当てながらジオルド・シュタルツに向き直った。

足を止めて頬を高揚させるパンジーの足元に跪いたジオルドは、そっとパンジーの右手をとり口付けながら。


「パンジー嬢、貴方とヒグマを狩り一緒に山に籠るチャンスを僕にください」

「お断りします」


パンジーの胸のドキドキは飛散し、代わりに頭痛がズキズキしはじめた。


何ヒグマ狩りって。

何山籠りって。

私何に誘われてるの?

ちょっとときめいちゃったけど内容聞いたら目が覚めた。

やっぱ無理無理無理。


パンジーは優柔不断なところと人に気を使い過ぎてしまうところはあってもごく普通の令嬢だった。


「何故だパンジー嬢?!」


いや、何故だが何故よ。

パンジーは頭をかかえた。

ナンシーからジオルド・シュタルツの話を聞いた時は、彼に恋したナンシーが彼の気を引く為。

また、ある事ない事パンジーの事を引き出しにして自分に興味を持ってもらおうと近付いたのだろうという事は想像していた。

けれども、ジオルド卿の様子を見る限りナンシーの作戦は大失敗だったようで。

彼の目に彼の基準で華美されたパンジーが理想的に映り込んでいるようだった。

なんで?

本当になんで?


「あっ!みつけたっパンジーったらまた私を置き去りにして酷いわ」


困惑するパンジーの側に駆けつけたナンシーは、病弱な設定でいくのか白い頸をわざと晒し出しながら、荒っぽくはぁはぁと息を荒げて見せて。

自分が男子生徒をつかいパンジーをここに向かわせたにもかかわらず、さもパンジーに置いてけぼりにされた被害者かのように振る舞っている。


しかし、期待しながらナンシーが見上げたジオルドの顔はスンとしたもので。

かけらもナンシーには惹かれていない様子のまま彼女を残念そうに見ていた。


「ジオルド様?」


あざとく首を傾げるナンシー。

ジオルドはそのあざとさに一切惹かれた様子を見せないままため息をついて話し始める。


「君の話を信じ過ぎてしまった僕が悪いのだけれど。

パンジー嬢は君が言うような人ではないのではないかな?」

「ジオルド様?!私を疑うの?酷い!」

「いや、酷いのは君だろう。

パンジー嬢は魚を片手で仕留めて鷲掴みのまま生食も辞さない豪胆な令嬢だと聞いていたのに話と違うではないか」


豪胆すぎる。

女版のジオルド卿ですか?と勘繰るくらいにはワイルド過ぎて信じる人もいないような嘘をナンシーは伝えて、ジオルド卿は信じてしまっていたのか。

あまりに酷い。

それはもう女性じゃなくて戦士です。


遠い目になったパンジーを挟んでジオルドとナンシーの会話は続く。


「本当よ。パンジーは野蛮だわ。

いつも私は彼女の暴力に悩まされているもの。

彼女は熊より野蛮な女なんだから」

「え?何言ってるのナンシー。

貴方嘘も大概にして」

「キャア怖い!!いやぁたたかないで!!」

「は?」


もうやだ。

こうやってジオルド卿の勘違いを作り上げたのか、と。

私はナンシーを心底軽蔑した目で見た。

暴力なんて振るった事はない。

嘘も嘘。大嘘。

どうしてここまでして嘘を重ねて私を悪く見せようとするのか。

彼女とこのまま居れば私の印象は悪くなるばかり。


離れたい。

こんな子と従姉妹である事が不公でならない。

もう今度こそ彼女とは距離を置こう。


「帰る。

ナンシー貴方とは絶縁よ!」


パンジーはナンシーとジオルドに背を向けると今度こそ帰路に着いた。

もう絶対に甘い顔もしないし、許さない。

母にもたとえどれだけしかられたとしてもナンシーから距離をとろう。

学校にも訴えて、ナンシーが私の教室にまで来てしまう事を止めてもらおう。

私が彼女に何をしたというのか。

こんなにも出鱈目を周囲に話され、悪者にしたてられ。

ナンシーの肩を持つ生徒からはどれだけ目の敵にされてきたかもわからない。

もうやだ。


ツカツカと早足で歩く私は、背後から奇妙な存在感がずっと取れないことに気付いて足を止めた。


着いてきてるの?

一人にして欲しいのに。

ナンシーね。

なんて子なの?


文句を言って振り切って帰ろう!と、勇んで振り向いたパンジーは、付けられていた正体が巨漢のジオルドだったことに仰天して後ずさった。


「え?ジオルド卿?」


パンジーと目があうと、ニカッとナンシーには向けなかった笑みを浮かべたジオルドは「送ろう」といって今度はパンジーの隣に並び立った。


「いいえ。結構ですわ。

私なんて気にしていないでナンシーの方にいったらどうですの?」


不機嫌にあしらったパンジーの言葉にジオルド卿は目を細める。


「ナンシー嬢に?なぜだ。僕が彼女を気にかけるメリットはない」


意外にもナンシーに興味を持っていない様子のジオルドに、パンジーは驚きながら思案する。


「そうなのですか?それなら私に構うことも貴方にメリットはないのではなくて?」

「まさか。

君は僕の話を聞いてくれていなかったのかい?

僕は君に惹かれている。

君のことを知る機会が欲しいってどうすれば君に伝わる事ができるだろうか」


真摯に願うジオルドの姿に、パンジーは徐々に心を開き始め。

うっすら口元に笑みを飾ると彼を誘い人影まであるきだした。


「ジオルド卿、貴方の求めている答えを見せましょう」


ジオルドは胸に手を当て「ありがとう君の気持ちを決して裏切らない」と誓いをたてながらパンジーの後を追った。

学園の隅の人気がない場所まで歩いた二人は立ち止まり。

パンジーはため息をつくと、傍に無造作に置かれた座石に手をかけた。


「ふーっ。いくわよ……ふんぬっ」


およそ令嬢の力ではあり得ない重量の座石は、華奢なパンジーの腕に持ち上げられ場所を変えた。

見守っていたジオルドの目は軽蔑どころか、宝物を見つけたみたいにキラキラと輝いている。


「これは、私の祝福。

生まれつき私は怪力の祝福を受けているみたいで。

小さい頃は隠す意味が分からなかったから、ナンシーにも見られてしまったんです。

母の意向で、分家筋にも私の怪力は他言無用だって口封じを受けてるはずなのに。

ナンシーだけはああやって、私の事を話してしまうのです。

父も、母も私に後ろめたさがあるのか、私よりナンシーを信じてしまうから理解してもらえず」


怪力を使わなくなってもう何年も経つのに、ナンシーはずっと私に昔の事を思い出しながら話を作りこんで盛り込んでしまうのです、と。俯き加減に話したパンジーに、ジオルドは目をキラキラと輝やかせ「素晴らしい!」と褒め称えた。


「では、熊を倒したというお話は?」

「昔話です」

「魚を素手で叩きつけ一撃で狩り生のまま頭から食したというお話は?」

「ナンシーの作り話です」

「素手で大木を振り回した逸話は?」

「昔話です」

「うおおおおおおっ」


何がトリガーになったのか、ジオルドは興奮の叫びをあげると両手を空に掲げてから肘を曲げ上げ強烈に力み始めた。

湧き上がる血管と筋肉に、彼のピッチピッチに着込んでいた上半身のタンクトップは砕けて布の切れ端に。

ムッチムッチのズボンは複数箇所穴が出来上がり、一気に品性を欠く野蛮な姿に返信した。


うわぁとドン引きしているパンジーの内心を知らないジオルドは、叫び終わると再びパンジーの足元に跪き。


「結婚してください」


と懇願してきた。

意味がわからない。

困惑するパンジーは、恐る恐るジオルドを見上げながら。


「あの、もしかしてなんですがジオルド卿。

もしかして強い女性がお好きなんですか?」


パンジーの質問に、ジオルドの両の鼻から赤い水柱が噴き出した。

勢いよく紛失したそれは地面に赤い水溜りを作ってとまり。


「恥ずかしながら。好みです」


と、爽やかスマイルでパンジーの言葉に答えはしたが。

服はズタボロ。

鼻の下は赤く汚れ。

目は血走っていた。


ひぃ。


パンジーは思う。

やばい。

この人ちょっと。いや、かなり変態的なやばい人かもしれない、と。


「あ、あー、そうですかー、それはー、それはー」


相槌をしながら後退りしたパンジーは、戦略的撤退を決め込つ事にした。

逃げよう。

なんかやばいはこの人。


パンジーはジオルドと入り込んでいた人気のない空間から急いで駆け足で距離をとる。

やだ。なんかやだ。

よく考えたら破れた服の時点でもうかなりやばい。

見るからになやばいのに、今は更に鼻血の色取りもプラスされている。

いくらイケメンで社交界の人気を攫う貴公子でも私には無理。

早く離れよう。


パンジーは大急ぎで走りに抜けるが、気配を感じて振り向くと隣には並走するジオルド・シュタルツの姿があった。


「走り込みですか?いいですね」


白い歯をキランとさせて、赤い顔をしたままの破れた服を纏うジオルドがパンジーを見ながら隣で並走して走っている。

ひぃ。


「いやーっ」


パンジーはますます加速した。

幼い頃以来の令嬢らしくない全力疾走で、韋駄天の如く帰路をかけぬける。


「あぁなんと素敵なんだパンジー嬢」


韋駄天の如く走り去ったパンジーの姿は完全にジオルドの心を打ち抜いたようで、彼は胸を押さえて足を止めた。

なんという幸福。

なんという眼福。

まさにジオルドの理想の女性像がまさかの学園の中で埋もれていただなんて。


ジオルド・シュタルツは恋に落ちた。

人と感性が違う彼が感じたその思いは間違いなく恋。


彼の心は薔薇色に華やいで景色も清々しくみえていた。

そして、彼には行動力もある。

パンジーに恋をしたジオルドはその日のうちにアライアン家に婚約の申し込みに駆け込み。

社交界でも話題の貴公子であるジオルドからの申し出はパンジーの両親からも両手をあげて喜ばれた。


快く思わなかったのは当の本人であるパンジーと、従姉妹であるナンシーの二人だけ。


「許せないわパンジー!ジオルド様は私が狙っていたのに、その気もないふりして私から彼を奪い取るなんてっ」









パンジーへの憎しみが止まらないナンシーは、翌日からさっそく彼女の悪口を嘘と過剰な表現で広めまくっていった。


知らない間に広められた身に覚えのほとんどない悪評に、パンジーは悩まされなすすべなく泣き崩れて噂が沈静化するのを待つしかない。

昔ならそうだっただろう。


けれど今回は彼女には最近の見方がついていたから。

ナンシーの思うようには決してならない。


なぜなら。




世が明けて、登校したてのパンジーが見たのは顔が映り込みそうなほど磨かれた自分の机への違和感だった。

鏡面のように傷のない磨かれた木目の天板からは、彼女が持参した手荷物もつるりと滑り落ちる程滑らかで。


パンジーは違和感に首を傾げながら戸惑っていた。

すると、教室のメンバーから何人も視線を集めていたことに気づき彼女は声をあげてみることに決める。


「ねぇ、なんかやたら机が綺麗なんだけど何でだか知らない?」


彼女の言葉に教室内の何人かは目線を逸らし、何人かはおずおずと戸惑いながら声を出す。


「机は、ジオルド卿が今朝ピカピカにみがいておられました」

「え?!何でそんなことに?」

「そ、それが……。

昨夜から匿名の噂で、パンジー嬢がジオルド卿に付き纏ってるという噂が流れていて、何人か暴走してしまったみいたいでパンジー嬢の席がめちゃめちゃにされてしまっていたんです。私たちが朝来た時には」

「多分ナンシー嬢にいつも鼻の下をのばしてパンジー嬢に当たりがきつかった方達よね」


彼らは頷き合いながら話してくれる。


「それをなぜだかうちの教室に朝からいらっしゃったジオルド卿が目撃されて。

悲しいお顔をされながら、直ぐにパンジー嬢の机はジオルド卿が掃除なさったのだけど。

昨夜から流れていた噂を耳に入れた途端、劣化の如くお怒りになられて」

「パンジー嬢の机を見てニヤニヤしていた生徒を連れ出して奥に……」


お礼を告げたパンジーは、彼女が指先す廊下の先に目線を送ると。

嫌な予感を感じながらも、唾をごくりと飲み込んで一歩一歩その先へとすすんでいく。


「反省、反省、反省」という復唱が不気味に響く廊下の先。


その場所では、普段パンジーに当たりがキツイ。ナンシーに影響された数名の男子達が頭にバケツを乗せられ。

「反省、反省、反省」と復唱しながらスクワットを繰り広げていた。

ジオルドと一緒間に。


「あ、あの。ジオルド卿。

机を掃除していただいたみたいでありがとうございました」


パンジーからの声かけに、ジオルドは薔薇色の笑みを浮かべて彷彿とした表情になって振り向いた。


「パンジー嬢!おはようございます。

今日はいいスクワット日和ですね。

貴方の机を綺麗にする栄誉にあずかれたのはむしろ幸運でした。

よろしければ毎日でも磨かせてください」

「いえ。結構です。

それより、何をなさっているんです?」


ジオルドからの危ない提案を一瞬で却下したパンジーは、男子生徒と共にスクワットを続ける彼らを指差し尋ねる。


「ああ、彼らは余計な誤解からとんでもない過ちを犯した様だったので。

こうして今反省を促してあげているんです」

「は、反省?変わった反省の仕方なんですね……」


ジオルドの説明に、男子生徒達は普段ナンシーと一緒にいる時にパンジーに向けていたトゲは何処にいったのかと疑問になるほど情けない目で助けを求めてきたが、パンジーはそれを見なかった事にした。


「ええ!よく言われます!

こうして筋肉に負荷をかけ身体に反省を刻みつける事で、再販率はグッと下がり更生をうながします」


イケメンスマイルで語るジオルドの言葉に集まっていた野次馬はポゥとみとれてしまいながら。

そうかぁ。そういうものかぁ。なるほどねぇ。と、頷きあっているが、パンジーは純粋にドン引きした。

うわぁ、脳筋だこの人。

思考が全て筋肉より。やばい、と。


「では、私はこれで」


さっさと教室にいってしまおうとパンジーが一歩を踏み出した時。


「またなのねパンジー。ひどいわ」


スクワットする反省者達で注目を集めていたそこに、フルスロットルで悲劇のヒロインに擬態中のナンシーが涙をセットで乱入してきたものだから笑えない。


「私、貴方に怒ってるって言ったわよね。

もう私の名前を呼ばないで。貴方のことは顔もみたくないわ」


聴取の面前で拒否するパンジーに、ナンシーは焦った顔をみせる。

気の弱いパンジーが人前でナンシーをここまで拒絶したのは初めてのことだったから。


「え、まって、何、何なの?どうしたのパンジー」


予想と違う態度をとったパンジーに、焦って悲劇のヒロイン役にボロが出始めているナンシー。

ナンシーの設定では、パンジーが狼狽えている間に泣き落とし、周囲の同情を買い、ロックオン中のジオルドも実はナンシーが好きなんですと聴取に匂わせ場を見出したかったのだろう。

馬鹿馬鹿しい。

私の1番隠したかった怪力の秘密を知らない間にずっと暴露し続けた様子のナンシーがパンジーは心底嫌になっていたから。気弱な彼女でも吹っ切れてしまうと強い。


パンジーは付き合ってられないとばかりに背中をむけると、この空間から一刻も早く遠くへ行きたいと足を動かす。


「逃げるの?!メスゴリラ」


ナンシーの口調がかわった。

パンジーの背中にかけられた言葉は悲劇のヒロインの発する単語ではない。


「誰がメスゴリラですって?」


パンジーはふりかえってナンシーを睨みつけた。

ナンシーもパンジーを睨みつけながら、振り返った彼女に安堵して口を開く。


「あんたに言ったのよパンジー。馬鹿力の怪力メスゴリラ。あんたなんてかわいこぶっても絶対にあたしには叶いっこない」


口悪くパンジーを罵るナンシーの口調に、反省スクワットをさせられていたメンバーは足をとめて仰天した間抜けずらを晒している。

ナンシーが演じた偽りの姿にどんな夢を描いていたんだか気持ち悪い。


いつもぶりっ子なナンシーが声を荒げて汚い言葉を大衆の前で使っている。

それに幻滅した顔をする人間は聴取の中にも多く居た。

築き上げてきたイメージを、急に崩してまでナンシーが求めたもの、それは。


「あたしの方が野蛮で頭の回転も悪い怪力だけのあんたよりずっとずっといい女よ」


ナンシーは言い切ってパンジーを睨みつけた後期待した目をジオルドに向けた。

ナンシーの期待に膨らむ視線に、ジオルドけれどもときめかない。


ジオルドの視線はナンシーに押し負けたパンジーに向けて愛しそうにむけられたまま。


ジオルドの視線を理解したナンシーは髪飾りを抜き取ると床に叩きつけて地団駄をふむ。


「何でよ!!何でここまでしてもパンジーなんかみてんのよ!座学の点が高いから?

点数だけのあの子より私の頭の回転のほうがよっぽど早いわ!

あの子なんてただテストが上手なだけで社交界を渡り歩くこともできないんだから」


喚くナンシー。

侮辱された私は、今回ばかりは彼女の言葉に嘘がなく。

耳が痛い話だと痛みに顔を歪めた。


「ナンシー嬢、パンジー嬢を貶めるのはやめた前。彼女は君にはない魅力をもった素敵な女性なんだ」


ジオルドの言葉に、ナンシーは青ざめ。

パンジーは頬を真っ赤に染めた。

パンジーはジオルドを変質的だと警戒していても、彼の美形なイケメンフェイスは嫌いではない。

そんな彼に、美人のナンシーよりずっと魅力ある女性だと称賛されたのだから嬉しくないはずが無い。

パンジーは、いったい自分のどこにそこまでの魅力を感じてくれたのだろうと、内心ジオルドの言葉を期待した。


「何よっパンジーなんてただの怪力メスゴリラじゃない」

「怪力メスゴリラ素晴らしい。怪力でもメスゴリラでも素敵なのに、それがセットになっているなんて最高じゃないか」


ナンシーの捨て台詞を明後日の方向に拾い上げたジオルドに、パンジーは困惑し動揺した。

今、二人は聞きたく無い言葉を言ってなかったか。


「は、はぁジオルド様、本気ですか?!

貴方は怪力なメスゴリラが好みだとそう言っているんです?」

「そうだ。

僕は怪力なメスゴリラが大好きだ」


ジオルドは言い切った。

そして、パンジーが嫌がっている最大に触れられたく無い地雷級の爆弾を見事に踏み抜いてしまった。


「メスゴリラ?怪力?」

「あの令嬢が?」

「美人ではなくてもメスゴリラというほど不細工でも無いだろう」

「メスゴリラって顔なの?怪力は?」

「あんな華奢な身体で怪力メスゴリラなのか?」


聴取のざわめきがパンジーの耳にまでも届いてくる。

言わないで。

言わないで。

やめて。


パンジーは耳を抑えてイヤイヤをしながら身を隠そうと退路を探す。

柱の影を探し、一刻も早く避難したいともつれる足を酷使しながら無理やり進み。

静かなところで頭を落ち着けようとしたが。


「待ってくれ!パンジー嬢」


思わずといった様子でジオルドがかけつけてきたから、混乱したパンジーは反射的に手を出してしまった。


「来ないで!」

「ぐほぁぇぁっ」


吹っ飛んだジオルド。

やってしまったと絶望感に染まるパンジー。


「何すんのよ!暴力ゴリラ!あんたジオルド様を傷つけたのよ」


直ぐにパンジーに噛み付くナンシーだったが、普段から身体を鍛えているジオルドは、吹っ飛ばされた場所でムクリと起き上がると。

嬉しそうに「いいパンチだ」といいながら親指を立ててクールに合図をおくってくる。


ざわざわと騒がしい聴取に散るようにと、喚き散らすナンシーの回収を指示したジオルドは。

立ち上がると、身を小さくして泣いているパンジーとの距離を再びつめて腰を下ろした。


「パンジー嬢」

「いや!あっちいって!さっきは叩いてしまってごめんなさい」

「パンジー嬢」

「煩い。黙って。もう貴方にも関わりたく無い。

怪力のこと周りに知られたく無いのに、どうしてナンシーも貴方も勝手なことばかり言うの?!」

「パンジー嬢」

「ばか!嫌い!あっちいって!」


パンジーは、目前に迫っていたジオルドの大きな胸筋に抱きついた。

ジオルドは真っ赤になっている。


「……パンジー嬢。その、言葉と行動が真逆で、俺はどうしたら」

「煩い!この筋肉だるま!黙って私に貴方の胸筋を貸しなさい!」

「承知した」


パンジーは頭がぐちゃぐちゃになって泣き腫らした。

物心ついた時、自分の怪力は異常なのだと教えられ、ずっとずっと隠して静かな令嬢を演じて生きてきた。

大きな秘密を抱えた負目は、彼女の性格を卑屈にさせて、人の顔色ばかり伺い、気遣いばかりしてしまう自己主張の出来ない人間になってしまって。

小さな頃から側に残るのは、苦手な従姉妹のナンシーだけ。

そんなナンシーにはずっと隠している秘密を暴露され続けて。

パンジーの気持ちの糸はプツリと音を立ててちぎれてしまったのだ。


わんわん泣きはらす瞳からでた涙が、ジオルドの筋肉に流れ落ちていく。


ジオルドは真っ赤になりながら、己の胸で泣く愛しい女性の肩にそっと手をまわした。


「配慮を欠いてすまない。

好きなだけ俺の胸で泣いてくれ」






翌日、パンジーは14歳の誕生日を迎え、冒頭に戻る。

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― 新着の感想 ―
他人に意見を左右されることなく、自分の価値観と思いを貫くジオルドの人柄にとても惹かれる作品でした。 逃げ出したパンジーを走り込みだと勘違いして彼が追ってくる場面は、パンジーにとっては恐怖かもしれません…
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