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その五

迎えた翌朝の空は抜けるようで、冷え込みを一層強めていた。土間から無遠慮に上がりこむ冷たい空気は喜市の寝床近くまで張ってくる。

そんな寒さに起こされて渋々喜市が目を覚ますと、侘助はすっかり自分の衣服を整え、濃い湯気を上げる白湯を啜っていた。


部屋は侘助が傍らに火鉢置き中を掻いてくれたおかげらしく、いつもよりほんの少しだけ暖かい。

土間に向けていた背中が、起き上がった途端に解けるように暖かさを吸い取っていく。

「俺にも一つ入れてくれるかい」


あくびをこさえながら言う喜市に答えて、侘助は火鉢の脇の盆を指差した。

そこにはもうたっぷりと湯気を上げる湯呑みが乗っていて、まだ寝ぼけ眼の喜市を誘っていた。

「はあ、俺が起きるのを分かってたみたいだねえ」

感心しながら布団を抜けると、上にかけていた綿入りの掻い巻きを侘助の体にかけてやった。部屋の寒さは火鉢があるとはいえ、少し離れれば肌がぴりぴりするようで、小さな体にはおそらく辛いだろうと思ってのことだったが、侘助は小さな手でぺいと喜市の手を払う。


「寒さに弱くては獣は勤まらぬ。人の方が寒かろう。俺は無用だ」

喜市は口をむうとわざとらしく曲げ「可愛くないねえ」と笑って、それでもと侘助に着物をかけ直すと、向かいに腰を下ろして白湯をすすった。


すると突然、どんどんと強く戸を叩く音が響く。

「喜市、いるかい。店の買出し手伝ってくれろ」

少ししゃがれた、太く力強い女の声がすると、喜市は参ったように手で顔を覆い、そのまま人差し指を立てて、声を出さぬよう侘助に示した。

女の声を聞きつつ、素早く且つ音がせぬように小窓を開け草鞋を懐に隠し、火鉢の下のほうを持ってそろそろと屏風の後ろに隠れて、侘助にも手招きをする。

狭い屏風の裏で二人は火鉢を真ん中にはさんで向かい合い、這うように身をかがめた。

それとほぼ同時に戸を叩く音がやみ、突然ぱしりと音を立てる。女は戸を開けて部屋の中に顔をいれぐいと見回すと、草鞋がないのと小窓のあいているのを見つけ

「逃げたな」

とか何とかぶつぶつ言いながら、戸を閉めて行ってしまった。


どうやら窓を開けていたせいで、目がそちらに逸れたようで気づかれずにすんだ二人は、しばらくした後でふうと大きく息を吐いて背伸びをし、屏風の裏から抜け出た。

念のためにそろそろと火鉢を置くと、小窓も草鞋も元のように戻した。

侘助は目をぱちくりさせて、不思議そうに喜市を見ている。

「いやあ、あのおっかさんにつかまると、腰が抜けるほど荷物を持たされるんでね。」

喜市はそう言って笑って見せたが、侘助はその顔の中を一つも動かさずに背をむけ

「同じことだ」

と口にした。

「何がだい」

「人に好みがあるように、俺たちにだって好みがある。大半の人と異なるものは、人との関わりを好まない。

祭ってみたり、住む場所を追ってみたり、人は俺たちに些か勝手が過ぎるからな。」

喜市に背を向けた小さな体の侘助の言葉は、筋を読むように冷静で、それが一層の悲哀を感じさせた。


「ただ」

言うと侘助はくるりと振り返る。僅かに悲しさを含んだ喜市の目を見据えたその顔は、気のせいかはにかんだ様に口許をゆがませた子供らしい顔に見えた。

「嫌いなわけでは無い」


言い捨てるようにして七輪の前にすとんと座ると、さっきと変わらず白湯を啜る侘助と侘助の言葉に、喜市はどこか諦めにも似た安堵を感じていた。

人の気持ちと同じように、自分の手の内にすることでは到底ない。

それでも確実にそれは息づいていて、会えぬほどに喜市はそれに焦がれ続けるだろうと思った。


その気持ちに限り無く近いものに、心当たりがあった。

「片恋だな」

独り言を言うように呟いて喜市は笑った。

人でないものの存在に安堵をしても、彼らが人と関わることを「必要としない」と思っているという事実は、ただひたすらに切なくさせた。それが、自分たちが気づかず彼らを虐げたせいだということも。

喜市は侘助の向かいに座り、少し温くなった白湯を手にし、一口飲む。

「侘助。暖かくなるまでいたら良い。それぐらいしか出来ねえが」

「お前が悪いわけではない」

言葉尻を打ち消して言葉を継いだ侘助は、気のせいか少しだけ微笑んだような気がした。


「それに、お前は好きだ。面白い。」

唐突な言葉に、思わず喜市は声を上げて笑った。

おそらく、照れていた。不思議な片恋もあるものだと、おかしくもあった。

すると瞬間、ぴしゃりと凄い勢いで戸が開いた。

何事かと二人は驚いて振り返ったが、直ぐさま喜市の方は頭を抱えてうなだれてしまった。


「喜市、油断したねえ」


そこには仁王立ちでにやりと笑う先ほどの声の持ち主である、狸の大将のような女がいた。

すっかり邁ってうなだれる喜市に、侘助は初めて、声を上げて笑った。

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