見せしめ舞踏会
「ステラ。今日この場にあなたを招待したのはなぜか分かる?」
ピシリと眼前に扇子を突き付けられた。
今日も華やかに着飾った姉、ブリジットはホールの真ん中でステラに問いかける。
先ほどまで賑やかだった会場はその一言で静まり返った。
多くの貴族が参加している社交パーティーに、ステラは強制的に参加させられていた。
(ブリジット、いつもは私に近づくことさえ嫌がっているのにどうして……)
そっと周囲を見渡す。
招待客たちはブリジットたちとステラを遠巻きに見ている。
扇子で隠しきれない表情たちはおしなべて笑っていた。
視線にさらされてステラの肌がピリつく。
「はっ。ブリジットに似ず、相変わらず頭まで愚鈍だな。ステラ」
「デリック……」
姉の隣にいるのはステラの婚約者のデリックだった。
しかしブリジットの細腕は見せつけるようにデリックの腕に絡められている。
彼女は今日も巻き髪を豊かに結い上げ、ボリュームのあるドレスをまとってにやついていた。
今宵の主役と生贄は明らかだ。
ステラはこのパーティーの存在を道中の馬車の中で知らされた。
準備する間、つまり髪を梳く時間すらなく、普段着で会場行きの馬車に押し込められたのだ。
すべての人がきっちりと髪をセットし煌びやかに身を飾ったこの場では、ステラはあまりにも浮いていた。
この時点でステラはこの後に起きる、更なる悪夢を予感する。
(わざわざこの場が用意されているということは、今からもっと悪い事が起きるはず)
「お前と俺は婚約している。だが、我が伯爵家には貴様のようなみすぼらしくみっともない人間は相応しくない! よって婚約は解消させてもらう」
舌なめずりをしていた観客は待ち望んだ瞬間が訪れたとばかりに歓声をあげた。扇をあおいで大声で笑う。
(最初から笑いものにするために呼ばれたのね……)
ステラは奥歯を噛みしめる。
「伯爵夫人ともなれば社交は必須。家の顔だ。お前のような醜い女がその座に就くと我が家門はずっと笑いものだ!」
「ぷっ! デリック様、女の子にそんなの言いすぎですわ」
「ははは、ブリジットは優しいな。しかし今このような状況になってもなにも出来ず口を閉ざしているだけであれば、やはり伯爵家にはふさわしくないだろう」
「たしかに。ステラは甘やかされて育ったものですから。姉である私としても情けない限りでございますわ。どうかしら、皆様。ステラはデリック様にふさわしいのでしょうか?」
ブリジットが問いかけるとパーティーの参加者たちは否定するようにまた笑う。
ステラは醜い!
ステラはつまらない!
ステラは相応しくない!
絶え間なく寄せる波のように、否定と笑い声がステラを襲った。
(ああ、だからなのね)
嘲笑の中ステラはすとんと納得した。
つまり、醜さを強調するためにこんな格好で呼ばれたのだ。
(でも彼らのいう事にも一理あるわ。私はそう言われても仕方がないもの)
ステラはブリジットのように美しくない。
ブリジットは目を引くオレンジ色の髪の持ち主だ。
豊満な身体に豪奢なドレスがよく似あう。
ステラのくすんだ枯葉色の髪は見すぼらしいし、気の強い顔立ちは相手を緊張させるらしい。
痩せぎすの身体はどう贔屓目に見ても魅力的ではない。
姉のようにドレスや装飾品を買ってはもらえない。
姉であるブリジットが捨てた櫛や鏡を拾って使っているのだ。
最低限以下の身だしなみでは、見た目はお世辞にも良いとは言えないだろう。
「デリック、私、あなたに恥ずかしい思いをさせていたかしら」
ステラが問いかけるとデリックは目を開いて叫んだ。
「分かっていて俺の婚約者としてふるまっていたのか!? 俺を馬鹿にするな! お前のせいで、お前のせいで…!」
デリックは最初からずっとブリジットに興味を持っていた。
ステラがいるせいで堂々とブリジットを口説けず歯がゆい思いをしていたのだろう。
デリックはもはやステラを憎んですらいた。
「デリック様落ち着いてくださぁい。これからはこのブリジットがお側にいますわ」
「ブリジット……! 君だけだ、俺の隣に立てるのは」
デリックとブリジットは見つめあってひし、と抱きあう。
醜いのはどちらだろう、とステラは思う。
(話を通してくれれば私も婚約解消したのに、わざわざこんなことをするなんて)
デリックはただ腹いせにステラを辱めたのだ。
大手を振って恋人らしいことが憚られたとはいえ、デリックとブリジットの関係は公然の秘密だった。
庭でいちゃついて、声をわざとステラに聞かせようとしていたのも知っている。
(家の取り決めだもの。もちろんデリックに好意もなにもないけれど、ここまでされるいわれはないわよ)
それでも、彼をこうまでさせるほど自分は醜いのだろうか。
醜くつまらないというのはこんなことをされなければならないほどの罪なのだろうか。
今ここでこの馬鹿らしいショーに文句をつけてもいい。
しかしステラの行動一つ一つが今はここに集う猛獣たちのエサでしかなかった。
(あなた達を喜ばせるのはお断りよ)
「要件がそれだけでしたら、帰ります」
声の震えを押し殺して告げると、ステラの背にデリックの言葉が投げられた。
「ああ、さっさ帰るが良い。空気が汚れる。ただし馬車はないぞ。動きやすそうな恰好をしていることだし、せいぜい歩いて戻るといい!」
そして起こる笑い声。
ステラは思わず立ち止まった。
まずこのパーティー会場とステラの家は遠い。
正確な距離は分からないが、連行された時はそれなりに長い時間馬車に揺られていた。
それに道が分からない。
そもそもこの国の夜に女性一人で歩いているとどういうことになるか、ということだ。
命があれば幸運だろう。もっとも、本当に幸運かどうかはこの場にいる者ならだれでも想像がつく。
つまり、ステラのことなどどうにでもなれということだ。
すべての人間がそれを承知で笑っている。
(ブリジットという身内がいるからこそ言い訳もできるものね)
『婚約破棄のショックでステラは自暴自棄になって出ていったのだ』と。
多少の同情はされこそ、淑女らしからぬ行動をとったステラにも問題があるという話になるに違いない。
「あなたたち、しばらく見ない間にそんなに最低な人間になったのね」
「何を『期待』しているのか知らないけれど、あなたを襲う人間なんていないわよ?」
下卑た声が響く。
「……っ!」
声の震えは収まった。しかし今度はこぶしが震える。
(一発殴らないと気が済まないわ……!)
けれど、そんなことをしたらそれこそ全てが終わってしまう。
「ね~え、あんたが跪いて『ブスでごめんなさ~い、ゆるしてくださ~い』って言えば寛大な心で馬車だけは用意してくれるって! デリックったら優しすぎ!」
「未来の伯爵として寛容にならなくてはね」
二人に呼応して、またもや会場全体が嘲笑で揺れた。
夜道を一人で帰っても、今ここでデリックの頬を叩いても評判は終わる。
だからステラに残された道はひとつなのだ。
(断頭台に上る気持ちってこんな感じなのかしら)
ステラはデリックたちに向きなおり、群衆の中ゆっくり一歩、一歩と足を進める。
近づきたくない。しかし一刻も早くこの場から去りたい。
絶望的な気持ちだ。必死にこの展開を覆す方法を考えているが何も浮かばない。
(大丈夫、私の誇りはこんなことで失われないわ。こんなことは一瞬で終わるのだから気にしなくていい)
そう自分に言い聞かせながらも、ついにステラはデリックとブリジットの前にたどり着いてしまった。
処刑が終わるまでショーが終わらないというのなら終わらせてやる、とステラは心を殺した。
(今私に出来るのは、泣かないこと)
己が勝者だと信じて疑わず、自信たっぷりに笑う二人が眩しい。
二人を照らすシャンデリアの光は、うつむくステラには影しか落とさない。
「おぞましい女め、はやく己の醜さを謝罪しろ」
「わ、私は……」
ステラが口を開いた。その時。
「遅れてすみません、私の女王」
その場を支配するような、凛と通る男の声がした。
ふわりとかすかに誘うような甘い花の香りが漂う。