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弟は思春期

作者: 山村

 学校が終わって早々に帰宅し、自室に籠って投げるようにカバンを放ってゲーム機の電源を入れた。昨日発売のゲームだ。制服を脱ぐのすら惜しい。

 三十分くらいして僅かに閉まっていなかったドアの向こうから玄関が開く音と姉貴の声で、姉貴が帰ってきたのだと分かった。


「やっぱり。弟が先に帰ってきてるっぽい」


 珍しく姉貴の独り言が多いなと思ったがよくよく聞けばもう一人分声が聞こえてきた。スタートボタンを押してポーズ画面にし、ドアに顔を近づけて耳を澄ましたら、なんと男の声だった。お邪魔しますという男の声。

 もしかしなくても彼氏なのでは、と好奇心でドアを開けてどんな人なのか見たい気持ちが湧いてくる。しかし俺の部屋は玄関から居間へ続く廊下に面しているので開けるとバレてしまう。そんでもって姉貴の部屋は玄関と俺の部屋の間にあるのでここで見なければ部屋に入っていってしまうというジレンマ。

 そこで思いついた作戦が“自然におかえりって言って男が何か発したらこれまた自然な感じでドアを開けてそいつの顔を見る”という超絶シンプルなもの。いつもはおかえりなんて言わないけど、まぁ大丈夫だろう。きっと。遠くで靴を脱ぐ音がして慌てて作戦を実行に移す。


「……お、おか、えりー」


 どもってしまったし物凄く不自然なあいさつになってしまった。これはしくじった。ばかだねー、なんて脳内で悪友の罵倒が聞こえてきそうだ。


「やっぱりいた。ただいまー」

「お邪魔します」


 しかし俺の後悔とは裏腹に姉貴は何も気にすることなく挨拶を返してきた。弟に対して優しい姉であることのアピールなのか、彼氏の前で猫を被っているのか。そして作戦通り姉貴の彼氏らしき男も予想通りの言葉を発した。

 これはチャンスだ。今を逃せば俺は好奇心に押しつぶされてゲームどころではなくなるぞ。ごく自然を装い自室のドアを引いて廊下から顔を出して玄関の方へ向けた。


「わっ。びっくりいしたー。顔だけ出すのやめてって言ってるでしょ」

「わ、悪い悪い。……その人、彼氏?」


 靴を脱いて家に上がった後ろで座り込んで靴を脱いでいる背中に視線を移す。そしてすぐにこちらを向いた男を見て唖然とする。

 思わず持っていたコントローラーを落としてしまうくらいのイケメンだった。ガチャゴという軽い音が足元で響いた。


「えっと、お邪魔します。お姉さんとお付き合いさせていただいている飯塚です」

「あ……どうも」

「あたしたち部屋にいるから何かあったらノックしてね」

「おおおおう。わかった!」

「そうだ、これお土産なんで良かったら食べて下さい」


 イケメンの名前は飯塚さんと言うらしい。イケメンな上に礼儀正しい人にお土産のお菓子を貰ってしまった。唖然としているうちに二人は斜向かいの姉貴の自室へ入っていってしまった。

 はっと意識を取り戻し、これからどうするべきか分からず、メッセージアプリで悪友もとい親友に今し方起きた出来事を委細伝えて返事を待つ。もうゲームなどそっちのけだ。

 姉貴は弟の贔屓目なしにそれなりに綺麗めでそこそこモテる。今まで彼氏がいたかどうかは知らないが家に彼氏を連れてきた初めてなのだ。

 ブブブとスマホが震えた。『気を利かせた振りしてお茶とお菓子でも持っていきなよ』と親友からの返信。

 文面通り二人分のコップと麦茶ポットをお盆に乗せ適当に選んだお菓子も添えて準備は完了だ。ゆっくりと足音を立てないように自室の前を通り過ぎ姉貴の部屋の扉の前に立つ。

 静かにお盆を床に置き聞き耳を立ててみれば余裕で会話が聞こえてきた。


「いつも思うけど悠介のって大きいよね」

「ははっ。くすぐったいよ」

「うふふ、ごめんね、夢中になっちゃってつい」

「いやいいよ。朝日に触られるの好きだし」

「もう、悠介ってば……」


 何の話をしているんだ。大きいとかくすぐったいとか、もしかしていかがわしいことをしているのではないだろうか。斜向かいに弟がいるのにそんなことするわけない、でももしかしたらそういうシチュエーションは燃えるのかもしれない。なんて、考えれば考えるほど俺の思春期の脳みそでは健全な方向へは進まない。

 頭を抱えて悶々としてると踵が床のお盆にぶつかってコップ同士がぶつかる音が廊下に響いた。ヤバいバレたかもしれない。

 思わず今来たことにしようとお盆を掴んだところで再びコップがぶつかる。かちん。


「今何か音しなかった?」

「そう? 弟かなー」


 バレている。息を整えて扉をノックすれば姉貴の声でどうぞーと聞こえた。これは入っても良いということなのか、でも中ではそういういかがわしいことをしていたのではと再び悶々としつつも恐る恐るノブに手を掛ける。

 俺の部屋とは違う甘くて良い香りがする。中では二人がいかがわしいこと、は一切なかった。強いてそれらしいことを挙げるとするならば姉貴が飯塚さんの足の間に座ってるくらいだ。

 更に言えば飯塚さんの手と姉貴の手が重なっている。それを見た俺の頭はいつも以上に回転した、なるほどそういうことだったのか。

 つまりさっきの会話は手の大きさのことを言っていたのだ。思春期の俺としてはちょっと複雑な気持ちになってしまった。実の姉とその彼氏でなんてことを妄想していたんだ俺は。


「……これ、麦茶とお菓子」

「ありがとうね」

「気を使わなくて良かったのに。ありがとうございます」


 俺はそのまま自室に戻って自己嫌悪に陥ることにした。とりあえずポーズにしっぱなしだったゲームを再開することにした。スマホが震えているが今はそんな気分じゃないんだ。

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