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ロバと男と月の風

作者: 安身 侑

 ある村のはずれ、全体を見渡せる丘の上に、一人の男が住んでいました。その丘は《風織台》と呼ばれていて、たえまなく風がゆらゆら吹きさすので、朝と夜はとても冷え込むところでした。男はいつかこの村を飛び出して、広い世界を見てみたいと夢見ており、この《風織台》にわざわざ住んでいるのでした。


 ある夜、みかづきが綺麗な夜に、男がよぞらを眺めながら、急に旅立ちを決意しました。このまま、冷たい風にさらされていても、何も変わらないと思ったのです。


「おおい、みかづき様、俺はここを出ていきます。あなた様がよく見えて、あなた様から届く風が嫌なわけではないけども、あなた様を辿れるような、最果ての道を探したいのです」


 男が大きな声でそういうと、みかづきは何も言い返しませんでしたが、かわりに風がびゅうびゅうと、「変なやつ、変なやつ」と笑いました。男は笑われても気にすることなく、暗闇にまぎれる村をもう一度、月明かりを頼りに見渡すと、背を向けて歩き出しました。


 《風織台》の男は、風を編むことができたので、草木で進めぬ雑木林や森の中も、大風で草木をのけると、ずんずんと進んでいきました。立ち塞がるものは、なんでもどかしてみせました。ある日は、山を。ある日は、砂漠を。ある日は、うさぎを。ある日は、馬を。


 そうして、また男の前を、変な生き物が塞ぎました。男はいつものように、風を織ってどかそうとしましたが、それに気づいた生き物は、

「やめておくれよ。僕に酷いことをしたら、ただじゃおかないぞ。僕はお前が今までどかしてきたものたちを、みいんな一緒くたにまとめた怪物なんだぞ」と言いました。


「そんなバカな!それにしちゃ、随分と迫力がないなあ」と、男が怪物をしげしげ観察します。けれど確かに怪物は、馬とウサギをあわせて、砂まみれにしたあと、山々の自然を吹き込んだような、そんな有様に見えます。


「それに僕は、どけって言われたらどくんだい。わざわざ風なんて編まなくなっていいんだぞ」


 怪物はそう言うと、男の前からひょいとのけて、道を譲りました。


「これは失礼。ありがとう、怪物どの」


 男が一礼して、歩き出すと、怪物がのしのし後ろをついてきます。


「どこに行くんだい?」

「みかづきに続くような、果ての道だよ」

「なんだいそりゃ」

「俺にもよく、わからんのだ。ただ、村から出たかっただけなのかもしれない。きっとこれは口実なんだ」


 男がそうぶつぶつ、独り言のように返すと、怪物はそれ以上深くは聞きませんでした。その日から、怪物は男の後ろをついていくようになりました。





 あるみかづきの晩です。男が、うめいていました。


「どうしたんだい。具合でも悪いのかい?」

と、怪物がたずねます。


「ああ、ああ! 帰りたいんだ! なぜだか俺は、帰りたいんだ。あの村に! 馬鹿馬鹿しいと思われるかもしれないけども、帰りたくなったんだ!」

と男が叫び、うずくまりました。


 怪物はその様子をしばらく見守っていました。男がひとしきり叫んで落ち着いてから、怪物は「僕に名前をちょうだいよ。そうしたら、村まで送ってあげるから」と言います。


「本当か? 名前をつけるだけで、いいんだな?」


 男は現金にも、怪物の言葉に食いつきます。


「うん。名前をつけるだけでいいよ」

「よしわかった。今決めてやろう。うん、うん、そうだな。お前の名前は、《ロバ》だ。ロバ。いい響きだろう?」


 怪物はその名前を受け取ると、男に「ありがとう」と言いました。それから、「村の名前は?」と聞きます。

 男は、すっかり村の名前が思い出せなくて、ちょっと考えてから、《風織台》の近くなのだからと思い、「きっと《風紬村》だ」と言いました。

 ロバは頷き、一声なくと、男は《風紬村》に立っていました。しかしそこは、男の故郷の村ではありませんでした。


 呆然とする男の上で、みかづきが囁きます。


「この世界に果てなんかありません。アナタが定めたものが、縁取られるだけなのですから。アナタが名付けなかったものは、アナタが目を離した途端に消えてしまうんですよ」


 男は「そんなバカな!」と叫んで、《風紬村》から走り出しますが、その先には、《風織台》と、《ロバ》があるだけでした。


 そういえば、自分の名前はなんだったろう。


 男はもうそこにはいませんでした。夜空にはみかづきも、もはや浮かんでいません。

 ロバは風織台で草を満足するまで食べると、風紬村でゆったりと横になり、ぐっすりと眠りました。



おわり

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