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短編集【ヒューマンドラマ・現代】

BORN TO BE WILD AGAIN

作者: ポン酢

定年を迎えたおじいちゃんが、人生の最後にどうしても欲しいものがあるからと再任用なのか新しく始めたアルバイトなのかで仕事を続けていたのだけれども、とうとうそれが買えたと自慢してきた。


「……え??ウソ!?」


車庫に入れられたそれを見て、私は言葉を失った。

納品されたてのそれは、車体を艶かしく光らせている。


「どうだ?!凄げぇだろう!?」


まるで若造に戻ったようにニカッと笑い、おじいちゃんはそれを自慢する。

私は何を言っていいのかわからなくなり、両親の顔を見た。


「……これ、いいの?お父さんたち、知ってたの??」


母は苦笑いし、父は複雑な顰めっ面だ。


「良いも悪いも……聞きゃしないんだよ、オヤジ。」


私は改めてそれを見た。

厳ついバイク。

それに小洒落た感じのサイドカーがついている。


「良いだろうが。退職金注ぎ込んだ訳じゃねぇ、ちゃんと自分で稼いでから買ったんだ。」


「そうじゃなくてな?!オヤジ。その歳でバイクとか、危ないだろ?!」


「危なかねぇ。ずっとバイク乗りだったんだぞ!?それにこのバイクでは飛ばさねぇし、これならバランス崩してひっくり返ったりもしねぇ。」


そう言っておじいちゃんは、宝物でも撫でるようにサイドカーを撫でた。

確かにサイドカーがついてるから倒れる心配はないけどさ。


「何しろ、大事なもんを乗せんだからな。」


そう言っておじいちゃんは満足げに笑った。


大事なものって何だろう?

そう思いながら、私はバイクに近づいた。


サイドカーなんて知っていても見るのは初めてだ。

興味をそそられ、もっとよく見ようと手を伸ばした。


「あいた!!」


しかしその手をおじいちゃんが軽く叩いく。

びっくりして顔を上げる。


「いくらトモでもまだ駄目だ。」


「え?!ちょっと触ろうとしただけじゃん?!」


「まだ駄目だ。」


「まだって……。」


「最初にこれに触って良いのは……。」


どういう意味かわからず困惑する。

おじいちゃんが自慢気にそう言いかけた時だった。


「おまたせ、おじいさん。」


「おお、来たか。待ってたよ。」


そんな声が車庫に響く。

振り向けばおばあちゃんがちょっとお洒落して現れた。

何というか、少しいい意味で年代を感じさせるパンツスタイルだ。

オシャレに巻かれたスカーフがとても綺麗だ。


「わ!おばあちゃん!可愛い!!」


「あら、ありがとう。」


私は思わずそう言って駆け寄る。

おばあちゃんは少しはにかんで笑った。

レトロと言うかハイカラというか、それがかえって今風のオシャレに見える。


そんなおばあちゃんに、おじいちゃんが仏頂面で無造作に近づくと手を差し出した。

ふふふっと笑いながら、おばあちゃんはその手に自分の手を重ねる。

そしておじいちゃんは私の前を突っ切って、おばあちゃんをサイドカーの前に導いた。


おっとぉ?!これはまさかの……?!

さっきの発言といい、私はちょっとニンマリしてしまった。


「あら~。思いの外、こんまいのね?私、入るかしら??」


「まぁ、とにかく乗ってみろ。」


そう言って私には触らせなかったサイドカーにおばあちゃんを乗せる。

もうこのあたりから、私とお母さんはキュンキュンしていた。


お姫様でも扱う様に、おじいちゃんが紳士的におばあちゃんをサイドカーに座らせる。


「……あら?乗ってしまうと思ったより大丈夫ね?」


「苦しくないか?」


「そうねぇ、長時間乗るなら、小さいクッションが欲しいかも。」


「そうか、なら旅行までに用意しよう。」


「ありがとう、おじいさん。」


そう言って笑い合うおじいちゃんとおばあちゃん。

何だろう……完全に二人の世界だ。

一応いる私やお父さんお母さんは完全に蚊帳の外だ。


「……って?!旅行?!」


「そうなのよ。おじいちゃん、これでおばあちゃんと日本全国巡るんですって。」


お母さんが困ったような、でも羨ましそうに笑ってそう言った。

そしてお父さんをちらりと見た。

それに対してお父さんは気づかなかったフリを決め込んでいる。

まぁ、こんな前例作られたら、ハードル上がって辛いわな。


「確かに素敵だけど……雨とか降ったらどうするの?!おじいちゃん?!」


「そしたらそしたらだ。雨宿りでもするさ。」


「ええぇ?!」


「じいちゃん達はもう時間に縛られてないんだからよ。明後日から仕事だ何だ、気にする必要もねぇからな。自由気ままにお天道様とも付き合っていくさ。」


「本来はそれが自然の事ですしね。」


にこにこと笑い合うおじいちゃんとおばあちゃん。


仲良き事は美しきかなとは言うけれど……。

なんか……あてられて困る。


でも、おじいちゃんもおばあちゃんも、とてもキラキラ輝いてる。


「お姫様の馬と馬車も届いた事だし、ちいと肩慣らしに流してくるか。いかがかな?お嬢さん?」


「ええ、ええ。私は構いませんよ?おじいさん。」


ふふっと笑うおばあちゃん。

それに満足げにおじいちゃんは笑った。


そうと決まれば上着を着てくるとおじいちゃんが車庫を出ると、私はすかさずサイドカーに飛びついた。


「ねぇ!おばあちゃん!!おじいちゃんてこういうタイプだったの?!」


「そうねぇ~。昔からハイカラな事が好きな硬派な人だったわよ。バイク乗りなのに後ろに誰も乗せようとしないって有名でねぇ~。おばあちゃんが乗せてもらった時は、次の日には皆に広まって噂されてたわよ。」


「ワォ……。ご馳走様。」


軽くお嬢様タイプのおばあちゃんと堅物なおじいちゃんの結婚は、当時では珍しく一波乱も二波乱もあったと聞いた。

なんか青春だなぁと思う。


「よし、じゃあ行こうか?」


そう言って現れたおじいちゃんは、ライダージャケットを着込んでいて格好良かった。

スタスタ歩いてくると、当然の様におばあちゃんにヘルメットを被せてあげる。


「あらやだ。自分でできますよ、おじいさん。」


「駄目だ。ちゃんと正しく被ってもらわんと。大事なお嬢さんに何かあったら、親父さんに顔向けできん。」


丁寧な仕草とは裏腹に、おじいちゃんはぶっきらぼうにそう言った。

なんか……やってる事と言ってる内容と、おじいちゃんの言葉のトーンが噛み合ってないんですけど。


おばあちゃんの安全を再度確認し、無言で頷く。

そしておじいちゃんは反対側に移ると、自分もヘルメットを被り始めた。


「……何だろう……ダンディー……。」


そのキリッとした姿に思わず呟く。

そんな私の袖を、くすくす笑ったおばあちゃんが引っ張った。



「ふふっ。あげないわよ。」



そう耳打ちされ、思わず吹き出す。

なんか意外にもおじいちゃんがおばあちゃんにベタ惚れだった事を見せつけられていたはずなのに、ここに来ておばあちゃんも実はベタ惚れである事が発覚した。


相思相愛。


この歳になっても、いや、この歳になったからこそ、二人は想い合っているのかもしれない。

それが眩しく、私もそんな相手に出会えるのかなとちょっと考えた。

まぁ、多分ここまでラブラブなのは滅多にお目にかかれないだろうけど……。


「んじゃ、行ってくる。」


「気をつけてね~!!」


「7時には夕飯にしますから……。あ、もし二人で食べてくるなら電話下さいね。」


「おばあちゃん!電話持ってきた?!」


「はいはい、ちゃんと持ってますよ。」


「本当、事故らないでくれよ?!」


「大丈夫だっての。オメェだって小せぇ頃、乗せてやってただろう。」


「そうだけど!父さん飛ばすじゃないか?!」


「ありゃお前だからだよ。何だよ?あんときゃ飛ばすだけ喜んだってのに……。だいたい、男同士のバイクの楽しみ方とレディーを乗せてる時を一緒にすんなっての。」


「あらやだ、レディーだなんて。」


車庫が和やかな笑いに包まれる。

その中に、バイクのエンジン音が低く響いた。

バイクに足をかけ、おじいちゃんがおばあちゃんに顔を向ける。


「出発していいかい?」


「ええ、いつでもどうぞ。」


ヘルメット越しに笑い合う。


ゆっくり車庫を離れていくバイクに私は手を振った。

車道に出て、一度だけ二人はこちらに顔を向け、手を振った。

満面の笑みで手を振る私とお母さんの横で、お父さんが心配げに顔を顰めていた。

そんな顔にもちょっと笑ってしまう。


おじいちゃんがおばあちゃんに何か声をかけた。

それにおばあちゃんが頷く。


何を話したのかはわからない。

だってもう、二人は付き合い始めた頃に戻っているのだ。


おばあちゃんだけがまたこちらを向き、小さく手を振った。

私はそれに大きく手を振り返す。


走り出すバイク。

響く重低音。


その音の中に、私は「Born To Be Wild」が流れ出すのを聞いた気がする。


「素敵ねぇ~。」


「……ああいうのがいいのか??お前も??」


「別に私はバイクはいいかな??」


「ふ~ん……。」


ぼそっと呟くお父さん。

思わずお母さんと顔を見合わせ声を出して笑ってしまった。

まあ、お父さんとお母さんにはまだまだ考える時間が残っているからね。


私はそんな事を考えながら、困った様に考え込むお父さんと、「普通でいいわよ」とあっけらかんと笑うお母さんを見つめていた。


誰かが言った。

青春とは心の若さである、と。


確かにその通りだ。

10代の専売特許みたいに思われがちだが、今日のおじいちゃんとおばあちゃん、そしてちょっと困っているお父さんと笑うお母さんを見ていると、それはいつでもその心に存在するのだと思う。


「……もしかして、一番、青春してないの……私?!」


唐突にそう思った。

どこかで諦めたような、もういい歳だから落ち着こうとか、そんな風に思い込んでいた。


「……負けてられないなぁ~。」


遠くに聞こえるバイクの音。

なんだかんだ仲睦まじく家に入っていくお父さんとお母さんの背中を追いながら、私は決意を新たにしたのだった。

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