呪縛
急ブレーキの悲鳴のような音が迸った。
呆然と動きを止めたその先、私の視界の中で、一人の少年が突っ込んできたトラックにはねられた。
歩行者信号は赤。飛び出し事故だった。
意識不明の少年は、弧を描いて勢いよく投げ出される。数度地面を跳ね、転がった少年は立ち上がることはなく、白いパーカーがあっという間に赤く染まっていった。
それから、激しい衝突音が響いた。少年を避けようとハンドルを切ったトラックが、路肩の街灯に激突していた。
道に咲く赤をしばらく呆然と見つめていた私は、慌てて救急車を呼んだ。
何を話したのか、よく覚えていなかった。ただ、震える口で現在地と状況を伝えた次の瞬間、私は腰を抜かして地面に座り込んだ。
永遠にも思える時間が過ぎ、けれど深夜の人通りの少ないそこでは、ただの一台も車が通ることはなく、私に手を伸ばしてくれる者は現れなかった。
呆然自失としている中、救急車がやって来て、次いで警察が訪れた。うるさいくらいに鳴るサイレンと赤い光を見ながら、私は請われるままに身分証を見せ、救急車に乗って少年に同行した。
待合室で、ぼんやりと座っていた。声を掛けられて視線を動かせば、時計はまだ事故があってからそれほど経っていない時間を指していた。
少年は、死亡が確認された。
現実感がまるでなかった。私の少し前を走っていた少年が死んだ。あっけなく、その若い命を散らした。
私は腰から力が抜け、再びソファに座り込んだ。
ふと、強く地面を踏み鳴らす音が聞こえて来て、私は思考停止から回復した。
肩で息をする女性が、寝巻の上からコートを羽織っただけの姿で、看護師に促されて病院に入ってきていた。
おそらくは、少年の母親。なんとなく、そう思った。
その女性と、目があった。困惑は、一瞬。次の瞬間、女性は悪鬼のように目尻を吊り上げ、その瞳に憤怒の炎を燃やして告げた。
「許さない」
誤解だとか、私は通りがかっただけの赤の他人だとか、そう言うすべては、私の意識から抜け落ちて。
ただ、人はこれほどまでに怒り狂うことができるのかと思いながら、私は女性の憎しみに囚われた。
あの女性の声が、今でも耳元から離れない。