ブラックメタルの世間的なイメージと実態とのギャップはなぜ生まれるのか
なぜ? を解決するだけなので、進歩はありません。
ブラックメタルに限らず様々なヘヴィメタルの楽曲を好む私は、その中でもブラックメタルだけ異様に世間からのイメージが悪いことが常々気になっていた。世間的に悪いイメージが大きく、国によってはブラックメタルを禁止しているところもある。
私からしてみればブラックメタルというジャンルは格好の良いビジュアルに素晴らしい音楽を聴かせてくれる憧れるべき存在であり、忌み嫌う対象とする理由は何ひとつない。
実はこのジャンルの本場であるノルウェーでは、ブラックメタルのメイクを施した人が顔を洗う洗顔料のCMが放送されるほど、ブラックメタルは受け入れられているのだ。
また、ブラックメタルバンドのメンバーが保育士とバンドを併行してやっているということも少なくないという。ゆえに、このように実際には本場ノルウェーでも受け入れられ、メンバーも温厚な性格の人間が多いといわれているブラックメタルというジャンルが、なぜ世間から悪いイメージを持たれているのかという疑問が生まれるのである。
本稿では、ブラックメタルのイメージが未だに悪い理由を以下の3つの仮説を軸に検証していく。
1)過去に起きた事件が大きすぎて、悪いイメージだけが広がっている状態なのではないか。
2)ブラックメタルは基本的にサタニズムの音楽なので、宗教的な理由で嫌われているのではないか。
3)日本ではそもそも大元であるヘヴィメタル自体に良くないイメージがあるのではないか。
また、本稿ではバンド名と人名との混同を避けるため、アルファベット表記のバンド名はそのままアルファベット表記に、アルファベット表記の人名はカタカナ表記とする。
仮説に入る前にブラックメタルがどんなものなのか簡単に紹介する。
まずはビジュアルから見ていこう。彼らは基本的に『コープスペイント』というメイクを施している。KISSや聖飢魔IIとは違い、死体をイメージしていることが多い。
次に音楽性だ。正直これは実際に聴いてもらった方が早いので、気になる方はEMPERORかMAYHEMあたりのCDを買って聴いてみてほしい。
簡単に紹介すると、非常に宗教的で、クラシック的で、荘厳な雰囲気の楽曲が多い。また、唸り声もこのジャンルの醍醐味だろう。ドラムもすごい。そもそもメタル自体ドラムが激しいのだが、その中でもブラックメタルは特にすごい。人間を超えたような人が何人もいるジャンルである。あとトレモロリフも特徴だ。ドドドドドレレレレレミミミミミ〜みたいな。分かんなかったら買って聴いてみてくれ。
さて、そろそろ1つ目の仮説の検証をしていこうか。『過去に起きた事件が大きすぎて、悪いイメージだけが広がっている状態なのではないか』というものだ。そもそも日本ではブラックメタル自体知名度が低く、どういうものなのか分かっていない人が多いと思うが、ブラックメタルは日本のメタル好きの間でもあまり人気がないのだ。その原因も探っていきたい。
ブラックメタル界隈ではさまざまな事件が起こった。このジャンルの代表的なバンド『MAYHEM』のボーカリストであったデッドの自殺に始まり、ツアー中のバスを転倒させる者がいたり、放火をする者がいたり、殺人を犯してしまう者もいた。
もともと自殺してしまいそうな精神状態だったデッドに、同バンドのユーロニモスが自殺を勧めたり、元MAYHEMのヴァルグ・ヴィーケネスがショットガンの弾丸をデッドに贈ったことなどにより自殺に至ってしまった。
デッドの死後、ユーロニモスはレコードショップを開業し、そこへ集まったブラックメタルファンの若者とともに彼を中心にして悪魔崇拝集団『インナーサークル』を形成したとされている。このインナーサークルは次第に過激さを増していき、行った犯罪の大きさで組織内での格付けが行われるようになったとも言われた。
逮捕者が続出し、インナーサークルは解体となったのだが、それからもブラックメタル界隈が落ち着くことはなかった。同時期に殺人事件も起きているし、翌年にもユーロニモスが殺される事件が起きている。
このあたりは説明しだすとキリがないので、この辺で止めておくことにする。
このようにブラックメタルシーンでは重大な事件がいくつも起きていた。(主に第二世代と呼ばれるバンドによるものである)この世代を知っている者ならブラックメタルに対して悪いイメージを持つのも仕方のないことである。
しかし、これらの事件は全てノルウェーでの出来事で、他の事件もせいぜい北欧の範囲内での出来事である。これらの事件だけでブラックメタル全体のマイナスイメージが広がっているとは考え難いので、次に別の仮説も検証していく。
『ブラックメタルは基本的にサタニズムの音楽なので、宗教的な理由で嫌われているのではいか』という仮説だ。
サタニズムをテーマにするということは、どういうことを意味するのか。
世界で最も信仰者の多い宗教であるキリスト教において悪魔とは敵であり、嫌われるべき存在である。実際に悪魔を崇拝しているかどうかはともかく、ブラックメタルは基本的にサタニズム、反キリストをテーマとしている。
宗教色の薄い私たち日本人ですら悪魔と聞いて良いイメージを持つ者は極めて少ないだろう。それが信仰心の強いクリスチャンであれば尚更だ。
2014年、米ルイジアナ州バトンルージュのショッピングモール内にあるスターバックスでバリスタが客の注文した飲み物のクリームの上に、キャラメルシロップで悪魔の紋章「逆五芒星」と、悪魔の数字として有名な「666」を描いて渡し、客が大激怒するという事件が起きた。
日本人の感覚で例えると、定食屋に行って出てきたご飯にまっすぐ箸が突き刺さっていたようなもので、日本人には「葬式」や「死」を連想させるはずだ。
また、一般的にサタニズムといえば、サタン(悪魔)を崇拝し、悪の力をもって善なる力に打ち勝つことにより世界征服を目的とすると想像されがちであるが、サタニズム信仰者の1人、アントン・ラヴェイにより1966年に設立された世界最大のサタニズム組織「サタン教会(Church of Satan)」にではこの考え方を否定している。
サタン教会は「サタン」が実際に存在するともしておらず、単にある概念を物質的に代表する名称として「サタン」の名を捉えている。
サタニズムにはサタニズム9箇条と呼ばれる9つの所信表明、9つの罪、守るべき11のルールが存在するが、気になる方は各自で調べてほしい。これらは我々が聞けば「あ〜、なるほど」となるような、ためになるルールばかりなのである。
このように、世界最大のサタニズム組織の信条は我々のイメージしているサタニズムとは大きく乖離している。それどころか、むしろ人間のあるべき姿とも思えることが書かれているのだ。
このサタン教会には多くの有名人が参加しており、かの有名なメタルアーティストであるマリリン・マンソンやMorbid Angelのデヴィッド・ヴィンセント、コープスペイントの元祖とも言われているキング・ダイアモンドなどもサタン教会の会員である。
しかし、こういった考え方をしているサタニストはブラックメタルの世代でいえば第一世代|(主に1980年代に活躍した立役者たち)の者が多く、第二世代|(1990年代に出てきた、いろんな事件を起こした人たちの世代)は本当に悪魔崇拝をしている者達も少なくない。
サタニズムの考え方がいろいろあろうと、そもそもクリスチャンは悪魔自体を嫌悪していると思われるので、悪魔をテーマに選んだ時点で、嫌われるのは仕方がないといえる。
また、世界で2番目に信仰者の多いイスラム教でも悪魔は敵である。世界中でこれだけ嫌われている悪魔をテーマとしているのだから、ブラックメタルが嫌われるというのも頷ける。しかし、宗教色の強くない日本でもブラックメタルのイメージは良いとは言えない。その疑問を次に検証していく。
『日本ではそもそも大元であるヘヴィメタル自体に良くないイメージがあるのではないか』
この仮説だ。ブラックメタルも元のジャンルはヘヴィメタルである。ヘヴィメタルは日本では聴く人と聴かない人が極端に分かれている。
ヘヴィメタルを好む人はよく聴くが、聴かない人は1ミリも聴かないことが多いのだ。
そして明らかに人気がない。例えば日本レコード協会の音楽メディアユーザー実態調査の報告書によると、各年代のよく聴く音楽のジャンルのグラフの中にそもそもヘヴィメタルという項目がないのだ。これはさすがに悲しい。
悔しかったので他のデータが無いか調べていたところ、「日本の学校」というWebサイトが実施した音楽ジャンルアンケートを見つけた。
男子高校生249名、女子高校生539名にアンケートを取ったようだ。男子の中では「ハードロック・メタル」という項目に5.6%投票されていた。女子の項目にはメタルはなかった。
私はこれも納得がいかない。ハードロックとヘヴィメタルは同じようなものだという人もいるが、私は別物だと思っているからだ。
ハードロックはブルースから派生した音楽である。これは皆知っていると思うが、ヘヴィメタルはどうだ。厳密に言うとメタルもブルースから派生しているのだが、ハードロックほど直系ではないと思うのだ。
そもそもヘヴィメタルは構成主義に立脚しており、基本的にはシンフォニックで荘厳なのである。したがって、世間一般の先入観でのイメージとは真逆の「クラシック音楽」に近い。
こんなことを書いてはいるが本章での目的はブラックメタルの世間的なイメージの悪さはそもそもメタル自体のイメージが悪いからではないのかということだ。
メタルは世間一般では良くないものという先入観があり、実際に人気が低いという事実から日本ではメタルの悪いイメージがそのままブラックメタルのイメージにも通じていると思われる。
そろそろまとめに入らせていただこう。本稿では、ブラックメタルのイメージが未だに悪い理由を3つの仮説で検証した。
1つ目が『過去に起きた事件が大きすぎて、悪いイメージだけが広がっている状態なのではないか』という仮説。
ブラックメタルシーン第二世代によって起こされた多くの事件により悪いイメージがついているのは間違いないが、大きな事件は基本的に北欧内で収まっているので世界中で悪いイメージが広がっている原因とは特定しづらかった。
次に検証した『ブラックメタルは基本的にサタニズムの音楽なので、宗教的な理由で嫌われているのではないか』という説は、宗教色の薄い我々日本人とは違い信仰心の強いキリスト教徒やイスラム教徒は悪魔に対して強い嫌悪感を抱いていた。
ゆえに彼らはサタニズムをテーマとしているブラックメタルに悪いイメージを持っているのだ。
最後に『日本ではそもそも大元であるヘヴィメタル自体に良くないイメージがあるのではないか』という仮説。
日本ではヘヴィメタルにあまり良いイメージを持たない者が多く、聴く人は少なかった。ジャンル元であるヘヴィメタルのイメージが良くないということは当然そこから派生したブラックメタルのイメージも悪いということになる。
私はこれらのことから、実際には本場ノルウェーでも受け入れられ、メンバーも温厚な性格の人間が多いと言われていても、世間から悪いイメージがつくのだろうという結論に至った。
日本と世界とで分けて書くべきだったかも?




