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王様と僕の全裸ダンス・デイブレイク

全裸とは、身近にある非日常。

そんなことを考えていたら短編になりました。


偉人いはく、『裸で踊れ。』

古代より哲学者や修道者は時折裸で生活し、市民に笑いものにされ、けれどその舌先で権力者を感服させ、殆どの者が裸を隠すように服を着る世界で、常に裸という存在を刻み続けた。


とはいうものの、裸でいるということは、今日の世界だって馬鹿げた行為と捉えらる。

宴会芸で裸になるのはなぜか。裸の者が胸や股間を隠す姿に笑うのはなぜか。

社会の常識をまだ知らぬ子供らが露わとなったちんこに笑い、裸の描かれた作品に大笑いするのはなぜか。

結局、全裸とはそれだけで面白く感じてしまうというのが、今日の日本での常識なのだ。


かつての僕は、そんな裸について熟考することが一切なかった。

やっと掴んだ内定に浮足だち、行った新人研修で務める会社のブラックさに気付いた翌週の日曜日。

そっと辞退の連絡をして、いわゆる無職に戻った僕は、行く当てもなく東京を彷徨い、知人と出会わないよう遠く知らぬ駅で降りて、知らぬ名前のカフェのコーヒーを注文し、屋外の席でため息を吐いた。


「どうしたのかね、朝日を浴びながら陰のある顔をするとは」、


隣で声がしたので顔をむけると、そこに一人の男が立っていた。

立派な口髭を揺らし、大きくも筋肉の引き締まった図体。

両こぶしを握って腰に当て仁王立ちする姿は、アメリカのスーパーヒーローのように見えた。


ただ一点、全裸であるという点を除いては。


「あの、え……あ……!?」


眼が白黒するという表現は、この時の僕のためにあった。

そして、つい足先から少し薄目の頭頂部まで全身を眺めてしまった。


「おや、ここで私と出会うとは思わなかったようだな。ははは、これが奇遇というものだ」


痛快そうに笑ってみせるその顔は、中年の見た目ながら爽やかとしか言えない。

けれど裸である以上、そんな爽やかな笑みは単なる恐怖にしかならない。


「ちょっと……!! え、貴方だれなんです!?」


「おや、私の顔を覚えていたわけではないと。確かに、前に会ってからずいぶん経つな。お互いに変わったものだ」


変わり者はお前だけだよ、と軽口を叩けるわけもなく。

日曜朝から全裸の男性と出会った僕は、できることなら泡を吹いて倒れ、全て夢だったことにしたかった。


「それにしても、随分と私の身体を見てくれるね。自慢じゃないが、たくましいものだろう」


「ええ、ああ……はい」


「しかし随分と局所的な部分に視線が言っているようだ。何かね、君には私が全裸にでも見えているのかね」


「ああ……はい」


すると、男性は額に手を当て、やれやれといったジェスチャーをしてみせた。

なぜ常識的に服を着ている僕のほうが仕方ないと思われているのだろう。


「いいかね、君が私を全裸に見えているというのならだね、つまるところそれは君が馬鹿だからなのだ」


「はい……え、なんで?」


「簡単なことだとも。周囲を見てみるといい、君以外に私を気に留めてるものがいるか?」


そういわれて、気づいた。

こんなに(朝だが)白昼堂々と全裸のマッチョが仁王立ちしているのに、誰も怪しむ素振りがない。

通行人はそのまま通りを歩き去っていくし、カフェの客はスマホやパソコンに目を落とすばかりで、気にもされない。


「そんな……馬鹿な」


「その通り、君が馬鹿なのだと自覚できたかね」


「いや、違う!! ではなぜ貴方は、僕の目には貴方が裸に見えていると分かったんです?」


「簡単なことだとも。私が来ているのは、馬鹿には見えない服だからだ」


「答えになってませんよ! それじゃあ、貴方は童話に出てくる裸の王様とでも言いたいんですか!?」


「その通り、そして君が一番大好きな御伽話だった。違うかね?」


ハッと幼いころの記憶が蘇る。

母親に色んな本を読み聞かせしてもらった、あの頃。

そしてあの時、確かに裸の王様にを何度も読んでは大笑いしたし、ボロボロになるまで絵本をどこにでも持ち出しては母親に読むようせがんでいた。

けれど……子供なんて大体裸が好きなものじゃないか。


「いえ、覚えていませんね。子供のころのことなんて」


「残念だな、すばらしい物語だから、君に子供ができたら読み聞かせてあげなさい」


「残念ながら、今貴方と会ったことで、将来絶対にそうしないと心に決めました」


そうかい、と言いながら、男は机を挟んで向かいの椅子に座った。

いや、しれっと相席しないでください、と言いかけたけれど、机のお陰で男の下半身を見なくて済むので黙ることにした。


「しかし人間とは不思議なものだ。裸を見て大笑いする子供もいれば、今の君みたくしかめっ面するものもいる。どうしてだと思う?」


「考えたこともないですね。少なくとも僕が不機嫌なのは、外で服を着ない男は奇人変人の類で、関わりたくないと思うからです」


「しかし君は一癖も二癖もある人物の話を見たがりはしないか。あるいは変わった人のエピソードを聞きたがるだろう。それは君が数奇なことに興味があるからではないかね」


「間接的に聞くのと、直接会うのとはまた別ですよ。ニュースやドラマでみる事件は他人事ですが、自分の目の前で起きている事件は、危害とか自分への影響を考えて不安になるものでしょう」


「つまり、人づてで楽しいと言われたイベントより、実際に自分で体験したイベントの楽しさのほうが優るというわけだね。よろしい」


彼は両手を伸ばし、僕の肩をポンと叩いた。


「これで、君も全裸の良さが分かるだろう」


次の瞬間、僕は裸になっていた。

口に含んだコーヒーを危うく噴き出しかけた。

机に置きかけていなければ、


「僕の服が!?」


反射的に両手を股間で覆う。

血の気が引き、きゅうっと息子が縮まった。


「安心したまえ、君もまた服を着ている。馬鹿には見えないだけだがね」


そう言うと男は立ち上がり、手を差し伸べる。

混乱する僕を見ながら、男はまた爽やかに笑った。


「君に、裸であるとは何なのかを教授しよう」


この男は、まさに裸の悪魔だと思った。

そんな僕の戸惑う顔を、飲みかけのコーヒーは揺れる水面に映していた。




男は僕を全裸にしたまま、街中を連れまわした。

僕は初めて来た町だが、男は手慣れたように、道の真ん中を悠々と闊歩する。

それは、裸の王様にある国民の前で服を拾うするワンシーンを思い出せた。

けれど童話では笑いものにされるのと違い、男の筋肉は確かに引き締まっていて、例え全裸であっても美を感じる。

他方の僕の身体は不健康そのもので、手足は細く、腹は出ていて、一か所たりとも誇るべき部位がない。

同じホモ・サピエンスでこうも違うのかと、むしろ劣等感を覚えながら男の斜め後ろをとぼとぼついていく。


そして、しばらくついていくうちに一つの発見があった。

男の言う通り、僕は自分と彼が裸に見えているが、周囲の人は無反応で、僕たちが服を着ているようにみえているのは確からしいこと。

ただし、服を着ているように見えているはずだが、男の堂々とした姿は、人の目を何度も引いていた。

その背中ごしにも、何人もがその身体を数秒は気にしているし、中には通り過ぎた後振り返る人もいた。まるで有名人でも見かけたかのように。


「ようし、まずは軽く運動をしようか」


そういって男はスポーツ用品店に立ち寄った後、近くの公園へと寄った。

手には安物のバトミントン一式。子供用の安いプラスチック製品だ。


「ほうらいくぞ!」


気付けばラケットを手渡され、芝生の上で男と羽根つきシャトルを上空へ打ち合っていた。

学生が休み時間にやるような、ゆるいラリー。

けれど僕は全裸である違和感のせいか、羞恥心のせいか、身体が妙に動かず、何度も空振りをする。


「はぁ……はぁ……」


青空の下で行う運動自体は、気持ちいい。

けれど全裸ですべきことなのだろうか、と息切れしながら僕は尋ねた。


「何を言う、古代ギリシア彫刻の円盤投げをする彫刻オリンピックというのは、昔は全裸でやるものだった。あの像の通り、全裸で行われるスポーツは美しさがあるのだ」


「でも、僕の貧相な筋肉では……はぁ、はぁ……見苦しいだけだと思うのですが」


「そんなことはない、全力でやる姿は、何人であろうとも素晴らしいものだとも」


そういうものなのだろうか。

動くことで精一杯な僕に考える余裕はなかったが、気づけば裸でいることに慣れている自分がいた。

1時間ほどで、へとへとに疲れた僕を、男は次の場所へ案内した。

ショッピングモールだ。


「……って、なんで僕たちは裸で服屋に入っているんです?」


男がまず最初に連れてきたのは、ブランドもののアパレルショップだった。

流行りものからセール品まで、男は一つ一つ面白そうに眺めては、服を手に取る。


「この柄は美しいな。どうだい、似合っているかな」


「似合う以前に、貴方に合うサイズではないですね」


「そうかい、では君は何が似合うと思う?」


そう言われて店内を見まわしてから、気づいた。

僕は男の全裸が第一印象であるせいで、そもそも彼が服を着る想像をしただけで、変な感じがする。

店の真ん中にあるマネキンの来た一押し商品も、高級スーツもラフな無地Tシャツも、いやジャージもジーンズも寝巻も和服もコスプレも水着も、何もかもが彼にそぐわないと思ってしまう。

シンプル・イス・ベストとでもいおうか。

どのファッションなら彼がオシャレになるかではなく、既に完成された彼の裸に相応しい布はどれかといった思考になってしまう。


「君の戸惑いも分かる。全裸とは生まれたままの姿であるが、同時に完成された姿でもある。裸の上に服や靴を足すことはできるが、全裸から何かを抜くことはできない。しかし社会において、服を着るのは義務だ。では、君なら何を選ぶ?」


「僕は……」


改めて、自分の身体を眺めた。

運動後の汗ばんだ身体。産毛の生えた肌。目の前の男とは違う、どこか未完成とも感じる身体。

この身体にふさわしい服は何か。

そう店の鏡に映る自分を眺めていたら、グゥとお腹が鳴った。


「うむ、君の腹時計が鳴ってしまったな。食事に行くとしよう」


男は白いTシャツを一枚買って、店を出た。

それはワンサイズ小さいはずだが、どうするのだろうか。

時間は昼となり、僕たちはモール内のレストランへと入った。


「カレーライスを2つ、中辛大盛りで」


僕に確認を取ることもなく、男は注文した。

不満げな顔を示したが、何を勘違いしたか男はウインクして見せた。

腹が減っていて文句を言うのも体力を使うので、ここは我慢する。

そして我々は全裸でカレーを食べた。

こう裸であると、どこか原始的であるというか、食べ物が自らの血肉となる、ということを改めて自覚する。

この肉体の奥で食事が分解され、全身へと栄養となり行き渡るのだ。

しかし全裸でカレーか……服に汚れが付かないので効率的かと思ったが、むしろルーが飛び跳ねたときに火傷しそうだ。

いや、実際は馬鹿には見えない服を着ているから、汚れないのか?


「けれど、全然服を着ている感覚がないんですよね。この服の見た目は何なんです?」


「いい質問だ。アンデルセンの童話では、布折り職人は絹と金の糸で縫われた、美しい色彩のズボンと上着、そしてマントを作ったとした。君は今、それを着ていると思うかい?」


「いえ、だってそのお話って『むかしむかし』の話でしょ。ということはその服も昔風の服なはずですけれど、周囲の反応を見るに現代に馴染めているデザインらしい。マントも当然ないはずです」


「ふむふむ、あ、水を取ってくれないか……ありがたい、ゴクゴク……ん、それでだな」


と言いかけたところで、男はふと店の外を見た。

丁度13時の時報がモール内に鳴り響いている。


「しまったな、君、急いでくれ!!」


催促され、僕は慌ててガツガツとカレーを掻き込む。

スパイスの辛さが喉の奥まで染みわたり、胸から上が真っ赤になっていく。

腕からは汗が滲みだし、膝のほうもじわりと赤みがかる。身体とは、カレーを一杯食うだけでも、こんなに様々な反応を示していたのか。

変な感想を持ちながら完食した僕は、連れられるままエスカレーターを進む。

目の前に立つ子供が何度か後ろを振り返ったので、まさか僕らが裸に見えるのかと思ったけれど、上の階のおもちゃ売り場に目を取られてすぐに興味を失ったようだった。

僕の知っている童話では、裸の王様は子供に「なんであの王様は裸なの?」という言葉によって、自分が機織り職人に騙されていたと気付く。


(けれど子供もどうやら服が見えている、となると「馬鹿にはみえない」の馬鹿とはなんなんだろうか)


そう思いながら男を追うと、映画館へとたどり着いた。

男は(先ほどから全裸のどこにしまっているのか分からないけれど)財布を取り出して、券を二枚買う。

作品は、公開から長く経った海外映画。

賞を取ったはずだが、日曜だというのに客は僕ら含めて5、6人。

裸体のまま映画の柔らかなシートに座ると、少し罪悪感があり、贅沢感もある。

全世界で裸で映画を見る人など、何人いるだろう。

しかし暗闇であるお陰で、裸は見えづらく、隣に座った男の顔も半分しか見えない。


「なんで、この映画にしたんですか?」


「目に留まったからさ。実を言うと、内容は知らなくてね」


ブザーがなったので、それ以上の会話を慎む。

そして映像が流れたとき、僕はいつもと違うことに気付いた。

普段はスクリーンの情報を目で追っていたはずだが、今はまるで全身で見ているような錯覚。

画面に映る光が僕の裸体に反射し、胸やヘソの上にも物語が流れ始める。

右胸で爆発シーンが起き、左脇で主人公が決め台詞を言ったかと思えば、体全身にヒロインの泣き顔が映り込む。

この全身で映像を受け止め、鑑賞する興奮は、映画への没入を一層増し、そして今までにない陶酔を生み出した。


(そうか、今の僕はむき出しの身だ。だから、心もまたむき出しになり、響きやすいのだ)


僕と男は全裸のまま、110分の劇場を楽しんだ。

終わったころ、僕は自分の肉体の動き一つ一つがよく見えるようになっていた。

各部位に自分とは別に感情が宿っていて、喜んでいたり悲しんでいたりする。

この全身のうねりが、僕という存在を支えてくれているのだ。


それからも僕らは様々な全裸体験をした。

日常生活は全裸であるというだけで、新たな発見を生み出す。

娯楽やスポーツは全裸であることで新たな体験を生む。

星空の下にある全裸と朝日を浴びる全裸は違うことを知った。

高層ビルのレストランで、裸のドレスコーデで食べたディナーは、高級な味の中にも生命の尊さが潜んでいた。

人は全裸であっても服を着ていても、できることに大差はない。

いやむしろ、全裸である場合のほうが、大きなことを成し遂げたようにすら思えた。

そうして全裸でありとあらゆることをやり尽くした頃。


別れはやってきた。


「寒い、寒いですよ……!」


その日は午前4時、ライトだけを手に山へ登った。

険しくはない、明かりを手にして中腹の宿から1時間歩けば頂上につくような、裸のハイキング初心者でも簡単な山。(決して裸で登ろうとしてはいけない、我々は一応馬鹿には見えない服を着ている)。

そう着てはいるはずなのだが、ただでさえ春と言っても寒い日の出前に、裸という視覚情報が寒さを一層引き立てる。


「うむ、全裸で凛々しくあるのは気持ち良いが、では全裸は常に幸福であるかといえばそうでない。他人の視線に慣れようとも、自然と直接触れ合ってるのだ。一層の脅威も感じるだろう」


布一枚で何が変わる、などと直前までは思っていた。

けれど世闇の深さが自分の手足や胸の筋にまで蔓延り、風が局部を直接当たる。

羞恥心ではなく、その恐ろしい感覚のために、僕は手足を強ばらせ、内腿に両手を挟み込む姿勢となった。

暗闇の1分1分が長く感じ、やはり僕は全裸に向いていないと後悔が頭の片隅で湧き出し始めた。

男はそんな僕を見て、相変わらずの仁王立ちで笑って見せる。

やはり全身が闇に覆われているが、不思議とその輪郭や表情がわかるのも全裸だからだろうか。


「そんなに縮み上がるのなら、1つ良い方法を教えよう。大いなる敵に立ち向かうとき、君はどんな英雄になろうと願うかね。恐怖があるなら、その裸の英雄に姿を重ねると良い」


「英雄…?」


「子供に聞けば、スーパーヒーローを答えるだろう。彼らは大抵、肉体の曲線がハッキリと分かるスーツを着ている。大人に聞けばプロレスラーやウルトラマンと言うだろうが、それも然り。強靭な身体を持たずとも、裸の哲学者たちは古今東西存在し、権力者と言葉で闘った。武や知のみでない。ダンサーもまた、古典のバレエにしろ前衛的なコンテンポラリーにしろ、自らのラインの浮き出る服で自己を表現する」


僕は言われるがまま、その姿を想像する。

たしかに彼らは、局所を隠しはすれど、本質的には全裸で、日々闘いを繰り広げ、皆がその闘いを称賛する。

その彼らは、誰もがが縮こまることをせず、胸を張って肉体を晒し続けていた。


「どうだね、君はどの人物に憧れを抱く?」


「……今挙げてくれた人たちは凄い人です。でも素直に言わせて貰うと、彼らのように裸でいることはできない。だって彼らは何かと立ち向かうために裸でいるけれど、僕はまだ立ち向かうべき問題と出会っていない。裸という解放感に踊らされているだけだ」


「君は自分をそう捉えたのか、素晴らしい意見だ。では、視点を変えて神話ではどうかね。アメノウズメの話は知っているかな」


有名な伝説だ。

古事記いはく、アメノウズメは裸で踊ることで、天岩戸に閉じこもっていた太陽神アマテラスの気を引き、見事彼女を引っ張り出してこの世界に再び光をもたらした。


「けれど岩戸に閉じこもっているアマテラスからすれば、アメノウズメが裸であるかどうかは見えないのだから関係ない。しかし、彼女は裸で踊った。何故だと思う?」


それはそういう神話だから、とか今と昔の価値観が違うから……と言った答えを聞きたいのではないのだろう。

僕は自分と逸話を重ね合わせる。

天照の隠れた世界、それは今の僕がいる場所と同じ同じ真っ暗闇の世界。

そこで彼女はなぜあえて裸で踊ったか。

考えてもわからない。なら動いて確かめるしかない。


大地を踏む足で軽くリズムを取る。

手をパタパタと、次第に大きく動かしていく。

腰のひねり、動きのキレ、僕は彼女を真似て踊り始めた。


ダンスが上手いなんてことはない。

がむしゃらに、恥知らずに、何も恐れることなく僕は踊る。

息が上がる、いくら動いても視界は変わらず黒いまま。

時折、視界に男の顔が映る。

裸の王様は、裸で街を歩いた。

馬鹿には見えない服で、馬鹿に見られても構わないと闊歩した。

その時笑うものはいなかった。

子供に裸と指摘され、街の全員が王は裸だと自覚しても、それでも街道を歩ききったし、誰も笑うものはいなかった。

アメノウズメは、天岩戸の外で、皆を笑わせるために踊った。楽しげな雰囲気を出して天照の気を引くために、全力で皆を笑わせるために踊った。全ては世界に光を届けるために。

僕の中で、全裸という概念が繋がる。

全裸で生まれた生命が、もう一度全裸となる意味。


全身に汗を(ほとばし)らせて、僕はゆっくりと動きを止めた。

肩で呼吸し、顔を上げた。


気づけば、地平線の奥で輝きが昇り始めていた。



「それで良い。君は見事、裸で立ち向かったのだ」


背後から男の声がする。

その声は段々と遠くなっていく。


「大事なことは、裸でいるかどうかではない。服を着なくてはできないこと、裸だから出来たこと。そんなものはこの世に存在しないのだ」


「……僕、子供の頃に思ったんです。裸の王様は本当に馬鹿には見えない服を着ていた。けれど裸だと皆が思ったのは、全員が馬鹿だからじゃないのかって。けれど本当は関係なかったんですね。裸に見えようと、見えまいと、王様はまっすぐ堂々と歩きさえすれば、立派な王様足り得たんだ」


「ははは、どうかね。所詮は昔の御伽噺、語り継がれていくうちに、裸に見える理由も変わっていったのかもしれんよ。そして別の物語で私は、羞恥心に耐えきれず、最後まで歩けなかったかもしれない」


「そんなことないのは分かってますよ。だって、今までの貴方は、あんなに堂々と全裸でいられたんです。きっと歩ききったし、これからも歩み続けるんだって、僕は知っています」


男は爽快に笑い、僕の肩を叩いた。


光が世界を覆う。

僕の肉体は世界に溶けていく。


「では、お別れだ。それと最後に教えておこう」


数秒の間。

男は、こほんと喉の調子を整えた。


「そうは言ってもやはり、現代では服を着たほうがいいぞ。捕まってしまうからな」


「ふふ、知っています。ははは、知っていますよそんなこと、ははは!!!」


吹き出すように、少しの悲しみを誤魔化すように。

僕は爽快に笑ってみせた。





「……様、お客様!!」


僕の肩を揺らす声に、目を覚ました。

明るい太陽と木の質感と、コーヒーの匂い。

そして胸の辺りにある湿った感触。

僕はガバッと跳ね起きた。


眠気を堪えて確認すると、どうも僕はうたた寝をして机に突っ伏してしまったらしい。コーヒーを(こぼ)したことに気付かぬまま。

お陰で白いシャツは茶色く染まり、慌てて絞るも誤魔化しきれない。


ふと、僕は横に紙袋があるのに気づいた。

中には自分のサイズぴったりのシャツ。

店の人に頼み、僕は洗面所で着替えさせて貰うことにした。

一人分の狭い手洗い場で上の服を脱ぐと、ふと鏡に映る自分と目が合った。

次いで、自分の身体を見たとき、何故だか全裸に見えた。

もしこのまま、裸で街を飛び出せばどうなるか、という妄想が頭によぎる。

堂々と歩けば、案外誰も笑わずに街中を歩けるんじゃないだろうか、などとトイレットペーパーで裸の水分を拭き取りながら自虐しつつ、馬鹿馬鹿しさに笑ってしまう。


着替えた僕は店員に謝罪と御礼を言い、カフェを立ち去った。

足取りは軽い。風が肌を撫でていく。

まるで世界との間に布なんてないように。


そして僕は、軽くステップを踏んでみせたのだった。











他の作品の息抜きに書き出したのですが、一つの作品に全裸という言葉を最大限まで詰め込めたのではないでしょうか。もっと全裸について詰め込める方は、ぜひ挑戦して下さい。

全裸になるときは、周囲の同意を得るか、通報されない場所でお願いします。


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