陥れ系ヒロインの私が処刑されるまでの話をしようと思います
こちらは君となシリーズ1作目の『断罪イベントに巻き込まれた悪役令嬢は断罪返しができる子でした』のヒロイン側の物語です。
そちらを読んでいただいているという前提でところどころ話を端折っていますので、今作が初見の方にはわかりにくい話となっておりますが、何卒ご了承くださいませ。
君となシリーズ8作目。
学園の入学式の朝。
私の脳裏にこれから出会うであろう男性たちの顔が浮かんで消える。
「ふふふ、さーて、まずはジークからよね」
誰にも聞こえないくらいの小さな声で呟いて、私ことカロン・フラウは意気揚々と教室へ向かった。
私は小さい頃からよく夢を見た。
夢の中で私は松本加奈絵という大きな目をした可愛い感じの女の子で、勉強をしていたり文芸部で本を読んだり物語を書いたり自宅でゲームをしていたりと高校生活を満喫しているようだった。
もちろん朝起きれば『文芸部』やら『ゲーム』やら『高校』やらは意味のわからない言葉となる。
けれど夢の中にいる間はごく当たり前の言葉として意味もわかるし、違和感も何もない。
感覚としては自分が加奈絵を動かしているというよりも、彼女が生活しているところをその中から見ている感じだった。
その夢が始まれば後はただ彼女が何をしているのか見ているだけ。
それが何年も何年も繰り返されたお陰で今では起きていても単語の意味がわかるし、初めのうちは朧気だった夢の内容もすぐに思い出せるようになっていた。
中には誰かに追いかけられて怖い思いをしている夢もあったが、すぐに両親が引っ越しを決めて事なきを得ていたから、私にとって嫌な夢はテストという悪夢以外ほとんどなかった。
けれど何故か、夢に見るのは高校に通っていた3年間分だけ。
他の年代を見たことは一度もなかった。
加奈絵が高校2年生の時の夢の中で、彼女が読んだ小説の中に『乙女ゲーム転生』というジャンルのものがあった。
加奈絵はそれをいたく気に入って自分でも書いてみたいと考え、参考にしようと乙女ゲームを買ってきた。
『君のとなりで2』と書かれたそれは陥れ系ヒロインと言われたほどあくどい性格の主人公がライバルの悪役令嬢たちに次々とでっち上げた冤罪を吹っ掛けて蹴落としていくもので、乙女ゲームとしては異色のものだったが加奈絵は新鮮で面白いと思ったらしい。
第一王子のジーク、騎士団長子息のフィージャ、神童ローグ、女たらしのアシュレイ、機械人間ユージン、永遠のショタ君ニカ。
何度も何度もプレイして、1ヶ月ほどで全員とハッピーエンドを迎えることができた。
と言っても普通に話を進めるだけで誰とでもハピエンになるから6回で終わったのだけれど。
「いっそこれ、ハーレムエンド、いや逆ハーか、とかあればいいのに」
あくまで小説の参考としてプレイしていただけの加奈絵は「そしたら1回で終わって楽だったのにー」と口を尖らせながら玄関に向かい、小腹を満たすための甘いものを求めてコンビニへ向かう。
そんな中途半端なシーンでいつもこの夢は終わっていた。
しかし私が14歳になったその日は初めて夢の続きを見ることができた。
コンビニの前にある、信号機のない横断歩道。
カーブの出口にあり見通しが悪いことから事故が多い場所で、けれどそのせいで車が滅多に通らない場所にもなっていたから、加奈絵は油断して左右の確認を怠った。
彼女は小道から出て止まることなく横断歩道を渡ろうとして、
ドンッ
猛スピードで走ってきた大型トラックにぶつかって、そのまま死んだようだ。
その夢以降、私はその世界を夢で見ることがなくなった。
それが今から2年前の話である。
夢の中で読んだ小説の知識と加奈絵が死んだ瞬間の夢を見たお陰で、私は自分がかつて読んだ『乙女ゲーム転生』というものをしていること、そして転生した世界が『君のとなりで2』の世界だと知った。
「うっそマジで!?しかもこの顔よく見たらヒロインじゃん!!?黙ってても男が寄って来るなんて!」
前世では男性に碌な思い出を持っていないだけに、イケメンにちやほやされる未来しかないこの世界は私にとってご褒美みたいな世界だった。
それにここなら、ゲームではできなかった逆ハーエンドができるかもしれない。
だってこの世界にはコンティニューもリセットもない代わりに、『YES or NO』を選ばなきゃいけないなんていうルールもないのだから。
「誰か1人なんて選べない!私は皆が大切だから、これからも変わらずに皆と一緒いたい」
断罪イベントのあの日、誰かを選べという攻略者たちにこう言っておけばきっと大丈夫だろう。
なんてったって冤罪にも気がつかない間抜けたちなんだから。
「ふふ、これからは私の時代が始まるんだわー!」
諸手を挙げて快哉を叫ぶ姿に周囲から奇異の目を向けられたが、2年後には王城のバルコニーから彼らを見下ろす立場になるのだと思えば怒りも憤りも感じなかった。
そうして2年間、学園に入学できなければ全てが皮算用でしかないため私は必死に勉強をした。
よくよく考えれば、この世界はゲーム通りに進むのだし、勉強をしなくても入学はできたかもしれない。
けれど『非常に優秀な平民』という設定だし、優秀であればあるほど私の価値は高まるのだから、努力が無駄になることはないはずだ。
入学さえしてしまえばあとはただ学園に通い続けるだけで私の元には6人の将来有望なイケメンが集うのかと思うと。
「ああ、ゾクゾクする…」
最終的にはこの国を意のままに操ることさえできるかもしれないなんて。
最高以外の何物でもない。
「自分が怖いわぁ」と言いながら、私は自分の明るすぎる未来に笑わずにはいられなかった。
なのに、なのになのになのに!!
最後の最後で私は失敗した。
あの女、悪役令嬢ルリアーナの手によって。
そもそもおかしいと思っていたのだ。
攻略対象者とは順調に仲良くなっていったのに、6人の悪役令嬢たちは誰も私に近づいて来なかった。
むしろ私たちに関わってはいけないとでも言うように避け、ルリアーナに至っては自分の方からジークに婚約破棄を打診してきた。
こんなこと、どのルートのシナリオにもなかったことだ。
私の知らないルートなのか、それともバグなのか。
いずれにしろ私には原因がわからなかった。
でも私が彼女たちに虐められていると言えば攻略対象者たちは無条件に信じた。
あんなに賢かったジークも、神童と謳われるほどの頭脳を持つローグも、人間らしい感情を無くしてしまったという設定のユージンさえも疑うこともなく彼女たちへの怒りを露わにした。
だから断罪イベントが行われる卒業のパーティーの1週間前。
6人の男たちは断罪イベントの打ち合わせをしていた。
「君を害する者は何者であろうとも許しはしない。卒業パーティーの場でその罪を裁いてやろう」
5人がジークの言葉に頷き合い、その瞳に怒りの炎を揺らめかせる。
ヒロインである私を虐めた奴らを決して許さないと。
そして全員が同時に6人の中心に座っている私を見ると、
『僕たちはカロンのためならなんでもするよ』
と言って全員が笑みを私に向けた。
しかしそれはときめけるような甘い笑顔ではなかった。
全員が同じような、精巧な仮面でも張り付けたかのような笑み。
何故か誰も私を見ながら私を見ていない気がした。
「……ありがとう、みんな」
突然冷や水を浴びせられたような気になった私は何とか言葉を返したが、妙な不安感が胸に込み上げ、本当にこれでいいのかという迷いが一瞬頭を過った。
でもゲーム通りに進んでいるんだからこれでいいはず、と私は不安を消すように頭を振り、あの日は自信を持って卒業パーティーに臨んだのだ。
だが結果は散々だった。
でっち上げた証拠は全て見破られ、断罪どころか断罪返しをされたのだ。
…もし不安を感じたあの時に考え直していたら、運命は変わったのだろうか。
『ジーク殿下を堕落させ、未来の国母となられるバールディ公爵家令嬢を害そうとしたカロン・フラウを斬首に処す』
初めて入る王城の見覚えのある玉座の前。
壇上の私がいるはずの場所は空白で、悪役令嬢がいるべきはずの場所に跪かされているヒロインの私に、宰相らしき男の声が浴びせられる。
私の2度目の人生の終わりが決定した瞬間だった。
「…私って、何のために生まれ変わったの?」
冷たい石の牢屋で膝を抱えた私は誰にともなく呟く。
ここは私のためのご褒美の世界ではなかったの?
なのに、なんで処刑されなきゃいけないの?
ジークもフィージャもローグもアシュレイもユージンもニカも、皆私の虜になった。
選択肢は1個も間違えなかったはずだ。
じゃあ一体どこで、なにを間違えたというの?
私は鉄格子の嵌められた明り取りの窓から夜空に広がる無数の星を見上げる。
私も死んだら、あの煌きの中の1つになるのだろうか。
それもいいかもしれない。
夜空で瞬くだけなら、辛いことも苦しいこともないはずだ。
1回目は事故で死に、2回目は処刑だという私の2度の人生。
どちらも碌な死に方ではないし、どちらにも未練も心残りも山ほどある。
そんな死を迎えるために、私は2回も生まれたというなら。
「ならもういい。どうせ死ぬしかないなら、もう生まれたくない…」
私は星になろう。
立てた膝の上に腕を組んでその上に頭を乗せる。
そうして視界から何もかも消して、この日私の心はゆっくりと死んだ。
処刑執行日。
流れ出た血が綺麗に洗い流されそうな豪雨の中、私の首は一瞬で落とされた。
まだ動いていた脳の片隅で「ああ、死んだんだ」と私は理解したが、そこにはもう何の感情もない。
『…加奈絵ちゃん、君はまた僕の手を逃れて、手の届かない所へ行ってしまうんだね』
首に落ちる直前、「残念だよ」という男の声を聞いた気がしたが、死んだ私には関係ない。
湧き出てきたような静かで穏やかな闇が私を包み、すぐに私と一緒に溶けて消えた。
読了ありがとうございました。