手羽先、再び
俺とコウモリ女は人間がたどり着くまでまだしばらくの猶予があると判断し、交代で睡眠をとった。
今から一切休まずとも人間程度軽く一掃できるとは思うが、念のためだ。
そして・・・
「そろそろかなぁ」
「だな」
さっきまで寝ていたコウモリ女はぐっと伸びをした。
翼開長6m弱ある巨大な皮膜をいっぱいに広げ、腰を逸らしてストレッチをする。
翼を広げた状態じゃあバランスがとりにくいようなので、俺はコウモリ女の背中を支えてやる。
「ありがとー」
「おう」
ついでに尻にぴょこんと生えた短い尻尾を掴んでやる。
「やん!尻尾ダメ!」
「おお、すまんすまん」
俺は笑ってコウモリ女の肩を揉んだ。
「きもちー。ワニ君上手ー」
「羽がでかいと肩が凝るだろ?」
「うん、ありがと!」
「うむうむ、感謝し給え」
「感謝するー!」
「がっはっはー」
暫くコウモリ女をマッサージしてやる。
その間勿論警戒は怠らない。
「・・大分近いな」
もみもみ
「うーん、じゅる」
もみもみ
「よだれが出るほど気持ちいいか」
もみもみ
「もうサイコーですー」
もみもみ
「それは良かった」
もみもみ
「ふはー、じゅるじゅる・・・ワニ君、耳ふさいでー」
「りょーかい」
俺はコウモリ女から手を放して己の耳をしっかりとふさぐ。
コウモリ女は涎をぬぐいながらのっそりと起き上がると息を吸い込んだ。
「いくよー」
「おけ」
「すー・・・・ッッキゥィイ゛イ゛ア゛ア゛ア゛ア゛アアアアアアアアアオオオオアアアアア!!!!!」
超高音かつ大音量の叫びに大地が震え、木々がざわめく。
この音量からしてここから3㎞^2以内に存在する、聴覚を持つほぼすべての生物は失神しただろうと思われる。
少なくとも、この俺を除いて。
叫びが発せられる瞬間、俺は魔力をコントロールして意図的に鼓膜の震えを抑えたのだ。
きゅぽんと音を立てて耳から指を抜く。
俺も狩りの時は叫んだりするが、それにおいてコウモリ女にはかなわない。
コウモリ女は叫びの音量を微細に調節することで、効果が及ぶ範囲を自在に調節できるのだ。
プロの技である。
「ふー、叫んだ叫んだ」
「よし、見に行ってみよう」
「行ってみよー!」
俺たちは木々をかき分け、人間どもがいるらしきあたりまで進む。
「このへんかなー?」
「もっと先じゃないか?」
「むーん」
どうでもいいが、細い枝や揺れる雑草が肌を刺激して非常にくすぐったい。
やはり森での生活において鱗は最重要アイテム一つと言っても過言ではない。
すねをぽりぽり掻きながら歩いていると、だしぬけに雑な魔力の波動を感知した。
「コウモリ女!」
「へいっ」
波動はコウモリ女めがけてやってくる。
木々を突き抜けて現れたそれは拙い氷魔法の一つだった。
ほっそい青色の光線はまっすぐコウモリ女にぶち当たったかに思えた。
「へい!」
光線はコウモリ女には当たらなかった。
いや、正確に言えば当たりはしたのだが、いっぱいに広げられたコウモリ女の翼の皮膜に光線が触れた途端、鏡が光を反射するかの如くそれは跳ね返された。
弾かれた光線はそのままコウモリ女の反対側に位置する切り株に当たった。
一瞬噴き出す冷気と共に白い煙がほわりと立ち、切り株の表面が薄い氷に覆われる。
「おお、しょぼいな」
「だねー、弾かなくて良かったかも」
コウモリ女が足の爪でカリカリと切り株の表面を擦ると、うすい氷の膜はいとも簡単に剥がれ落ちた。
「ワニ君ー」
「わかってる」
第二波が、今度は俺めがけて飛んできた。
さっきと全く同じ氷の閃光だ。俺は人間体の皮膚の魔法耐久力を測る意味合いを込めて、あえて避けなかった。
「つめたっ」
閃光は俺の脇腹に当たって皮膚を凍らせた。
ふむ、やはり凍るのは表面だけで内臓にはダメージがないようだ。
わき腹をポリポリと掻いて氷を剥がす。
うん、ちょっと肌が赤くなってる。あと痒い。
軽い凍傷みたいなもんか。
「は、はなしがちがう・・・」
おや、人間の声がする。
掠れて、小さくて、今にも消えてしまいそうなおっさんの声。
なるほど、コウモリ女の叫びで失神こそしなかったものの大分ダメージがはいっているようだ。
さっきの氷魔法の威力が弱っちいのも、魔法の発動者が弱っていたからか。
「あ!ワニ君人間がいたよー!」
コウモリ女ははしゃいで声のする方へ向かっていった。
俺もゆっくりと追いかける。
少し行ったところにやや開けたスペースがあり、そこに数人の人間が散らばっていた。
他にも気配がする。
ここからは見えないが、近くにまた別の人間が倒れているだろう。
コウモリ女は散らばった人間のうち、最も身なりのよさそうな男のそばにしゃがんでいた。
そして、何故か服を脱がせている。
その男がどうやら魔法を放った人物らしいが、先ほどの閃光で力を使い果たしたのか、コウモリ女の成すがままだ。
「おいコウモリ女、何やってんだ」
「じゅるり、ぐふふ」
コウモリ女は俺を見るとにやりと笑って涎をすすった。
なるほど、そいつから食べるのか。
にしても意識がある奴から真っ先に食べようとするなんて、悪趣味な奴。
コウモリ女は先に男のズボンを脱がすと、股間をまじまじと眺めた。
「おお、我がエクスカリバー・・・」
コウモリ女は感嘆の声を漏らし、股間に2つの鉤爪を添わせてまさぐった。
何やってんだ、汚ねぇな。
急所をさらけ出した男はうめき声をあげた。
そして、顔を俺のほうに向ける。
「ま、まさか使い魔をよこすとは・・・」
「む、誤解だぞ」
こちらを向いた男は何かに耐えるように顔をゆがめている。
年は30代後半といったところか、ダークブラウンの髪と瞳の精悍な顔立ちをした男だ。
コウモリ女は今度は男の上半身に興味が移ったようで、鉤爪で服を切り裂いている。
「わぁ、大胸筋・・・」
コウモリ女は再び感嘆の声を漏らす。
そして、いつか俺にしたようにペタペタと撫でまわし始めた。
くすぐったいのか、男は逃れるように身をよじったが、コウモリ女が逃さなかった。
男によじ登ってまたがる。
そしてまたペタペタし出した。
バランスをとるように足で男の羽をつかみながら・・
・・・ん?
あれあれ、もしかしてこいつも手羽先人間か?
「おいアンタ、なぜ俺を襲った?」
「・・・」
男は答えない。
そして、コウモリ女に好き勝手されて苦しそうに荒い息を吐きながらも、男は俺を睨む。
「貴様ごとき神獣の一角が・・ネーラに牙をむいて許されると・・あっ、やめ、」
「んー」
コウモリ女は男の上で何やらもぞもぞしだした。
何をしているのか、ここからじゃ翼の陰でよく見えない。
「貴様なんぞ、・・ふっ・・・お、おとなしくネーラの贄に・・あがっ」
「んんーー」
男は最早話す事もままならないようで、必死にコウモリ女を押しのけようとしているが、コウモリ女はびくともしない。
「おじさんかわいー」
「・・っっ!」
男は俺に助けを乞うような視線を向けた。
おい、お前はそれでいいのか。
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