人間の接近
俺とコウモリ女は鹿の縄張りに向かって歩いている。
鹿の縄張りはこの広大なジャングルの西の端にあり、どでかい川に面している地域だ。
俺の縄張りからは非常に離れており、めったに顔を合わせることはない。
いや、めったにどころか永遠に顔を合わせず過ごすことだってできる。
それくらい離れているのだ。
それではなぜ、俺があの鹿野郎と会ったことがあるのかというと、あの鹿が直々に俺の縄張りまで赴いたからだ。
文句を言うためだけに。
「ワニ君、ワニ君」
「なんだ?」
隣を歩くコウモリ女に呼びかけられ、そちらを向く。
「歩き疲れた」
「はぁ?」
コウモリ女が足を止めたので、俺も立ち止まる。
「お前、歩き疲れたって。まだ18日しか歩いてないぞ」
そう、コウモリ女と俺が会ってからまだたったの18日。
それから寝ずにぶっ通しで歩いているものの、俺とコウモリ女の体力ならまだまだ楽勝なはずだ。
俺なら後3か月は不眠不休で歩き続けられる。
それに鹿の縄張りまで5分の1も来ていない。
ああ、人間の歩幅の何と狭きことよ。
「だって私、歩いて移動することなんてほとんどないもーん。飛んでっていいならもっと移動できるよー」
「駄目だ。俺が置き去りになるだろうが」
俺だって二足歩行には慣れないのに。
「ぶー!ワニ君のノロマ!!」
「黙れ」
文句を言いつつもコウモリ女は俺のそばを離れようとしないし、俺もこれ以上邪険に扱うつもりはない。
なんだかんだで、コウモリ女がいてくれて俺は大いに助かっているのだ。
コウモリ女は俺ほどじゃないが、森の魔物たちに恐れられている。
こいつが俺の隣にいてくれることで、俺は移動のさなか1度も低級の魔物どもに襲われずに済んでいるのだ。
この姿では、魔物どもは俺がワニだとは分からないだろう。
俺1人だったら旨そうな人間がいるということで、我先にと魔物が俺に襲い掛かるのは目に見えている。
俺はこの体になっても強さはそれほど変わっていないので魔物どもを軽くいなすことくらい訳ないのだが、そんなことで時間を食いたくない。
俺は早くワニに戻りたいのだ。
「もう歩きたくなーい!いま休まなきゃもう付いてってあげないーい!」
「・・チッ」
仕方ないのでここで一休みすることにする。
適当なところで腰を下ろすと、コウモリ女が俺の股座に潜り込んできた。
股の間にコウモリ女が頭を乗せ、俺の顔を見上げてニィと笑う。
「ふかふかキ〇タマクラー」
「邪魔、どけ」
容赦なくコウモリ女を蹴り飛ばす。
「やーん」
コウモリ女はごろごろ転がっていった。
せっかく休むんならということで、俺は静かに目を閉じる。
暫くして、コウモリ女がのそのそと俺の横に這い寄ってくる気配がした。
「ワニ君、ワニ君」
「・・何?」
俺は薄目を開けて応答した。
「・・気づいてる?」
「・・・ああ」
俺はついさっき、ようやく感知したところだ。
コウモリ女もなかなか鋭敏な感知能力を持っているようだな。
「人間がいっぱーい」
「・・こっちに近づいてきているな」
まだ距離があるが、この調子だと2、3日で俺たちに追いつくだろう。
人間にしては早すぎる移動スピードだ。
なかなか優秀な足を持っているようで。
・・それよりも。
「なぜおれたちの場所が分かるんだろう?」
奴らはかなりのスピードでこちらに近づいている。それも一直線に。
何らかの方法で俺たちを感知しているとしか思えない。
「人間を食べるのは久しぶりだなぁ」
コウモリ女がニタリと牙をむき出しにして微笑んだ。
「お前、人間が好きだっけ?」
「うん、おいしーからねぇ」
人間の味を好む魔物は多い。
獣人という魔物より人間に近い存在であるくせして、こいつもその一人なのだろう。
そこで、ふと疑問がわいた。
「そんな好きなら、なぜあの時すぐに俺を食べようとしなかった?」
「んー?」
わざわざ意識を失っていた俺が起きるのを待つ必要はどこにもないはずだ。
それに、目を覚ました後もなかなか口をつけようとしなかったし。
コウモリ女は上目遣いで俺を見る。
「・・ワニ君イケメンだから、別の方法で食べよーと思って」
「別の方法?なんだそれは?」
「んー・・・」
コウモリ女は何故かもぞもぞしだした。
「ないしょー」
「はぁ?」
「ワニ君は知らなくていいよー。そのままでいてー」
「はぁぁ?」
なんだそれは。
コウモリ女に馬鹿にされているようでムカつくぞ。
俺は考える。
コウモリ女がやりそうで、なおかつ俺に隠したいような恥ずかしいこと・・・
そこではっとひらめいた。
「あ!あれだろお前、ケツから餌が食えるか試そうとしたんだな!」
「あーうん。似たようなもんだしそれでいいよー」
コウモリ女は呆れたように言った。
解せん。
読んでいただきありがとうございます。
続きは今日中に投稿します。