友情の再確認
その前に、俺は改めてコウモリ女に問う。
「おい、コウモリ女」
「んー?」
「お前の目には、俺がどんなふうに映っている?」
「んんーー??」
コウモリ女はぱちぱちと瞬きをして俺を上から下まで眺める。
「んー、イケメンのお兄さん」
「ほう」
「あと、マッチョでー」
「ほう」
「頭の色はきんぴかでー」
「ほう」
「目が青くてー」
「ほう」
「あと、エクスカリバーがおっきい!!」
「ほう?」
最後だけ良く分からなかったが、おおむね俺がどんな容姿をしているのかは分かった。
お兄さんというからには俺の人間体は若い男で、金髪碧眼のマッチョか。
ふむ。
人間体は俺の年齢を正確に反映していないみたいだが、大いに助かったな。
俺の実年齢をそのまま反映したら枯れ木みたいな爺になっていることだろうからな。
不幸中の幸いってとこか。
「お兄さん下の毛も金髪だねー」
「当たり前だ。お前の下の毛も白いだろ」
「むふー♡」
「ブッサイクな顔するな。気持ち悪い」
「ひどーい」
ぶすくれてますます不細工になったコウモリ女を見たら、少し悪戯心が湧きたった。
鼻をつまんで不細工面をますます不細工にしてやる。
「ふごふご」
「ほれほれ」
鼻をつまんだまま指を上に持ち上げ、豚鼻にしてやる。
「ほれほれ」
「んがーーー!!!ばなぜーー」
「がーっはっはっー・・へぶっ?!!!」
鼻をつままれて暴れ狂うコウモリ女の抵抗ははじめ軽くいなしていたものの、不意打ちできた股間への蹴りにさすがの俺も崩れ落ちる。なんという不覚・・・!
ワニの時ブツは体内に収納されているから、股間への配慮がおろそかになっていたのだ。
内臓が体外に露出しているなんて、人間の身体はとんだ欠陥品である。
「あががが・・・」
「フンッ!お兄さんなんかワニ君に食べられちゃえ!!」
「あ、ちょ・・・」
ばさりと、何処かに飛び去ろうとするコウモリ女を必死で呼び止めようとする・・・だが、股間へのダメージが大きすぎて声が出ない。しまった、揶揄いすぎた・・・!
「ま、まて・・・俺がそのワニ君・・・」
「・・・」
俺の声はショックでかすれ、音量はほとんどないに等しいものだったが、超音波すら聞き取るコウモリ女の大きな耳はそんな俺の声でもしっかりキャッチしてくれたようだ。
既に空へ飛び立っていたコウモリ女は空中でくるりと方向転換すると、再び俺のそばに降り立った。
そして、当然のことながら粉塵が舞う。
鼻の粘膜が刺激されて俺はまたもくしゃみを放とうとするが、股間の痛みで引き攣った俺の肺からは微量な空気しか放出されず、結果腹がよじれるような苦しいくしゃみを絞り出すことになった。
「・・・えぐじっ」
「・・・」
俺を見下ろすコウモリ女は打って変わって冷たい表情を浮かべていた。
コウモリ女と俺はそれなりに長い付き合いだが、一度も見たことのない表情。
こいつ、こんな顔もするんだ・・・。
「コウモリ女・・・」
「・・・ワニ君は、ワニだよ」
「当たり前だ・・・ぶふっ」
深刻な顔で当然なことを言うもんだから、不覚にも笑いがこみあげてくる。
コウモリ女はなぜ笑われたのか分かっていないらしく、冷たい表情に拗ねるような色が混ざった。
「お兄さんは人間だよ。だからワニ君じゃないの。わかる?」
「・・・分かる。分かるよコウモリ女。でも俺は、ワニ君だ」
「・・・??・・分かってないよ」
「分かってるって。俺はワニ君だ。今は人間なだけで」
「??・・からかわないで」
「揶揄ってない」
「からかってる!ワニ君は私の友達なの!お兄さんじゃないの!!」
「コウモリ女・・・!」
こいつ、俺を騙る奴が現れたと勘違いして憤ってるのか・・・!
さっきの冷たい表情も、俺の事を大事に思うからこそなんだろう。見直したぞ!
コウモリ女が意外にも友情に熱い奴だと判明し、俺は胸が熱くなった。
両手を広げ、コウモリ女にヒシっと抱き着く。
「コウモリ女!!!」
「やん!」
翼を傷めないよう力加減を調節し、尚且つ力いっぱい抱きしめる。
感極まって俺の身体はブルブルと震え、眼前にあるコウモリ女の首筋に鼻っ面をぐりぐりと押し付ける。ガキの時から変わらない俺の甘え方だ。成長してからは俺がデカすぎて出来なくなってたけどな。
「お、おにーさん??」
コウモリ女の体温が心なしか上がった。
「ワニ君だ!俺はワニ君だよコウモリ女!!」
「え?ワニ君・・・?ほんとに・・・??」
「ほんとだ!!お前の友達のワニ君だ!!」
「ええー・・・じゃあブレス撃てる??」
「ああ!!もちろん撃て・・る、のか?」
「どっちー?」
「・・・」
俺はコウモリ女から顔を離して暫し考え込む。
撃てる、と言いたいところだが、今の俺は人間だ。
正直撃てるかどうかわからん。口も肺も小さいし。
・・・まあいいや、試してみよう。
俺は腹に意識を集中し、全身の魔力を感知、凝縮して捏ね上げる。
魔力の量はワニの時と変わらない気がする。
これなら問題ないか?
「とりあえず撃ってみる」
そう言って顔をあげ、コウモリ女の顔を見る。
・・・あれ、顔色がいつもと違うぞ?
「コウモリ女、顔赤いぞ。大丈夫か?」
「!!!」
コウモリ女は一瞬吃驚した表情になり、すぐに顔を翼で覆ってしまった。
「あかくない!あかくない!」
「ふーん」
そんならいいけど。
「私を見ないで!!あっち!あっち見て!!」
コウモリ女は慌てたようにバサバサすると、翼であらぬ方向を指した。
「??あっちに撃てってことか?」
「そう!はやく撃って!」
「分かった・・・いや、ダメだ」
コウモリ女が指した方向は湿原がある方向だった。
「この方角には湿原がある。俺は湿原を蒸発させたくない」
「ならあっちでいい!!」
コウモリ女はまた別の方向を指した。ふむ、この方角なら問題ない。
「よし、いくぞ・・・」
肺いっぱいに空気を吸い込み、捏ね上げた魔力と混ぜ合わせる。
両者が十分に合わさったところで、俺は前傾姿勢を取った。
少し腰を落とし、準備万端だ・・・!!
発射!!!
「わっ!!」
喉奥から濃縮された魔力が爆ぜ、一気に噴出するいつも通りの手ごたえを感じた。
ただ、いつもと違うのが・・・
「ブベラバッ?!!!!!」
すさまじい勢いで俺の身体は後方に飛ばされ、鼓膜を豪風が擦りぬける。
俺の足は地面を離れ、全身で風を感じる。それを楽しむ間もなく俺の身体は焦土と化した地区を瞬く間に超え、木々の密集したあたりに突っ込んでいった。
木々を何本かへし折り、枝を背中に突き刺し、ひときわ大きな木の幹に体がぶち当たってようやく止まった。
「・・・っ」
い、痛い。めちゃくちゃ痛い。
・・・死ぬかと思った。
「だいじょーぶ??」
コウモリ女が慌てた様子でこちらに飛んでくる。
「・・・だいじょばない」
「だいじょばない?!大変、ワニ君死なないで!!」
おお、俺がワニ君だと信じてくれたようだ。
よかった・・・いや、よくないか。
枝を避け、立ち上がろうとして顔をしかめる。
細い枝の切れ端が何本か背中に突き刺さり、さらには腹のど真ん中を太い枝が貫通しており、俺は身動きが取れなかった。
「コウモリ女・・・俺を起こしてくれ」
「わかった!」
コウモリ女は俺のそばに舞い降りると、視線を俺の腹に止めて顔色を変えた。
「ワニ君、おなか・・・」
「ん?ああ」
腹に枝が刺さってちゃあ起こそうにも起こせないか。
失念していた。
「フンッ」
ボキッ
俺は腹の前まで飛び出た太い枝をへし折った。
そしてコウモリ女のほうに腕を伸ばす。
「さ、起こせ」
「・・・痛くないの?」
「痛いに決まってるだろ。早く起こしてくれ、じゃなきゃ抜けない」
「・・・わかったー」
釈然としない表情でコウモリ女は足で俺の肩を掴み、羽ばたいた。
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