星が瞬くように
消灯の時間になって病院内の電気が全て消えた後、私はベッドをを出た。共用の病室ではあったが幸いにも私しかいなかったため、多少の音を立てても文句を言われる心配は無かった。今夜は晴天。テレビではそんな事を言っていたので、夜空を見るのが少しばかり楽しみであった。しかし、ベランダを出た瞬間に息をのんだ。
「やあ、あなたも星を見に来たのかい?」
出てすぐ左には70代くらいの白髪に白髭のおじいさんが柵によりかかっていた。私が驚いていることを見透かしたように自分の左を指した。私が指の差している方を見るとしきりに穴が空いていた。
「田舎の病院だとこういう所はずっと直さないから困ったもんだよね。」
おじいさんは苦笑いを浮かべた。私が一言相づちすると、おじいさんは口を開いた。
「君は若そうだね。なんで入院しているんだい?」
「乳がんなんです。」
おじいさんは納得したような顔をした。
「やっぱりそうでしたか。さぞ、つらかったでしょうに。」
「いえ、私の場合は本当に早く見つかったので大ごとにはならないだろうと先生が言っていました。」
その言葉にほっとしたのかおじいさんは笑顔を見せ、ベランダの椅子に座った。
「それは良かったです。」
私も星を見るためにもう一つ残っていた椅子に腰をかけた。無音。だただた、夜空一面に星が輝いていた。星を見ようと思って空を見上げたのは何年ぶりくらいだろう。そんな事を頭の中で考えてた。さっきまであんなに喋っていたおじいさんも今はただ星を眺めていた。まるで時計が止まったかのような感覚だった。
「死ぬってなんなんでしょうか?」
私の口からつい出てしまった。おじいさんは顔色を変えることは無かった。亀の甲より年の功。きっと、おじいさんには分かってしまったのだろう。私がつい言葉として出てしまったこと、そして、一度出てしまった言葉が止まらないことも。
「大きな病気になって、初めて『死』ってなんだろうって思ったんです。今まで、何回も葬式に行ってきたのに、それまでは真剣に考えてなかったんだなって痛感しました。死んでしまったら何にも残らない。そんなの悲しすぎませんか?」
私の目からは涙があふれていた。恐怖。病気によって私は前を見ることが嫌になっていた。何にも無いような気がした。
「本当に何も残らないだろうか?」
おじいさんは私の方は見ずに喋り始めた。
「よく『人は肉体的な死と記憶からの死』によって2回死ぬなんていうが、あれは少し分かりづらい。それじゃ、若い者が未来に期待をしなくなってしまう。例えば、あの星。地球に光が届くまで3年はかかるらしいよ。」
指の差した方を見ると、黄色く光っている星がはっきりと見えた。
「まるで人間みたいだとは思いませんか?他人の行動なんで後になってから評価される。それに、仮にもあの星が無くなってしまっても、私たちは3年間ぐらいは光を、星の生きた証を見続ける事が出来る。『死』はその程度の事なのではないのでしょうか?だから、今すべきことは、今を考え、今を生きることではないのでしょうか?」
おじいさんが喋り終えると最初にあったときと同じような苦笑いを浮かべた。
「こんな回答で参考になったかな?」
「はい、ありがとうございます。気が楽になりました。」
「それは良かった。わしもあなたのおかげでまた寿命が延びましたよ。」
そう言って、おじいさんは席を立った。
「老人にはもう遅いから寝ますね。お休みなさい。」
「おやすみなさい。」
私はおじいさんが部屋に戻った後も、しばらく星を眺めていた。
翌朝、のどが渇いたので飲み物を買うついでにおじいさんの部屋の前を通った。しかし、そこにはネームプレートが一つも無かった。担当してもらっていた看護師の人に昨晩の事について話してみると、昔、白州さんというおじいさんが入院していたらしい。白州さんは星が大好きだったらしく、消灯後には良くベランダにでて、看護師さん達に怒られていたらしい。そして、最期は満点の星空のなか、ベランダで心不全になっているのを発見されたらしいが、その時の顔は微笑んでいたらしい。星の瞬き。それよりも強く、そして人一倍輝いていたからこそ、昨晩は私の前に出てきてくれたのかも知れない。星が瞬くように己も輝けと。