名もない惑星
瞼を閉じると其処には無数の未来線が視える。
最善から最悪まで細かい未来達が青年の脳裏を駆け巡った。
瞬きするその一瞬で正しい未来の選択をする。
「最善は...此れかな」
目を開ける。眼前には酷く荒らされた故郷が広がっており既に腐敗が始まった死体が転げ落ちている。
鈍く赤い光を放つ月は青年の瞳には血のように見えた。
温かい太陽を見たのは何百年前だっただろうか。
もうこの惑星には清らかな光は灯らない。清々しい朝など来やしない。
星なんて物体はもう何百年か前に光を失い、朽ち果て消えたあとであり闇に包まれた夜を照らすのは赤い月しか無くなっていた。
青年は歩き出す。羽織った白い上着が乾いた風に吹かれて揺れる。
___この世界は残酷だ。
そう思い始めたのは何千年前の話だったけ。
少し昔話をしようか。青年は誰に途もなくそう呟いて歩む足を止めずにポツリポツリと語り出す。
地面に刻まれる青年の足跡がとても儚く見えたのはまた別の御話。
時は遡り数千年前。
名もない惑星が其処にあった。桜色の綺麗な惑星で兎に角確かに存在して居て。
地球と同じ様に美しい球形をしていたその惑星には人類が生息していたのだった。
否、正確に言えば人類も、だ。
惑星には人類の他にも境界を越えた種族が生息していた。
動物も化物も妖怪も妖精も神でさえも其の惑星を愛していたのだ。
「雄太~っ!!」
雄太。
其が青年の名である。
雄太はこの惑星で生まれ育った人間と妖精の狭間に出来た子だ。
違う種族同士の狭間に子が生まれるのは珍しい話ではない。
妖精の血を継いだ雄太は生まれつき未来視の能力を持っていた。
最善から最悪まで視えてしまうその能力は雄太にとっては厄介で仕方がなかった。
「雄太ってば聞いてんの!?」
雄太の名を呼ぶのは双子の弟の准。
准もまた未来視の能力を持って生まれた。
だが雄太とは違い、眼前の存在の未来しか見えないと言う条件がある。
「はいはい聞いてるってば、准」
「嘘つけ、顔に嘘って書いてあるぞ」
「んなわけないだろ」
二人は顔を見合わせる。
暫しの沈黙。
沈黙を破ったのは二人の高らかな笑い声だった。
雄太はこの何気ない時間が何よりも大切だ。
このまま時が止まればいいと思うほど楽しい時間だった。
が。
この幸せが永く続かないことを雄太は知っていた。
数日前から視えはじめたこの惑星が終わる景色。
最初はうっすらとしか視えていなかったが日が変わるにつれて鮮明なものへと変わっていった。
...准は気付いているのだろうか
ちら、と彼を見るが准の翡翠色した無垢な瞳には絶望は映ってないように思えた。
思わず苦笑を漏らす。
「兄ちゃんが守んないとな」
ポツリと溢れたその言葉は己の心に決心を付けさせるには充分だった。
守ってやろうじゃないか、この美しい惑星を。
ただ変えようのない運命も有るのだということを未々幼い雄太には分かる術も無かった。