血濡れ鬼に遭い、戦慄す
暗闇で微睡み、気持ちの良い倦怠感にすべてを委ねる、それが佐切一騎の睡眠流儀であった。これは異世界へ召喚された後でも変わらなかったし、変えるつもりも毛頭なかった。これが一番気持ちの良い寝方だと自負しているし、実際そうなのである。
しかし、今一騎が感じているそれは異世界で慣れ親しんだ中途半端な寝心地ではなく、温かい何かに包み込まれるような昇天かくやとも思えるものだった。
そこまで無駄な思考を倦怠感を感じながら考えていると、気づいた。いや、思い出した。
これは______
「羽毛だああああああ!」
一気に目が覚めた。
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この4年間一度も味わっていなかった羽毛にしばし心を乱されていたが、落ち着きを取り戻す。
今いる空間を見渡すと、そこは見慣れていたはずの自分の部屋なのである。
「やっと、帰ってこれたんだ。やっと、やっとっ!」
万感の思いが口をつく。そして気づく、帰ってきてまず先に自分にはやるべきことがあることを、
長い間会えていなかった、何度も会えなくて寂しいと思った、いるのが当たり前だと思っていた存在____
「アニメ、見るぞーーーーーー!」
最愛の嫁たちに会うことだった。
「よーし、そうと決まればTVだ、TV!」
そういいながら部屋を抜け出て、独特な音を出す床を軽快に踏みながらTVのあるリビングへと向かう。
一騎の部屋は2階にあり、リビングは1階にある。TVを見るためには必然的に階段を下りなければならない。
階段へのコーナリングへと差し掛かったところで、
「っ!?」
黒い人影がいきなり、にゅっ、と現れたのである。
いきなり現れた黒い人影を警戒し、しばしの間お互い睨み合っていると、ふと気づく。
「・・・・母さん?」
アニメのことでいっぱいだったが、まあ確かに母にも会えてなかったことに、今更ながら気づく。
久しぶりに会った母に感動を覚えていたところで、やっと母___澄子が重い口を開いた。
「・・・一騎、こんな時間になにをやっているの」
少しの微笑と確かな怒りと共に。ていうか後ろに血濡れ鬼が見えた。
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深夜に元の世界へ帰還。羽毛の素晴らしさに発狂。一応落ち着いたがやっと嫁たちに会える、と再び発狂。結果、深夜に騒いだ挙句ドタバタ走り回る。そのあとは、あのブラッディオー、ごふんごふん、母さんに説教された。
一人、暗い自分の部屋で状況を整理する。澄子に説教された後なので若干涙目である。
母の前ではあの魔王にも果敢に挑んだ勇者も形無しである。
「はあ、マジ怖かったな。あんなおびえたのなんて、あっちの世界に行った直後にあったファイアドラゴン以来だな」
ドラゴンは存在が人間の上位種であり、ファイアドラゴンは竜種の中でも高い攻撃力と凶暴な性格で恐れられており、勇者とはいえレベル1で相手をするには、荷が重すぎたのである。
まあ今となっては、でこピン一発で消滅させられるけどな、と苦笑する。
「まあ、とりあえずちゃんと戻ってこれてよかった。あの神様のことだからなんかしてくると思って覚悟してたのに」
気構えてたのに、と今は遠くにいる女神さまに謎の文句をたれる。
「はあ、まあ今日はとりあえず寝るとするか。さっきまで興奮してたせいかアドレナリンが出てたみたいだけど、そういや俺、魔王倒した後にすぐ神様んとこいって帰されたんだっけ」
体感的には万の軍+魔王と戦った後なのですごく疲れている。体はともかく精神が。
ベッドに横たわり、睡眠の準備に入る。そこで思い出す。
(そういやあいつ最後キスしてきたな)
今更になって思いだし顔を赤くする。ちなみに正真正銘のファーストキスであった。
(まあ、もういい。気にしててもしょうがない、あの神様がすることに)
いろいろ考えても分からないため考えないことにした。
そしてだんだんと暗闇と気持ちの良い倦怠感に意識を委ねるのであった。
そして、後に一騎は彼女が言った言葉の中に不穏な単語があったのを一騎は思い出せないでいた。