魔王を倒し帰還す
荒れ果てた大地。
多くの異形の屍が倒れ伏している。
立っているのはただ一人、英雄の姿であった。
「終わったか.....。やっと、....これで、帰れる、のか」
男___佐切一騎は疲れた声色で安堵の溜息を吐く。
「やっと、このくそったれな世界からおさらばだー!」
先ほどまでの疲れはどこへ行ったのか、一転歓喜の雄たけびを上げる。
感動のあまり足ががくがくと震えてその場で座り込み、勢いのまま寝転がる。長い間ずっと待ち望んだ結末にたどり着き、これまでのたたかいの激しさに苦笑いする。
「もう4年か、俺がこの世界に来て......」
そう。長かったような、短かったような、終わってみれば感慨深いものがある
「最初は何が何だかわからなくて、あいつらに迷惑かけちまったしな」
最初は何もかもが初めてで、今では俺の方が強いが仲間には苦労を掛けたと思う。
「修行だって辛かった。何度もやめたくなった」
剣をふるい、槍を突き、槌をたたきつけ、魔法を詠唱する。他にもいろいろなことをした。
「でも、ここまで頑張った。元の世界に戻るために」
そうだ。元の世界に戻りたかった。それだけを支えにして頑張ってきた。
「魔物だって万は軽く超えるほど倒した、挙句の果てには魔王だって倒した」
頑張った、頑張ったのである。そんな俺に褒美をくれてもいいじゃないか。
「なあ、神様。俺はやったぞ。魔王を倒した、倒したんだ。だから_____」
全てはこの時のため。この瞬間のため。
「約束通り_____」
これを願うためだけの苦労だった。その願いが今____
「俺を元の世界に戻せ!」
叶うのであった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そこには確かに絶世の美女がいた。豊満な体つきで出るとこは出ていて引っ込むところは引っ込んでいる。服装はまるで天女のようで、よくわからない空間の中で佇む姿はまるで絵画を切り取ったようだった。
「佐切一騎、ご苦労でした。あなたのおかげで世界は正しいバランスをとりもどすことができました。感謝します。それでは契約によりあなたの願いをかなえましょう」
女は容姿にあったよく通る美声でそういった。
「・・・・・・・・・・・。」
「どうしましたか?黙りこくって、お腹でも痛いんですか」
一騎が黙り込んでることを訝しんだのか、きょとんとした顔で聞いてきた。
「・・・ちげーよ。ただちょっと最初にここ連れてこられて変な契約させられて、挙句の果てには魔王を討伐するまで元の世界には帰れませんとか知って、ちょーとふざけてんじゃないのかなって思っただけ」
「そうですか。ならば問題ありませんね。では話を続けます」
「いや待てよ神様!問題おおありだったろうが、何聞いてたんだ!こっちは怒ってるの、あんだーすたん?」
さらりと流そうとする女__改め神様にそうはさせるかと赤い顔で突っかかる一騎。
しかし、
「何をそんな怒っているのです?カルシウムが足りてないんじゃないですか?」
「な、ん、で、あんたはちょくちょく的外れなこと言うんだよ!」
神様には一騎の怒りの種が分からないらしい。
「まあ、もういいや。とりあえず俺を元の世界へ戻してくれ。それが俺の願いだ」
何を言っても一騎がどうして怒っているのかわかってもらえないことが分かったので、一騎は話を先へ進めようとする。すると、女神の表情が変わり、少しばかり落ち込んだ雰囲気になる。
「・・・・・やはり元の世界へ帰りたいのですか?」
「ああ、帰りたい。すごく帰りたい、すぐにでも帰りたい。だから早く帰してくれ」
「し、しかし考え直しませんか。あそこはあなたのいるべき居場所ではない」
恐る恐る聞いた問いに食い気味に即答され、少々たじろぎながら、それでも食い下がる女神。
そんな女神の追及に対して、
「俺のいる場所は俺が決める。誰にも決めさせねえ!」
そんな強い主張で拒絶する。
「それに、どうしてあんたは俺をこの世界に留まらせようとする?」
「そ、それは!あなたのことを思ってのことです!あんな惨めな思いをするような場所などあなたには相応しくない!この世界ではあなたは最強です、私すらも超えている。ですが、あっちの世界へ戻ったらあなたは力を失ってしまうのですよ!」
世界間の移動ではこちらの世界で得た能力などは引き継げない。
そう彼女はこっちの世界へ来たばかりの一騎に言った。
しかし、そんなことも元の世界へ戻りたい一心の一騎には関係のないことだった。
「知っているし、そんなことはどうでもいい。俺はとにかく帰りたいんだ。確かに俺はあっちの世界では惨めだったし、情けなかった。それでも家で寝ていることがなによりの幸せだったしアニメやラノベを見ているときが最高に至福の時間だった。そんなちっぽけなことって思うかもしれないが、俺にとっては大事になことなんだ」
一騎がこの異世界に来て4年間ずっと思っていたことだった。
「確かに100%帰りたいって思いで戦ったわけじゃない。魔王は倒さなければいけない相手だったし、仲間達のことだって心残りだ。でも、それでも、やっぱり、帰りたいものは帰りたいんだよ」
そんな一騎の頑として譲らぬ思いを聞いて、女神は肩を落とした。
「そう、ですか。わかりました。納得はできませんが、あなたがそうしたいというのならばもう何も言いません」
そう言うと彼女は俺の手を握り自分の方へ近づけていく。
そして、しばらくすると白い光が一騎を包み込んでいき、
「ですが、あなたは惨めな思いをして生きる、そんな器などでは断じてありません。それだけは覚えていてください」
女神はもうかなり眩しくなってきた一騎の体を引き寄せ、
「では、しばしの別れです」
すっ、と唇を重ねてきた。
「っ!?な、な、いきなりなに__」
___するんだ、と続けようとしたところで一騎を包む白い光の輝きは臨界へ突破し意識を白く塗りつぶしていったのだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
だんだんと光が収まり、その空間には女神一人となった。そして、しばしの間行為の後の余韻に浸ったのち、
「認めませんよ、私を救ったあなたが、不幸を甘んじて受け入れるなんて」
顔を紅潮させながら一人の空間で麗しの女神は静かに呟いたのだった。