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幼き歳月〜悪役令嬢・セイラの水遊び〜

この物語の後継作品にあたる「ヒロインはゲームの開始を回避したい」の書籍化を記念して書いてみたSSです、皆さま本年もよろしくお願いします。



バシャンッ……!


派手な水飛沫と共に噴水の中に身を躍らせたーーもとい、突き落とされたのは黒髪の、まだ子供といって良い少女。突き落としたのは少女より四〜五才年上だろう少女数名。皆派手派手しいドレスで着飾っているが少女を嘲笑う表情は醜く歪んでいる。

「ふふ、いい気味」

「真っ黒な髪が濡れて張り付いて気持ち悪いこと!まるでカラスの行水ね」

「フォレスタ様のいう通りですわ」

「その薄汚い姿を二度とみせないでいただきたいものですわ、皆さん参りましょう」

令嬢たちがその場を去ると水の中に立ちすくんでいた少女は無言で縁に手をかけ水から上がると無詠唱魔法で着ていた服ごと自身の身を乾かす。

「ーーったく、身体だけ育っても中身ガキかよ」

そう悪態をついて、黒髪の少女セイラは歩き出したーー先程の令嬢モドキとは逆の方向に。彼女はこの庭園に詳しい。彼女らと別のルートで目的地に向かうのだろう。




「………」

一部始終を見届け助けなければと風魔法を詠唱し始め構えていたのに無詠唱でさっさと乾かして去っていったセイラにとことん感心すると共に

「あの連中、無事で済むかな……」

と呟いた。

去り際にセイラが囁いたひと言が耳に届いていたからだ、

「他人に酷い事したらーーやり返されるのが普通、なんですからね?」

と。




その日の夜、黙って先に帰ってしまった妹に

「セイラ!今日の茶会何故顔を出さなかった?!お前の席もちゃんと用意されてたのに黙って帰るなどー…」

城でちょっとした騒ぎになった為頭ごなしに注意してしまったリュートは果たして妹の冷たい目線に速攻で後悔して口を噤む。

「……気付かない方が悪いんですわ」

何か、あったのだ。

そのひと言で察し、

「……そうだな、悪かった」

と返したリュートはすぐさまレオンに向けて〝伝魔法〟を送った。

「セイラが怒っている」

と。これに対し、レオンからもすぐに

「わかった」

とひと言だけ帰って来た。


その後、城では水に関するアクシデントが相次いだ。

高位の侍女達がお茶や水差しを運んでいると突然転んで水を頭から被ったりそれを近くを歩いていた令嬢がたまたま被ってしまったりーー、である。




例えば とあるお茶会で突然突風が吹き令嬢の目の前のカップが倒れてドレスを濡らした。

「前々からオーダーしていた人気デザイナーのドレスが漸く届きましたの」

と自慢していた令嬢は真っ青になったが王城での茶会の最中に風の悪戯でドレスが濡れたからといって激昂するわけにもいかず、必死に顔を引きつらせながらよろよろとその場を後にした。余談だが高い生地をふんだんに使ったそのドレスは紅茶の染みが落ちず、処分するしかなかったらしい。


また別の日には王城の庭園が見頃なので花を愛でる略式の園遊会が開かれていたが、突如花に水を供給している管が破裂したまたま近くを歩いていた令嬢が頭のてっぺんから爪先までずぶ濡れになった。水は勢いよく顔に向かって直撃した為厚化粧が崩れそれは無残な姿だった。最初呆気にとられ、続けて同情の視線を送った周囲だったが化粧が剥がれた令嬢の顔が道化のようでクスクスと笑いがもれた。濡れた事よりこの事にショックを受けた令嬢は二度と庭園に近寄らなくなった。


極めつけは晴れた日にバルコニーで開かれた茶会である令嬢の手にしたカップだけにポツリ、と一滴の雨が降った。「?」と不思議に思い空を見上げるが空は一点の曇りもなく晴れている。「お天気雨かしら?」言いつつカップの取り替えを命じすぐに新しく用意されたカップが置かれるが今度は手にする前にポタン、と雫が落ちて来た。

「あの…、上の階で何かーー水撒きでもなさっておられるのでしょうか?」

「まさか。君はこの席で私がそんな真似をするとでも?」

「い、いえ、、ですがーー」

「雨の降り始めにはよくある事だ。ーーこれから崩れるかもしれないな、今日はお開きにするか」

それを聞いて周りの令嬢が色めきたった。

「まぁ…っ!まだ始まったばかりでしてよ!」

「そうですわレオンハルト殿下!こんなに良いお天気なのに雨など降る筈がございませんっ!」

始まったばかりでまだレオンとろくに会話出来ていない令嬢たちは真っ先にレオンと言葉を交わしながら“お開き”の元凶となった令嬢を睨みつける。

「わ、私そんなつもりでは……!」

レオンを巡るライバルではあるが(セイラを排除するという共通の目的に関しては)仲良しの令嬢たちに責められ

「申し訳ありません、私の気のせいのようですわ、どうか皆様お話をお続けになってーー冷めてしまったのでお茶を変えてもらえるかしら?今度はミルクティーがいいわ。」

そう指示し別の令嬢の話に相槌をうっているとやがて良い香りのミルクティーが運ばれてきて目の前に置かれる。ほっとしてミルクティーに手をのばすとーー

ボチャン!

今度はもっと大きな水滴、でなく泥水が手元のカップに落ちた。ミルクティーが茶色に染まり、持つ手もその飛沫を受けて茶に染まる。あり得ない事象にカップを持つ手がわなわなと震える。

周囲は気味悪そうにヒソヒソと言葉を交わす。

「……呪詛か何か受けておいでなのかしら?」

「まぁそんなーー…」

同情しているようにみせかけてはいるが嘲笑が含まれている。今まで嘲笑する事はあってもされたことはない令嬢は

「あ、わ私失礼しますわっ!」

怒りで頬を朱に染め席を立ち去ろうとしてーー建物に入る寸前、令嬢の上だけに小雨が降った。それも黒いーー薄墨の雨が。令嬢は頭から薄墨色に染まった、全体的に。一瞬何が起こったかわからなかった令嬢は自身の濡れた顔を拭った手が黒い水に濡れているのを目にし、次いで自分の首から下に目をやり、、、次の瞬間、絶叫した。




絶叫した後引きつけを起こして件の令嬢がその場に倒れたのを遠目に確認しロッドハルトは苦笑する。

「……怖いなぁ」

彼はセイラが噴水に突き落とされるのを目撃し、助けなければと思いながらも城内に潜入した暗殺者を退けた彼女がどんな風に対処するのか興味を引かれたのでやらかした令嬢たちが登城する度それとなく見張っていたのだが見ているとそのやり返しのなんと清々しく容赦のない事か。

しかも水に突き落としたのだから同じ気分を味わえ とばかりにこれでもかと“水”攻めをかましつつ決して怪我はさせないセイラのやり口にいけないと思いつつ爆笑してしまった。

本当に、彼女はびっくり箱だ。

ロッドハルトは目を細めて自分よりさらに遠くーーーそんな所から対象が視認できるのか というくらい遠い場所から諸々の事を行なっている黒髪の少女に目をやった。

その目には隠しきれない愛おしさが宿っていた。




そうして、ここにもそれに気付いていた男が二人。

「水で、何かあったのだろうな」

「“やらかした”の間違いだろ」

「違いない。ーー学習能力のない連中だ」

レオンは険しい視線を浮かべつつ姿を見せずにあれだけの“仕返し”を鮮やかにやってのけた十歳の少女の姿を思い浮かべ笑顔になる。

そんな既に恋する男の顔をしてみせるレオンに苦笑しながら

「今回は、親父に報告するまでもないか……」

リュートは呟く。

連中も、暫く再起不能だろうーー尤も、セイラに(それも単独で)仕返しされたとは思いもしてないだろうからまた復活してきた時には注意が必要だーーが、それよりも。

「アイツの機嫌、直ったかな……?」

五才下の妹の怒りに満ちた顔を思い出しながらリュートはご散る。

「全く、断罪の女神(セイラ)を無駄に起こしやがって……」

セイラは実際は害意などないのに素直になれず突っかかってくるだけの相手に仕返しなどしない。

だが、本気で悪意しか感じない相手には容赦なくやり返すのだーーかなり本気で。


〝やられた事はきっちり返す、その場でなくとも良い、ただしきっちりと、また起き上がって向かってきたら面倒だから。〟

これがローズ家の教えである。


「しかし、傑作だったな」

着飾る事しか興味のない連中の、惨めに濡れた顔を思い出しレオンは笑う。

「まぁな」

徹底的にやるが、怪我や致命傷を与えたりはしない。あくまで、恥をかかせるだけ。

それがわかっているから、リュートもレオンも止めない。


こうして未来の王妃は、容赦なく敵認定した相手を屠る術を身につけながら、すくすくと育っていった。



なんだかんだ言って誰も止めない(^^;;

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