ルキフェル・トラメキア
彼もside候補でしたので書いてみました!ムーンライトノベルス内「ヒロインはゲームの開始を回避したい」と同期更新となっています、どちらもよろしくお願いします。
ーーーさっさと拐ってしまっていればよかったものを。
すっかりさま変わりしてしまった自国の風景を前に、ルキフェル・トラメキアは思う。
ーーーそうすれば、ここまでトラメキアが後れを取る事など、なかっただろうに。
ルキフェルはトラメキアの皇太子だ。生まれながらに魔力が強く、育つにつれ剣技も知力も研ぎ澄まされ実力主義のトラメキアにおいて当たり前のように皇太子の座についた。当人もそれを当たり前に受けまた彼の周囲にその傲慢さを諫められるような人材はいなかった。
無理も無い。当時ドラゴンの脅威に常に晒されていた国々は皆トラメキアの顔色を窺い、媚び諂うのが当たり前だった。身分がなくともドラゴンマスターというだけで、ドラゴンライダーというだけでも特別な存在。当人にその力がなくともライダーの友人がいるだけで、果てはトラメキアの民であるというだけでーー、他国では特別扱いを受けたりしておりそれが当たり前になっていた。
国そのものが傲慢だったのだ。
そしてそれを統べる皇室はさらに傲慢だった。
ルキフェル・トラメキアが異常なわけでなく、それが普通だったのだ。
あの日までは。
ルキフェル・トラメキアがレジュール王国に留学したのは気まぐれと一つの思惑からだった。
列強と呼ばれるトラメキアにおいて今ひとつ御しきれない国、それがレジュールだった。
ドラゴンマスターの多いトラメキアに対してへり下るでなく対抗するでなく、対等を貫くそれも気に入らなかった。
だが、魔法使いの数と質でトラメキアが圧倒的に劣っているのもまた事実だった。トラメキアの民はドラゴンに近い分怪我も多い。医師は多くいるが魔法で手っ取り早く治癒できれば復帰も早い。治癒魔法に長けた魔法使いを幾人か連れ帰り、ついでに可愛いがってやれそうな娘がいたら後宮にと。
交流のための留学などあくまで口実。
目的を達成したら直ぐにでも国を去るつもりでいたので夏休みの終わり頃レジュール入りし軽く下調べと交流を行った後魔法学園には夏休み明けという半端な時期に編入した。
魔法学園での生活は はっきりいって退屈だった。
平民や下層貴族、裕福な商人の子らもいるが半数を占めるのは高位貴族。彼等が幅をきかせ下位の者を見下した振る舞いをすると生徒会が正に入る。生徒会長は真面目で人柄も良く公正な人物だった。
が、所詮はお坊ちゃんだ。やらかす貴族にしろ、それを諌める貴族にしろー…甘い。
虐げるにしろ裁くにしろもっと徹底的にやったらどうだ。
そんな甘いことしてるから奴等は改心しないのだ。国最高峰の機関といえど所詮は箱庭、お坊ちゃんのお遊びだ。令嬢達もガキばかりで色気がなくまるで食指が動かない。
実力主義のトラメキアの皇子はそう評価をくだしせめて市井に使える魔法使いはいないか学外に目を向けた。
市井にもそこそこ使える治癒魔法使いはいたがやはり能力が高い者は皆国や貴族と契約しておりルキフェルは舌打ちした。
やがて学年が上がりこの学園の王子と財務大臣の娘が入学してきた。王子の方は予想通りの坊ちゃんだった。ルキフェルは直ぐに興味を失った。
そして、セイラに対しては
ーーあれがあの曲者大臣の娘か。
この国にきた時、王族や主な官僚達と挨拶がてら言葉を交わしたルキフェルはこの国の財務大臣であり国王の叔父にあたるローズ伯が一番の曲者であると判断しておりその娘を見ておきたかったのもあるがまだ小娘であるにも関わらず全てが洗練されている所作に驚きはした。
凛と佇む姿は荒野でも一輪だけ咲く花を連想させたしなかなか美しい。金色が多いこの国で父親に似た黒髪は目立つし実際、彼女は目立っていた。
そして、この娘は入学してすぐに偉そうな連中をぶった切った。
いわゆる特権階級をふりかざす坊ちゃんに「貴方がルールなのですか?」と。
「ほう……?」
瞬間興味を持ったものの彼女はその後すぐ生徒会入りしてしまい、品のよい坊ちゃんとご令嬢に囲まれお手本のような学園生活を送りだしたのでつまらないと思った。
魔力も強いし頭も行動力もある。
だがそれだけだ。
どうしても惹きつけられるという魅力があるわけではない。
それがルキフェルのセイラへの評価だった。
だが、王太后のお気に入りで王子達の従兄妹、国王夫妻の姪であり、あの厄介な大臣の娘。血筋としては申し分ない。
腰が細すぎるがもう少し肉をつけさせて成長すれば強い子供を生んでくれそうだしあの立ち回りの得手加減からして後宮の女たちをとりまとめる役も上手くこなすだろう。
声を、かけてみるか。
あの王子が入学してくるまで自分がこの学園で一番注目されている自覚があるだけにルキフェルは自分が甘い言葉を囁やけば直ぐに落ちてくるだろうと疑っていなかった。
だがセイラはルキフェルにその時型通りの挨拶を返したでけでなくその後も一切ルキフェルに興味を示さなかった。
学内ですれ違っても、至近距離で言葉を交わす機会があってもーーールキフェルとの会話になんら意味を見出せなかったらしくルキフェル自身まるで道端の石ころ扱いされているようで著しく矜持を傷付けられたがそんな態度をおくびにも出さず。
ーーー生意気な。
もう少し愛想のある態度の一つも見せれば可愛いがってやろうものを。
そう心中でごちて以降はセイラに近付かず、度々学内の特権派と中立派の争いを捌くセイラを遠目に見てはご苦労なことだと口の端を歪めた。
己自身、この感情の正体に気付くこともないままあの祝祭の日を迎えた。
なんだあれは。
真っ先に思ったのはそれだった。オレが話しかけても、すれ違っても欠けらも興味を示さないあの娘が、第二王子の隣で年頃の娘らしく頬を染めている。はにかんで微笑んでいるではないか。
無性に腹が立った。
まだ内々のみにあかされた婚約。
正式な発表は今から。
ならば、掠め取ってやる。
そう思って国王に話を持ち掛ければあっさり諾と帰ってきた。
やはり、トラメキアはこの国に於いても特別なのだ。
見ていろ。
そう思ったのに見合いの場の筈の夜会では鮮やかに逃げられならば と秘密裏に進めていた各国との共謀を早めてけしかけてやった。
これで降参してあの娘を差し出して我が国に助けを求めるしかなくなる筈だ。
なのに、齎されたのは惨敗と自国の王城の壊滅。聖竜の加護を持った娘は容赦なく差配を振るい父は彼女に膝を付き赦しを乞うた。
我が国の栄光は地に落ち今回共謀した国以外の国が結束し我が国は連合から爪弾きにされた。
何とか浮上する為に招待されてもいない二人の結婚式に祝いの言葉と詫びを告げに父と共に乗り込んだ。
祝いの席ゆえ手をかけられはしなかったが王太子はじめ周囲からは殺意にも似た視線をひしひしと感じた。
だが、それより突き刺さったのはセイラ・ローズいや今やセイラ・レイディ・レジュールと呼ぶべきかーーの、華やかだが圧倒するオーラだ。
学園で見かけた時の比ではない。
まだあどけなさの残る少女なのに、小柄な娘であるのに。
見下ろされてる気がした。
はるかてっぺんの高みから。
俺は。
何故。
もっと早くに気付かなかった?
これほど竜の気を持っている娘に、
聖竜の加護を抑えていただけで圧倒的な力を有する存在に?
俺はドラゴン帝国の皇子なのに。
もっと早くに気付いていれば。
忌々しいレオンハルトが帰国する前にとっとと自国に攫ってしまったものを。
欲しい。
この娘が。
矜持の高さ故に己自身の気持ちの正体に気付かないまま、彼がそれを思い知るのは我が子がやがてセイラの子と出逢ってからの事となる。
時系列的にトラメキアがドラゴンをけしかけるまでセイラが覚醒してなかっただけで、むしろ自分で自分の首をしめたというか覚醒を促したようなものなんですが彼にはこう映っていました。




