side ロッドハルト
戸惑う表情には、幼さを残しながらも淑女を感じずにおれない理知的な光が宿る。
もう、子供ではない。
勇敢で無鉄砲な子供は消え、正義感が強く凛とした少女へ成長し、艶やかに花開いた。
レオンの、為に。
この真っ直ぐな瞳も、華奢ながら豊かな膨らみを帯びた身体も、全てレオンのもの。
もう2人はひとつ屋根の下で暮らしている。
大いなる誤解だったが。
ー あの格子は国を守る障壁の長年の研究成果だった。これだけ強力ならまず強力な魔法使いでも1人や2人では破壊も解除も不可能。
事実、レオンにも破壊も干渉も不可能で、少しだけ溜飲が下がる想いだった。
そして思った。
目の前でレオンからセイラを奪ったなら。
その時、
何があっても諦めないその瞳は、どんな色に染まるんだろうかと。
そんな仄暗い感情はリュートとセイラに(物理的に)吹っ飛ばされてしまったけれど。
あの後、僕の愛しい少女はドラゴンの群れを殲滅し、黒幕をやっつけ、ついでに父である国王もやっつけた。
その時、セイラが言ったひとことが事のほか胸を抉った。
トラメキアの皇帝に彼女は言ったのだ。前皇帝が攫った花嫁、既にその皇帝も彼女も亡くなっている が ーー彼女の亡骸(勿論トラメキアの側妃の1人として葬られている)を、彼の国に帰し謝罪せよ、と。
「どんな大国の皇帝でも、そこにどんな理由があったとしても。愛する人と結ばれる筈の女性を、目の前で攫っていい筈がありません。可及的かつ速やかにその時の装身具等と共に彼女を故郷に帰し、彼の国に謝罪して下さい。当の本人がいないのなら、その息子であるあなたが、現在皇帝であるあなたが!大事な結婚式をぶち壊してしまって済まなかったと、愛する人を奪って申し訳なかったと!ただその場面を目の当たりにして嘆くしか出来なかった方々に許しを請いなさい!今私にやったように!よろしいですわねっ?」
有無を言わさぬ迫力のセイラにトラメキア皇帝は はは、直ちに。と平伏して実行した。
これは刺さった。
何より 彼女が1番怒っているのは目の前のトラメキア皇帝本人より自分とレオンとを引き裂こうとした僕と父である国王である事を思い知らされたからだ。
レオンの目の前で同じ事をしようとした僕と、
2度に渡ってあっさりトラメキアにセイラを引き渡そうとした国王。
その2人には一暼もくれず、セイラは皇帝を刺し続ける。
「それが済んだなら速やかに知らせを寄越して下さいませ。嘘や誤魔化しは許しませんー…私はドラゴンを通していつも見ていますわよ?あなたがたが何を何度企もうと、何度でも私が潰します」
言われた皇帝は本当にブリザードを浴びてるかのようにブルブル震えて真っ青だった。
父もまた然り。
そうして
属国となれば許してもらえるのか。
という皇帝の問いには(ちょっと誇らし気に頰を紅潮させた国王には目もくれず)否、と答えた。
属国というのは、ただ富を増やすものではありません。その国の民全てに責任を持つという事です。例えば今回の件に関わった国全てが属国になって、その国になんらかの危機が訪れた時、国王陛下は全てを救う事が出来ますか?
ーー自分の肩に背負いきれないものなど、持つべきものではないのです。と、
酷く苦そうな顔で言った。
先程まで断罪の女神然としていた彼女が、酷く小さく(実際小柄で華奢な少女なのだが)見えた。
だが、その小さな少女は極刑を受けてもおかしくない僕に死刑も背を曲げて生きる事も許さないと言った。前を向いて生きろと、自分の幸せを見つけろと。
なんでそんな事を。
君を好きな僕は、君にとってもレオンにとっても危険なのに。
実際 危険な目に遭わせたのに。
「殿下の纏うオーラは初めて会った時と変わりません。ゆえにこれ以上の危険はないと判断しますーーその判断が間違っていたなら、その時は自分の身に降りかかる危険は甘んじて受けましょう、殿下が私の為にキャロルと敢えて接触して下さったのと同じ様に」
「ー!ー」
見透かされていた。トラメキアと通じセイラを陥れようとしていたキャロルを、こっちも利用していた事、その上でセイラに危害が及ばないようにしていた事も、、それだって、単に自分のものにしてしまいたかったという欲望の延長線上でしかないのに。
それでもいいの?
ほんとに、敵わない。
君は酷い子だね。僕がレオンと同じに君を想ってる事、わかっててそんな風に言うなんて。
君は強い子だけど、レオン以外には酷く冷酷になる。それは君が竜の愛し子だからかもしれないし、そうではないのかもしれないけど。
良いだろう、君に仕えよう。
君と、次代の王となる弟に。
君が、それを望むならーーマイ・レディ。




