HAPPY WEDDING 前篇
後篇は12時間後、午前0時にUPします。
騒ぎの翌日、レオン様の立太子が発表されドラゴンの爪跡に傷ついた町も人々も湧きに沸いた。
当然、私との結婚式が実質王太子夫妻のお披露目となる事もー…
ー私からすればもうちょっと引き延ばして欲しかった…!
だったのだが、王宮の襲撃、ドラゴンの襲来、ついでにあの白いドラゴン(どんなに遠目からだって目につく)とドラゴン達を退けたフードの人物は誰なのか?という話題から気を逸らすには1番いいタイミングだったのも確かだ。
ーー学園で色々弊害もあったが。
そうして2ヶ月後、私の15才の誕生日に予定通り結婚式が挙げられた。
式場に向かう直前、「会わせたい人がいる」とレオン様に手を取られやってきた広間にはおそらく出席者なのだろう、正装に身を包んだ品の良い細身の男性と伴侶らしきこちらも慎ましやかで細身の女性がやや緊張した面持ちで立っていた。どちらも30代くらいに見えるが初対面ーのはずだ。
「レオン様こちらはー…」
「ツィミルズ王国は知っているだろう?」
「はい。もちろん。花の産地で有名なー…」
多用種から寄種・珍種の栽培から新種の開発までありとあらゆる植物に精通していると言われる花の国だ。
「こちらはそのツィミルズ王国の宮廷花師、マイヤーご夫妻だ」
レオン様に紹介されて件の2人が頭を下げる。
「初めまして。お目にかかれて大変光栄でございます」
「この度はレオンハルト殿下とのご結婚まことにおめでとうございます」
さすが宮廷付きとあって如才ない挨拶をされるが、敢えて式の前に会わせるには理由があるのだろう。
「ありがとうございます」
と返しつつ??が点滅したままである。
ここは新郎新婦しか入れない控室で、今は人払いもしてレオン様と2人きりだ。因みに2人共既に正装である。
私のウェディングドレスはレオン様の宣言通り(?)メルクをふんだんに使ったウェディングドレスで、祝祭の時と違い胸を大きく開けてはいるものの髪(一部だけ後ろで留めあげているものの残りはおろしている)とベール(身長より長い!)も上から被る形になってるのであまり気にならないしロンググローブも(これもわざわざメルクで凄く繊細な刺繍がなされていて慄いた)しているので実質肌はあまり出てはいない。
髪留めはふんだんに宝石があしらわれ台座は銀、主役のブルーサファイアの周りは小さなダイヤモンドという類を見ない豪華さである。ドレスの刺繍にもさまざまな色の石が使われている。しかもこちらは祝祭の時のようなラインストーンでなく、本物の宝石だ。さすがにそれ知った時は
はあぁ?!
て叫びたくなった。
光らすだけならラインストーンで充分光るのではなかろうか?わざわざ本物の宝石なんて、と思ったのだが
「大丈夫だ。君が着ても重くならないよう計算してあるから」
「ーーー」
そこじゃないっ!いや確かに衣装の重みで動けないのも問題ですがっ!重いのは値段です!値段!!
「市場価値のない小さな石ばかりだから気にする事はないぞ?」
そ、そうなんですか?
たしかに、商品にならないくらい小さな石は凄く安いってきいたことありますけどー…
とはいっても今回は元が白だからこそなのかウェディングドレスだからなのか?ドレスの裾だけでなく胸元、袖口、まで何人がかり?て突っ込みたくなるくらい金糸銀糸でそれは美しい刺繍が施されている。こんな宝石そのものみたいなドレス、私が着ていいんだろうか。
ーー中身が圧倒的に負けている気がする。
そんな気後れが顔に出ていたのか
「婚約式典での君をみたリッズシュトルツ公国のドレスデザイナーが君をイメージして作ったドレスだよ?気にいらないかい?」
「い、いえ!とても綺麗で素敵です。でもー…」
「でも?」
「中身がーー」
私が絶世の美少女だったら良かったのだけどー…
「バカを言うな。君以外が着たところでこのドレスの良さの半分も出ない」
「そ、そうー…でしょうか?」
「ーーわからせてやろうか?」言うなり手が伸びてくる。
「す、すみません!わかりました!」
ベールを持ったまま急いで距離を取る。
「残念」
ざんねん、じゃないです!隙あらば距離を詰めるのやめて下さい!言おうとして手元のベールを見、はっとなる。
「ー気が付いた?」
してやったり、の顔のレオン様に
「ーはい」
とベールに目を落としたまま答える。
レオン様と距離を取る為に移動した場所はちょうど窓からの光が差し込んでいたからこそ気付いたのだがーー刺繍が光っている。
正しくは光に翳すと透けた刺繍が浮かびあがって光っているように見える のだがー…
「…綺麗」
私は呆然と呟いた。ベールには薄いブルーの糸での刺繍だけで宝石の類は縫い込んでいない。髪飾りだけで十分派手(かつ重い)だしベールの長さからいってもこれ以上重くなるのは花嫁も大変だから と。
だが、この模様はー…
「君の髪のー…ちょうどこの辺り かな? 薔薇の花が浮かぶようにしたんだ」
レオン様がベールを持ち上げて私の耳の少し上辺りに布を当てる。
「ーーー…」
この人は。
どこまで。
「ん?」
甘い視線を降ろすレオン様に思わず抱きついてお礼を言おうとしたら、
「姫様!王太子殿下!やるならドレスを放してからやって下さい!」
と速攻女官長に怒られた。
ごめんなさい。
そんな私のお披露目前の仕上がりをわざわざ見せて紹介する相手ってーーあ、と頭に閃くものがあった。
目の前の2人をじっと見つめる。
そのマイヤーと名乗る男性はじっと私の姿をみつめ、
「ーー素晴らしい仕上がりですな」
と破顔した。隣のマイヤー夫人も
「本当にお美しいこと。リッズシュトルツのメルクのウェディングドレスを外国の方が着られて式を挙げられるのは初めて と伺っておりましたがー…」
「如何かな?我が妃の出来映えは」
「いや、もはや言葉もありませぬ。この妃殿下に花を捧げる事が出来るとはー…」
えぇと、花関連の事はわかりましたが…?
「妃殿下に、これを」
夫の方が背後にあった籠を持ち上げ、妻が被せてある布を取り去ると、出てきたのは
「空色のーー薔薇……?」
前世でも青い色を持つ薔薇は発見されていなかったため青バラといえば花弁の色が紫系の品種をいうーというのはこの世界でも同じで、違うところといえば人工的な交配育種法に魔法をプラスすれば出来なくもない、ことくらいだ。原種、あるいは自然に咲く薔薇で青色や水色のものはこの世界でも存在しない。
だがこれは。
青というほど濃い色でなく、けれど水色としては濃い、と言えるだろう淡すぎず主張し過ぎず、どこまでも澄んだ空の色だ。こんな色は初めて見る。
「レオン様これはー…」
「先日このご夫妻が長年の研究の末漸く完成させたオリジナルローズの1番咲き」にこにことこともなげに言ってくれるがー…
「え…えぇっ?!」
それって国家機密じゃないんですかーーっっ?!?たかが花、ではない。ツィミルズの新作と聞けばどの国でも垂涎ものだ。そのくらい花と共に発展してる国なのだ。
「どうぞ、お手にとって下さい」
マイヤーさんがにこやかに籠を差し出す。私はおそるおそる手に取った。途端、ふわりと薔薇の良い香りが漂った。人工的でない、自然に咲く薔薇の香りー…そしてそれは白とブルーのリボンで飾られた花束になっている。
「まあ!なんてお似合いなんでしょうーー姫君の髪色にドレスが引き立って薔薇の刺繍が透けてー…完璧ですわ!!」
マイヤー夫人が感涙にむせぶ様に言う。
えぇと、これは…?
「研究費を援助する代わりに、1番先に咲いたのを君のブーケにする、という約束をしていたんだがー…」
「殿下が2年後か3年後かはわからないが頼む 流通ルートの確保や他国との兼ね合いも請け負って下さると言うから受けた話だったんですがー…」
ちら、と責めるような目線をレオン様に投げる。
「半年前、急にですよ?半年後式を挙げられる事になったから急いでくれ!と駆け込んで来られたのは」
「………」
レオン様を見上げるとばつが悪そうに顔を逸らされた。
「もう、悪夢のようでしたよーー毎日催促が届くんです。一朝一夕に出来るもんじゃないのにこの方と来たらー…」
逸らしてるレオン様の顔色は窺えないが耳が赤い。
「セイラ様に持たせるのは空色の薔薇でなければダメなんだ!とそれはもう凄い剣幕でー…」
クスクスとマイヤー夫人が笑う。
それって。
「約束したろう」
漸く顔色が少し戻ったレオン様が言う。
あれはあのバルコニーで、初めてレオン様と2人きり(その前は他の候補も一緒だった)でお茶会をした時。空は良い天気で、風が心地よくて、咲き頃の薔薇がとても良く薫った日だった。
咲いている薔薇はとても綺麗だったけれど、子供だった私は言ったのだ。
「この空の色みたいな薔薇も一緒に咲いていたら、もっと素敵なのに」
と。
そうしたらレオン様は笑いながら
「じゃあ、結婚式の時にはありったけの空色の薔薇のブーケを君に持たせてあげる。ーーだから僕と結婚してくれるかい?」
と優しく言い、子供の私は勢いよく
「はい!!」
と 答えた。
それは、ほんとに幼い子供の幼い戯言に過ぎなかったかも知れないのに。
「覚えててー…下さったんですか…?」
「あの時の俺は15だぞ?ーーそれに、掛け値無しの本気で言ったんだ、忘れる訳がない」
「………」
ああもう。
本当に、どこまで。
ーー私をびっくりさせて、喜ばせれば気が済むのだろう。
ヤバい、泣きそうだ。
「レオン様…」
「なんだ?気にいらなかったのか?」早口で問うレオン様は珍しく検討違いの心配をし、私の目が潤んでるのを見てさらに慌てた。
「っセイラ?!」
「ーすみません。嬉しくて…」
「ーわ、わかったから泣くな!」
そうですよね。お化粧が落ちちゃいます。
そういう問題ではないのだが、はたから見たら立派なバカップルである。
「あのー…我々が居ること、そろそろ思い出してもらえませんかね?」
はっ…
と2人揃って息を呑むと、ついでに揃って赤くなった。
息ぴったりである。
「あー…すまん。で、見事間に合わせて完成してくれた までは良かったんだがー…渡すにあたって条件を突きつけられてな?」
条件…?
「この"1番咲き"を持つのがツィミルズの王族でなく君である事からもーー心配しなくても君が持てば間違いなく人目を惹きつけ評価もあがると保証してやったのだがー…"自分達が苦心して咲かせた花なのだから件の花嫁が持った姿を1番先に見たい"と責められてな?」
「殿下の急げ急げ攻撃に比べたらこれくらい可愛いもんでしょうが」呆れた様にマイヤー氏が言う。確かに、ツィミルズ王国は小国だが新作のオリジナルローズを持つ1番最初が私ってーー
「検分するような真似をして申し訳ありません、妃殿下。ですが興味があったのです。あれ程多くの女性に言い寄られても一顧だにせず"自分には国に許嫁がいる"と袖にし続け、婚約が決まった途端あれ程"急いで空色の薔薇を完成させてくれ"とこの殿下に言わしめた姫君はどんな方なのだろう、と」
ーー微笑んでいるが、なんだか怖い。
「えぇと…、もしかしてマイヤー夫妻には1番最初にこれを持たせたい方がいたのでは?ーー私ではなく」
!!!
三者三様の驚愕に
ー私なんか変なこと言った?
「いや、これはー…聞きしに勝る慧眼。恐れ入りました」
「正確には少しー…その、違いますのよ?決して妃殿下が相応しくない などと言う事ではありませんの」
「ーー君、なんでそんなに鋭いのにいざとなるとあんなに鈍いんだ?」
ーー最後だけちょっとかなり意味違うと思うんですがレオン様?
「この花は元々さるお方 の結婚のお祝いに、と研究していた花なんですの」
「もっとも、そちらはこの花と違い真っ青の薔薇をめざしたものだったんですがー…」
そこでちら、とレオン様に視線がはしる。
ーーあー、
「それを知った殿下がなら空色の薔薇を作ってくれないかと」
ーですよね。
「まあ、殿下の支援と催促があったからこそこうして空色の薔薇が先に出来上がったわけですが」
「催促は余計だ。支援は十二分にしただろう」
「ーー確かに。我らのような小国には夢のような条件と計らいでしたーーさすが大国の王太子殿下ともなると器が違いますなーーと、おぉ忘れるところでした。こちらを。その薔薇の苗です」
マイヤー氏はそう言ってまだ小さな苗木をレオン様に差し出す。
「ーーありがとう」
真剣にお礼を言うレオン様にマイヤー氏は苦笑して
「なに、我が国はこれからこの薔薇で一大産業を興すつもりですからな」
「応えてみせようーーところで、この薔薇の名前は決めたのか?」
「それなのですがーー…"レイディローズ"と名付けようと思っているのですが」
ーーえ?