悪役令嬢、皇帝を叱責する
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そんな皆の心中は知るよしもないがーー実際やってみたらほんとに面倒だったのだ。
トラメキアの王宮上空まで近くにいた氷雪竜を挑発して引っ張ってったのはいいが城内にいるのは当たり前だが風竜ばかり。
元々他のドラゴンに比べて(確認されている限りでは)氷雪竜は数が少ない。実際襲来の群れの中にもその数はごく僅かだった。沢山ごった返している時はいいのだ別に。氷雪竜だろうと火竜だろうとその竜に跳ね返すかさらに跳ね返す先をちょこっとずらして別のドラゴンにぶつければそれで落ちる。
だが、氷雪竜を引っ張ってきて、"それをただ落とす"なら出来ても"別のドラゴンをちょうど良く目的の場所に引っ張ってきて氷雪竜に凍らせた上で下に落とす"は無理だったのだ。
仕方なくその氷雪竜を王宮の真上に落とした後はあの城内のドラゴンを適当に落としてまわった。
けど、
「王座のある王宮だけではない、城中のありとあらゆる場所に次々とドラゴンが降ってきた為、人々はパニックになった。城内のあちこちいるドラゴンも興奮して暴れマスター達にも手が付けられず飛び去るならまだまし、酷いところでは共喰いし出すものもいて手が付けられぬ。避難しようにも破壊された館も多く避難先も足りぬ。ならば馬で城外に出ようにも馬は厩舎が壊され逃げ出して暴れまわり人が逃げ出すどころではない。我が国の城は高い塀に囲まれている為今のところ騒ぎは城塞内にとどまってはいるがー…」
このまま行けば城外まで被害が及ぶ。
「だからなんですの?我が国も城下の町がドラゴンの群に襲われました。襲われた場所が城下か城内かの違いでしょう」
"ありとあらゆる"ってのは言い過ぎだ。無数にある建物の幾つかの上に落としただけだ。
そのうち武器庫とか厩舎とかドラゴンの居留地とかーーあと皇帝やおそらく皇太子の館とか?
を狙って落としただけだ。後宮や使用人の館はちゃんと避けた。たぶん。
「ーー城のほとんどのドラゴンが逃げたり暴れたりしているなかー…わたしのドラゴンだけが無傷でパニックも起こさず無事だった。自ら来い、と言う意味だと思った」
「ーー皇帝陛下のドラゴンだけが特別扱いされていた結果でしょう」
私の辛辣さに暖簾に腕押し と思ったのか助けを求めるように皇帝が国王を見上げる。
「ーーセイラ姫。メッセージを送ったのは其方であろう?」
「ーわたくし、嫌いなんですの。トラメキアという国のやり口が。なんで何もかもが力ずくで上手くいくと思っているのです?自分は王で、相手は自分より弱いから、下だから、何をしても良いだなんてどうして思えるのです?弱い者を守るのが強者なのではありませんか?」
「「っ!?!」」
王様2人が息を呑む。
「他人の物を奪って嬉しいですか?人の尊厳を権力で踏みにじって楽しいですか?幸せな花嫁となる筈だった女性を花婿となる男性の目の前から攫うのが武勇伝ですか?ーー虫酸が走ります!ーートラメキアは"略奪婚を是とする国"と伺ってますがー…貴方の国では"欲しければ奪え"と教えるのですか?」
「い、いや、それはー…」
「それは、やってはいけない事です。もうすぐ愛する相手と結ばれる筈だった女性の微笑みを絶望の悲鳴に変えておきながら何が寵愛ですか、馬鹿馬鹿しい」
「ひ、姫君はかの姫と親しい間柄でも…?」
「いいえ?ただ、私が嫌いなだけですーー貴方の息子である黒太子のやり口も含めて」
「で、では姫君に置かれては息子の首をお望みで…?」
…ったく。
「…黒太子の首、欲しいですか?レオン様」
「欲しいがそこは自分で仕留めるべきだろう、君の手を煩わすつもりはない」
「ーーだそうですわ」
「で、ではどうすればよろしいので…?」
「どんな大国の国王でも、例えどんな理由があってもーー愛する人と結ばれる筈の女性を、目の前で攫っていい筈がありません。火急かつ速やかにその時の装身具等と共に彼女を故郷に帰し、彼の国に謝罪すべきです。当の本人がいないのなら、その息子であるあなたが、現在皇帝であるあなたが!大事な結婚式をぶち壊してしまって済まなかったと、愛する人を奪って申し訳なかったと!ただその場面を目の当たりにして嘆くしか出来なかった方々に許しを請いなさい!今私にやったように!よろしいですわね?」
ー彼女はトラメキアに攫われて数年後に亡くなられ、トラメキアに埋葬されている。
ーー目にしたのは偶然だった。トラメキアの王城のドラゴンの目を通して見た時、偶然目に入ったのだ。
かの姫の名が刻まれた石碑。
トラメキアのーーおそらく身寄りのない(身寄りがあるなら亡くなったらそちらに帰すのが慣例だからだ)側室たちの墓なのだろう、その中にひっそりと、誰も訪う事のないーー彼女はこの国の人ではないし経緯を考えれば当然だ、ー墓を、じっと見つめるドラゴンの瞳があった。おそらく先代皇帝のドラゴンなのだろう。そのドラゴンの目を通してなんとも言えない気分になった。
ーー同時に、とつもなく悲しさと、次に怒りが湧きあがってきた。
舌鋒が止められない。
「何故、せめて亡くなられたあと母国に亡骸だけでも帰して差し上げなかったのです?あんな形で愛する人々と引き離しておきながら、親しい人達がせめてその墓に参れるようにしてあげられなかったのです?大国の皇帝ともあろうお方が狭量すぎるのではありませんか?」
「は、し、しかし、かの姫が亡くなられてからもう幾とせ…今更私が謝罪しても…、」
「彼女の夫となる筈だった方も、そのご両親も健在です。返してあげて下さい。小国とはいえ一国の王子妃となる筈だった方です。最大限の礼を持って彼女を母国に帰してあげて下さい」
「は…」
こんな事を言われるとは思わなかったのだろう、頭を下げつつ先程よりは色を取り戻した顔色が窺える。
自分や息子の首よりそんな感傷的な理由で亡骸を返す事を望むとはー…やはり力があってもまだ青い小娘だ、とでも思っているのだろう。
ならば、
「衣装はあの時のままですわねー…手にしていた錫杖だけは持っていらっしゃらない。今と同じ服装で、玉座に座って仰っていましたよね?"まさか、ルキフェル達がヘタを打ったのではなかろうな?報告は全て終わった後で良いとは言ったがー…"と」
ーーもう一押しするまでだ。
それを聞いてずざざっと皇帝が後ずさり、ガタガタ震え出した。
「な、何故それを…」
「もちろん見ていたからです。私はどこであれ見ようと思えば見れるのです」
「ひっ…」
皇帝は器用にもこちらを向いたまま凄い速さで部屋の入り口まで後ずさりーーそのさまがなんかホラー映画のザコキャラっぽいーーじゃない、滑稽だ。
だが、別にこの男の王城が壊滅状態なのは私のせいばかりではない。
「ードラゴンは気性の荒い生き物。制御不能になって暴れまわればドラゴンの数が多い所ほど被害は甚大になる。ー制御不能な力など、持つものではないのです」
ドラゴンが降ってくればドラゴンは暴れる。暴れて、普段は仲間だったドラゴンやマスターに牙を向く。
「だが貴女はお持ちだ」
「いいえ。制御出来る訳ではありません。どんな生き物であろうとショックを与えればパニックを起こす。私はそれをやっただけ。
ーー本来、あの力ーあなたがたが"初代王妃から授かった"とされる能力はー…"人とドラゴンの良き仲介者たれ"との思いで遺されたもののはず」
びくん!と皇帝の体が跳ねたかと思うと再度固まった。
そこまで指摘されると思わなかったのだろう。
「ーーなのに、あなたがたは使い方を間違った。その力をドラゴンを意のままにし、それを使って他国を踏み躙り、自己の利益の為だけに育ててきた。ーー自分達の力を過信するあまり多くのドラゴンを近くに置きすぎた。その結果が、今のトラメキアの惨状を生んだのです」
ごくり、と皇帝が生唾を呑む。もはや声は発せないらしい。
「忘れないで下さいましね?もし、また何か貴方がたが企むような事があればー…ーー今回のように警告したりは致しません、無言でその企みごと潰して差し上げます。ーー2度と立ち上がって来られないように」
ー面倒は1回で済ませたいんで。
「ははっ!しかと承りました!至急彼の国に謝罪しご報告に参ります!」
皇帝は最大級の礼を捧げ、
「ではこれにて御前失礼致します!」
どこか吹っ切れたように颯爽と退出した。
場にいる他の者は思った。
ーーどっちが皇帝だっけ?
悪役令嬢無双、絶好調。
頑張れ主人公、後の修正 頑張れ私…(あくまで予定)