救助と安堵と怒り
「っ?!」「っまさか貴様っ…!」
私とレオン様の驚愕に背後のロッド殿下が笑う。
「あぁ君はずっと薬で眠ってたから気がつかなかったんだね。確かに起きてる君にこうするのは初めてだけど、眠ってる間何もされてないとでも思ってた?」耳元で囁かれる言葉に血の気が引く。
「っ…そんな、」
嘘だ。
そう思いつつも、
そこから先の言葉が続かない。
「そんなに絶望の表情されると傷つくなあ。だって、じゃあなんで眠ってる間に着替えさせられてるのか とか考えなかった?」
「う、そ…」涙が頬を伝う。
「嘘じゃないよ。君が僕とこうするのは初めてじゃないんだよ?」そう囁きながら身体に回された手が這い回る。裂かれた胸元を殊更いやらしく撫でまわす。
「やっ…やあっ…嫌…!」気持ち悪い。
「ロッドっ!よせっ…やめろっ!!」レオン様が泣きそうな声で叫ぶ。引き換え、私を弄ぶ手と声はどんどん冷静になっていく。
「可哀想なセイラ。婚約者のレオは君を守りきれなかったね?」
ーーえ?
違和感を感じ、私は背後の人を見上げた。その瞳は、先程のような狂おしい光を帯びてはいない。
「ー!」
この人は、こんな事をしながらも私に欲情してるわけではない。
なら、なんだ?
その理由は。
頭の冷静な部分が思考を始める。
ー答えは、すぐに出た。
私の瞳から溢れ出す涙が増える。
「っセイラ…!」レオン様の瞳が涙で光る。痛ましいものを見る瞳はでも、光を失ってない事がわかる。
ーーだからか。私は目を閉じて息をつく。
違います、レオン様。
これは、この人はー…
ー私が泣いてるのは、わかってしまったから。
この人のこの行動は私に対しての愛情からではなく、レオンにみせつける為だけにやってるのだと。
ーーそう結論づけた刹那、轟音が響き、腕から解放される。同時に何やらくぐもった悲鳴っぽいものが聞こえた。
「ー妹から手を放してもらえませんかね?殿 下?」
既にひと蹴りで壁際まで吹っ飛ばしたうえ大剣を構えたまま言うリュートの姿がそこにあった。
見ると、背後の壁が吹っ飛んでいる。
「前が駄目なら後ろから、か…そういえばセイラの兄上は強力な使い手だったね…失敗したな」「当たり前だ。ここまで周到に悪巧みする奴の所に何の準備もなく来るものか」
だが、蹴られて切れた唇を指先で拭いながら言う顔はむしろ楽しそうで、少しも"失敗した"と悔やんでいる風ではなかった。
「ーここは貴方が秘術について研究するため との名目で作られ"城内でも出入りどころか知る者さえごく一部に限られた地下室"だそうですね」目の前で護衛対象を拐われたユリウスが続ける。兄が無言で私に自分のマントを着せかけ、背後の壁を失った事で魔術も崩れたのか目の前の鉄格子も崩落する。
「セイラっ…!」駆け寄ってきたレオン様に抱きしめられる。私はひとしきりレオン様の胸にしがみついて身体を預けた。
「セイラ、セイラ…すまない。遅くなって」優しく髪を撫でつけながら言う声に安心感が広がる。「レオン様…私が行方不明になって、どれくらい経ったのですか?」「今日で3日目だ」「正確には丸2日と数時間ですね」「なら大丈夫です」「?何がだ?」「ロッド殿下は、私に手を出してはいません」「?!何故わかる?眠らされていたんだろう?」そうだが、最初に眠らされたのが深更、牢の中で目覚めたのが翌日の多分昼過ぎ。その後またすぐ眠らされて目覚めたのが今朝で、今がまだ午前中ならーーそんな時間はなかった筈だ。
牢の中ではドレスは着たままだったしーー確かに今着替えさせられてはいるが、あの殿下に女性の服をきちんと着せる なんて1人で出来るだろうか?
ーー多分、出来ない。
それに、それだけ経っても私が食事も取らずにいて衰弱してない という事は回復魔法をわざわざかけている、ということだ。
けれど、長い説明は後だ。
「先程のロッド殿下の言葉です。お気付きになりませんでしたか?」「…どういう意味だ?」出来れば察して欲しいんですが、無理ですか?周りの殿方の顔を見回すと、全員が全員(当のロッド殿下含め)訳がわからない、という顔をしている。
ーはぁ。淑女が言う内容ではないんですけどね?
「私は昨日の昼過ぎまではあの夜会の時のドレスのままでしたし、ロッド殿下の言葉は"既にレオの宮に入ってるのに怖いのか"とか"レオにだって黙ってればわからない"など全て私が"既にレオン様の宮に入っている"事が前提のものばかりでした」
「っ!」レオン様が漸く察してくれたらしい。頰に赤みがさす。
「ではー…」私とロッド殿下を交互に見る。
「はい。本当に私に手を出していたなら気付いて先程の挑発の時に口撃材料に使ったでしょうーーねぇそうですわよね?ヘタレ殿下」
空気が固まった。あ、この世界にヘタレって言葉ないんだっけ?ま、どうでもいいや。
「先程の言動は全てレオン様に向けてやったもの。貴方がやりたかったのは私をどうこう ではなくてー…要は、レオン様に喧嘩売りたかっただけ なんですよね?」私はすぅっとレオン様の腕の中から立ち上がりながら言う。
私の様子に呆然としながらも「まさか、まだ…?」との呟きが何よりの証拠だ。部屋にホッとした空気が流れる。
が、
パァン!と小気味良い音がそれをぶち壊した。
私がロッド殿下の頰を思いきり打ったからだ。
何故なら怒っていたから。
「兄弟ゲンカなら、私を挟まず、直にやって下さい!迷惑ですわっ!」
「っ!」何か言おうとした殿下の頰を反対側をさらに私は引っぱたく。
壁に吹っ飛んだ姿勢のまま、呆然と見上げてくる顔を傲然と見下ろして「ーー叩く方も、結構痛いですわね。それに、…迷惑料としては、安いくらいだと思いますよ?」
叩いた手を閃かせたまま、私は言った。
レオン様とユリウスはまだ固まっていたが、キレた私を知っている兄は「ま、当然だな」とさっさとロッドを捕縛し「詳しくは後で聴かせてもらいますよ、殿下」「あぁ」
抵抗せず捕縛されたロッドはセイラの方に向きなおり、「君が好きだと言ったのは本当だよ?セイラ」
私は答えない。代わりに、レオン様が尋ねる。「ロッド、お前本当に…?」無理もない。私も全く知らなかったし。
「ああ…お前も覚えがあるだろう?何の躊躇いもなく不躾に向けられた真っ直ぐな子供の瞳と言葉に落ちた覚えが」
「!!」
「僕がセイラに初めて逢ったのはお前が刺される直前だよ」
「あの時、慣れない城の中で迷子になってるセイラが僕のところに飛びこんできて…すぐにわかったよ、少し前のラインハルトの誕生日にレオに懐いた令嬢だってね。宮へ戻るにはどう行けばいいかきかれた。僕は宮へ戻る道でなくお前が女性と逢引してる場所を教えた」
ーーえ?
「ーー何だと…?」
「その子がレオン様の瞳は宝石みたいで綺麗だと、いつもそれこそきらきらした瞳で言ってるのを知ってたから。その幻想を壊してやりたくて」
ーーはい?
ローズ兄妹、最強