悪役令嬢、交渉(説得?)する
読んでくださってる方々、ブクマしてくださってる皆様ありがとうございます。
誤字・脱字は後日修正致します。
悪役令嬢と殿下ってそういう関係だったっけ……?
いや、そんな覚えはない。裏設定?
違う、それだって私が知らないはずがない__私は記憶が戻る代わりに今世での記憶がなくなったわけじゃないんだから!
て、脳内会議してる場合じゃないどうにかしろこの状況を!
「……っ!」
前世も今も恋愛未満の小娘にんな器用な真似出来る訳ないし!
脳内会議もぐちゃぐちゃで纏まらず、固まったままの私に焦れたらしい殿下は、
「__いいんだな?」
と声と共に顔がだんだん近づいてくる。
(良くない!)
良くないです!
そう言いたいのに声が出ない。
__声を封じる魔法でもかけられた?
声が出せないうちに殿下の顔が首筋へ埋められる。
吐息を感じてびくりと震えた途端、唇が這う感触。
これ、吸われてる……?
「〜〜っ!」やめて!
そう叫びたいのに漸く出た声らしきものは言葉にならない。
今や全身ぴたりと密着した殿下の身体が熱い。
殿下の唇は首筋を伝って胸元に埋められようとしている__嫌。
こんなの嫌だ。
声は出る、はずだ。
こんなの、絶対ダメだ。
殿下を止めないと。
絞り出された言葉は、
「さ、三ヶ月っ…!」
漸くこれだけ声が出た。
「三ヶ月…?」
唐突な私の言葉に訝しげに返しつつ殿下が半身を起こして私を見おろす。
とりあえず呼吸が戻った私は必死に言葉をつなぐ。
「三ヶ月だけ、待って下さい」
「その三ヶ月というのは何だ?」
宝石の様な双眸が訝しげな光を放って説明を促す。
ーー勝負どころだ、と私も半身を起こす。
また逃げるつもりか?と言うように双眸を光らせる殿下を諌めるようにきっちりと見返して、
「逃げません」
と私は宣言した。
「殿下の婚約発表は五ヶ月後と伺っております。五ヶ月待って頂くのに不都合はないはずです。」
「その三ヶ月の間に完全に俺から逃げる計画でも実行する気なのか?」
「いいえ」
先程のバルコニーでの会話とは違い、きっちり目を合わせて言う。
泳がせたら終わりな気がする、色々と。
「三ヶ月後、万が一にも第三者の手により殿下の御前に姿を現せない等、不測の事態でも起きない限り、逃げません。少なくとも私の意思で逃げ出す事は致しません。」
「………」
だからその三ヶ月というのは何なんだ、とその目が言っているがそこは今は答えようがない。
「そしてその三ヶ月後、殿下がどんな決断をしようとも私はそれに従い殿下の言う通りに致します。」
どんな決断でも、だけ殊更声を強めたのは私の覚悟の表れだ。
追放でも婚約でも、好きにすればいい。
黙ったままの殿下の目をひたすら見つめる__ほとんど睨んでいたと言ってもいい。
「ですから、今は……」
お許し下さい。
までは、流石に声にならない。
返事が怖くて俯く。
__これでも殿下が納得してくれなかったら、「……わかった。」
僅かな間を置いて、冷静な声が返る。
私は弾かれた様に顔をあげる。
そこには普段の殿下と変わらない、怜悧な瞳があった。
__良かった。
思わず息をつく。
私の怯えが伝わったのか、殿下はベッドから少しだけ離れた椅子に座り、
「三ヶ月後というと…夏の祝祭か?」
魔法学園には初夏の終業式の後、新入生にとっては初めての舞踏会がある。
正式には夏の女神ロザリンダの祝祭と言い、夏に降りて冬には神々の国に戻るとされる女神を歓迎する祝祭。
夜会の型式を取ってはいるが貴族主催のものほど格式ばっておらず、だが最後の最後だけではあるが国王夫妻も臨席するこのイベントは生徒達の社交デビューも兼ねている。
この翌日の夏休みから夏の終わりまでがこの世界では社交シーズンだからだ。
『十三~十四才は茶会なら問題ないが、深夜に及ぶ夜会には早い。』
という暗黙の了解がこの国にはあるから、この祝祭でデビューを飾り、夏休みに本格的な社交界進出をするのだ。
無論罰則がある訳ではないので高位の貴族であればその前に済ませている場合もあるがそれも少数だ。
そしてセイラも例に漏れずその日がデビューだ。
「はい、祝祭が終わった後に。」
その時貴方が誰を選んでいるかわからないけれど。
逃げない覚悟を決めて妙にすっきりした気分でいたので、
「わかった、そういうことならドレスを贈ろう。何か希望はあるか?」
との言葉に、
「え?」
ときょとんとしてしまい、
「何だ?まさか考えてなかったのか、君が?」
__確かに。
私はドレスのデザインを考えて作らせたり、それに合う髪飾りやその他の物まで揃えてコーディネートするのが大好きだ。
殿下もそんな私に付き合って選んでくれたり、さらにそれに合うものをプレゼントしたりと良くしてくれていた。
そんな私が学園に入って初めての夜会に着るドレスを考えてない、とか通常ならありえない__ので、
「お前、やっぱり……」
『夜会に出ないで逃げる気か?』
という副音声が聞こえた気がして、慌てて
「いえ!頭の中ではわかってたんですが、実際まだ一日も学園に通えていないのでそこまで考えが及ばなかったというか……!」
これは本当だ。
「そうですよね、ドレス……」
当然ながらデビュタントからの注文が殺到する時期だ。
自分好みにオーダーしたいなら早めに注文すべきだし、成長期でもあるからそこからぴったりに手直ししたりと記憶が戻る前の私なら絶対していたはずなのに。
これには自分でも呆然としたので、殿下も不審がる方向を変えた(?)らしく、
「まだどこか具合が悪いんじゃないのか?侍医を呼ぶか?」
いえ、結構です。
病気じゃないので。
頑なに首を横に振って固辞し、
「ただ、体調が万全ではないしそもそも入学が遅れている為早く学園に慣れないといけないので、夏の夜会が終わるまで登城を控えさせて欲しい。」
とうお願いに殿下は難色を示しはしたが、
「まあ、すぐにシーズンだしな。それにその後はもう……」
小さすぎて後半は聞きとれなかった呟きと、その際ちらりと送られた目線がなんだか怖かったが渋々ながら認めてくれたので結果オーライだ。
「では帰りの馬車を手配する。お前はここで休んでいろ、お茶を運ばせる」
「い、いえっ!結構です!私はこれで失礼しますのでっ!」
これ以上この部屋にいろとか何の罰ゲームですか?
「ダメだ、護衛も手配する。大切な婚約者の身に何かあってはかなわん__顔色も悪い、ちゃんと温まって行け、春とはいえまだ冷えるからな」
顔色が悪いのは主に貴方のせいです殿下、と言えるはずもなく拷問のような(何しろお湯の味しかしなかった)お茶の時間を経て、
「近いうちに仕立て屋を採寸に行かせる、無理はするなよ?」
というありがたい言葉と共に漸く帰路に就く事が出来た。
帰りの馬車の中で私は深く息を吐いた。
三ヶ月とは何だ?
という問いのの答え。
三ヶ月経った後、殿下は覚えているだろうか?そんな疑問を抱いた事を。
張り切ってドレスの準備など出来る筈がない。
何しろ夏の祝祭とは即ちーー最初の断罪イベント。
悪役令嬢にとっては公開処刑の場だ。
でももう決めた。
殿下が誰を選ぼうとも、私は逃げない。
次話は週末の予定です。