悪役令嬢、思考する
ーーー嘘ばっかり。
真っ先に頭に浮かんだのはその言葉だった。
昨夜の祝祭で黒太子が私に声をかけるつもりだったとは思えない。
祝祭の前だって話そうと思えばいくらでも話せた筈だ。
ずっと同じ学内にいたのだから。
「もちろん、国としてこの話を受けた訳ではない。ただトラメキアとの関係悪化を避ける為に形だけ君に引きあわせる場を作るだけだ。会場で少し会話をするだけで構わない」
レオン様はそう言うが、違和感が拭えない。
「あの、お父様は何と?」
当然父にもこの話は行ってる筈だ。
「それが、ローズ伯は昨夜遠方の領地にドラゴンが飛来したとの報告を受け現地に赴いている。手紙鳥と、使いと迎えを兼ねた者も向かわせてはいるがーーー」
ーーー今夜の夜会には間に合わないだろう。
ーーマジですか?
「王妃様は何と?」
「それが…、非常に言いにくいんだが」
「………?」
「昨夜の代理を私がかって出たのはもうわかっているだろう?母上は、その…喜んでくれたのはいいんだが」
普段のレオン様らしくない言い様に嫌な予感がMAXどころではない。
「『なら最高の髪飾りを用意しないとね!遠い異国の名産品なんだけど、セイラの黒髪にぴったりのを見つけたの。ああ、既製品でなく直接デザインから指示して作らせた方がいいわねちょっと行ってくるわ』と…」
「ど、どちらに…?」
「それが、良くわからないんだ。何しろ速すぎて、まともな行き先も告げず飛んで行ってしまった」
空馬車で。
「………」
そんな馬鹿な。
では。
まさか。
「王太后様は…?」
「…病気で寝付いておられる」
つまり。
「孤立無縁、という事なのですね?」
現王は決して暗愚ではないが目的の為に猪突猛進なところがある。
それを抑えるのが父であり、暴走しない様に手綱を握るのが王妃だ。
そして若さ故のあやまちを認められない子供っぽい部分を宥めるのが生母である王太后だ。
その皆様が、揃って不在。
「…タイミングが悪いと言うより、作為的ですわね?」
「ーーああ。だが、母上は元々ああいう方だし、王太后は春先から体調を崩しがちでいらしたから…、だがローズ伯の不在は…」
ーーードラゴンの、飛来。
ドラゴンマスターは、ドラゴンを狙い通りの場所に誘導出来るというのが真実ならばーーー
その可能性は高い。
ーーー
同じ考えに行き着いたものの口にしてどうなるものでもない。
「つまり、その夜会とやらに出ればよろしいんですね?」
「ああ。ホストは国王陛下とミリアム王妃だがーー」
「………」
まあ、王妃様が不在ならそうなりますよね。
この国に側妃や後宮制度はない。一夫多妻制度がそもそもない。
が、王族は望めば3人まで妃を持てる。王なら第1王妃、第2王妃、第3王妃。
何でかと言うと王妃の負担を少しでも軽くする為だ。
はっきり言って王妃は重責だ。
王妃以外の妃を望むなら、責務も分散させ(側妃が甘い汁だけ吸って何の責任もない とかおかしいだろって事だ)王妃にも一定の自由(現王妃は少々自由過ぎる気もするが)と休みの確保、更には懐妊中も心安く過ごせるように第2、第3妃も役目を負うべきである。
という考えと
対外的にも王妃が産休中で人前に出られない場合、遠方からの使者や王族などに対応するのが側妃や妾妃では相手が侮られたと思う場合もあるだろう。
そこにこの形ならば第2だろうが第3だろうが王妃は王妃で通せる。
というのと
”後宮なんてものは金食い虫で陰謀と裏切りの温床だ”
と何代か前の王が唱え廃止したのだ。
この形はまだ歴史が浅いが近隣諸国では倣うところも増えつつある。
もっとも中身は一緒で第1王妃に対しては第2、第3は側妃と変わらない。そしてそれ以上増やしたければ妾にするしかないが妾は王宮の出入りも許可されないし万が一出産してもその子は王族とは認められない。親子揃って一生日陰の身である。
そしてこの国の第1王妃はレオン様の母君・ステラ様だ。
ミリアム様は第2王妃で第1王子の母君、ラインハルトの母君の第3王妃は当然、宮にこもりきりきりである。
第1王妃が出産したら第2王妃が懐妊が通例なのだが、第1王妃の子が第2王子で、第2王妃の子が1歳違いの第1王子なのはまあ…そういう事だ。王がタイミングを誤ったとしか言いようがないが元々長子相続ではないのであまり問題にはなっていない。
第3王妃は元々政務にあまり関わってない。ミリアム妃は王妃様と特に対立してる訳でもなく、仲良く政務を二分しているーー今のところ。
王妃様は叔母である事も手伝って良く話すがミリアム様とはほとんど話した事がない。私の事をどう思ってるかわからない。
現状でいうなら敵か味方かがわからない。
まあ、いきなり黒太子と2人きりにされたりはしないだろうが。
ーーー多分。
「わかりました。支度を致します」
「昨日の今日でこんな事になってすまない。心配はいらない、私も君のエスコートとして一緒に行くから」
ーーーえ?
国王命令のお見合いもどきの会でそんな事していいんだろうか。
「当然だ。予定に変更はない。君は自分の身を守る事だけ考えろ。いいか?絶対に1人になるなよ?」
不敵に笑うレオン様に私も笑みを返す。
「第一、君は王子の宮から王宮に出向くんだよ?他に選択肢なんかあるわけないだろう?」
ーーーそれもそうか。
外から見たら私は昨夜のデビュー(にあれでなってるのか甚だ疑問だが)会場で正式に婚約、結婚まで発表された後にそのままレオン様の宮に泊まった令嬢だ。これはもう既成事実と大差ない。
ーーそれを隣国の皇太子と見合わせる。
それがどんな意味を持つか、私にわかるのだからレオン様がわかってない筈がない。
ーーー
レオン様が退室し、リリベルや他のメイドたちによってドレスアップが始まった。
こうなってしまうとこちらはただの飾り付けが終わるのを待つマネキンみたいに立ってるだけだ。
私はこれ幸いと思考にふける。
ーーー確かに悪役令嬢は黒太子が攻略対象の場合だってヒロインの邪魔をするのだからルキフェルの婚約者ルートだってあるにはあるのだろう。詳しく描かれなかっただけで。
そうなると。
つくづく思う、悪役令嬢は所詮政略結婚の駒なのだと。
だって、与えられる役割は”王子と結婚する為なら手段を問わない貴族の令嬢”だ。
言い換えれば相手が王子なら誰だっていいのだ。
見方を変えれば政略結婚に積極的な令嬢ってだけだ。
ーーーでも、それはゲームの中でのお話。
私は、嫌だ。トラメキアは後宮のある国だ。それもどの代も例外なく沢山の女性を侍らせている。私は数代前の国王万歳、後宮廃止グッジョブ派である。異国の後宮に入れられるなんて御免だ。
そしてレオン様は言って下さった。
”自分の身を守る事だけ考えろ”
と。
だったらあの断罪を退けた時のように。
開きなおってやればいい。
夕暮れ時、昨夜同様暗くなり始める頃にレオン様にエスコートされて王宮へと向かう。
レオン様の宮から会場である王宮は徒歩圏内だ。離れた宮なら馬車が必要な広大さだがここからなら大して歩かない。
正直、学園の寮より近い。それでもユリウスとリリベルがきっちり張り付いてるが。
「リュートの隊は今日は正門の警備にまわされている。まあすぐに抜け出してくるだろうが、」
会場で剣を帯びて近づく事はどのみち出来ない。
ですよね?
まあそれと同様いきなり押し倒す事も出来ないだろうからいいが、相手は間違いなくラインハルトみたいな仔犬系でなく凶暴な肉食獣だ。昨夜みたいにはいかない。
「念のため言っておくが私は君以外の妃を迎えるつもりはないからな?」
ーー2番目か3番目として迎えるつもりなら、やっぱり逃げよう。と以前考えてた事を見抜かれてた訳ではないだろうが、この状況で全くブレないレオン様の態度に安堵する。
昨夜の出来事を思えば不要な心配かもしれないが、やはりどこか不安だったから。
レオン様と共に会場の入り口に立って居並ぶ面子を見た途端、私はすうっと目を細めた。
ーー面白い。
私は扇子越しに小さく笑った。
次の戦い、始まります。