悪役令嬢、反省する
「と、泊めるって…」
「そう露骨に警戒するな。何もいきなり一緒に寝ようと言うんじゃない」
「で、ですよね…?」
「ーーまあ、あの時君があくまで婚約者候補を辞退するというならあのままここに閉じ込めてやろうかと思ってたけどね?」
「…っ……!」
既成事実をもって婚約って…!
「まあ、ああいう場面で君は嘘はつかないし、何か事情があるんだろうとは思ったがーー流石に目の前が真っ暗になったぞ?」
「………」
何て返せばいいかわからない。
だって婚約者辞退を引っ込めなかったら私をここに閉じ込めて婚約から結婚まで強行するつもりだった、て言ってますよね殿下?
でも、プロポーズが春で結婚の準備始めたのが去年の秋って。
「準備を始めたのが帰国と同時、て言ってましたよね?」
「ああ、さっき言った通りドレス生地の確保まではしてたけどね?」
「1年会わなかったのに?」
「1年空けたのは会う度にどんどん女性らしくなってく君を見てるのがしんどくなったからだ」
「?」
しんどい?
「14の誕生日に会った時その場で押し倒したくなったと言えばわかるか?」
「!!」
ざっと自分の顔が青ざめるのがわかった。
確かに、候補になったばかりの頃はまとわりついても平気だったのに、成長するにつれ微妙な顔で距離を取られる事が増えてきた。それは単に釣り合いの取れた令嬢との婚約が近いから、他の候補は遠ざける必要があるんだろうと思っていたのだがーーー
「下手に触れて君に嫌われるのが怖かったからだ。君は俺が女性にだらしなかった頃を知ってるし、単に自分も手の早い殿下の相手の1人として認識されたんだろう、なんて思われたら困る」
間違ってないけど。
「殿下があの時思いとどまってくれなかったらまず間違いなくそう思ってました」
これは言っておく。
「だろうな」
と苦笑する。だがそれは一瞬で
「まあ、それでも逃がすつもりはなかったがな?」
と不敵な笑みに変わる。
「なかったって…」
「あの事がきっかけで修道院に入ろうが外国に逃げようが、絶対捕まえて、城に迎えるつもりでいた」
「!!」
要するに、あの時強硬突破されてそれが原因で私が修道院に行こうが、されずに4を選んで冒険者になって遠い国に行こうが無理矢理連れ戻してここに閉じこめるつもりだったって事ですか殿下?
「言ったろう?”お前に与えられる道は2つだ”と」
婚約が先か、既成事実が先か選べ。
確かにこのひとはそう言った。
でも。
「その、準備、とか…してる間に、他の誰かを好きになる、可能性だって、あったのではないですか…?」
「ないね。少なくとも俺には」
「何故言い切れるんです?」
「相手が君でなければ5年近く待ったりしない」
「っーー!」
「10才の君は確かに子供で俺は大人に見えたかもしれないが、俺はただの男だ。特に君の前では。12才を超えた頃から君は急に大人びてきてーー段々自信がなくなった。だから距離をとった。実績をあげないとローズ伯やリュートが認めてくれないのもわかっていたしーーー実際君が13になった時 伯に正式に求婚して婚約を と申し入れたがまだ早いと突っぱねられた。君が14になった時漸く許可が降りた。勿論”君の意思確認をしてから”が条件だったけどね?」
「ーーー意思確認、て」
したの、さっきですよね?
「だから入学式の日にする予定だった」
「それでも遅い気がするんですが…?」
私はこわごわきいてみる。
だって。
「一つは、他の候補を抑えてからでないと求婚する資格がなかったから。一つは会う度君に言ってた筈だ、必ず君を妃にすると。そしてその都度君は頷いてくれてたから、承諾は当然して貰えるものと判断した」
「………」
確かに。
候補全員に言ってたと思ってたから社交辞令と思って返事してました、ハイ。
あれが承諾と取られるとは夢にも思わず。
「で、入学式の日に出来なかった求婚を君が病気から回復したらすぐするつもりだったのが、君の辞退宣言で結局出来なかったが伯やリュートには君から承諾の返事を貰ったと報告した」
はいっ?!
「なっ…」
「だって君はあの時言ってくれたろう?殿下がどんな決断をしようとも私はそれに従い殿下の言う通りに致します、と」
はい、言いました。
し、思ってました。追放でも婚約でも好きにすればいいと。
でも、だからって結婚式の日程まで勝手に決めとくなんてアリですかっ!?
ないですよねっ?!
「まあ、逆にあの言葉がなかったらあのまま閉じ込めてたかもしれないけど?」
「じゃあ、もし私がさっき断ってたら…?」
「もちろん、その時は君の言った誓いをタテに結婚を迫る気でいたよ?」
それ、結局1択じゃないですか!
ーー殿下に余計な言質を与えたらダメだ。言動にはくれぐれも気をつけないと本当に喰わ…
いや、それ以前に。
「じゃあ、4か月後に結婚て本当に…?」
急に不安がこみあげる。
「…そんな不安そうな顔をされると困るな。泣かせたい訳じゃない」
「だって…」
殿下の事は好きだけど、両想いだってわかって嬉しいけど、性急すぎる。
「ーーー確かに学園に入ったばかりの君に婚約だけでなく結婚まで話を進めたのは悪いと思っているがーー」
ふいに顔が近づく。
「ーー考えてもみてくれ。外国にいる間にも君に好きな男が出来やしないか不安で仕方なかったのにーーー学園で君はーーーどんどんその魅力をふりまいて周りを虜にしていった」
「ー?ーしてませんよ?」
こう言ったら何だが私は別にモテるタイプではないし、特別美人なわけでもない。リズは美人だが辛口だから好みは別れるかもしれないがモテる美少女タイプといったらヴァニラみたいな子ではなかろうか。
因みに先程”レイディ・ローズ”などと呼ばれた事は綺麗に頭から飛んでいる。
そう思って何気なく言った言葉だったが、殿下の顔が強張る。
「ーー本当に自覚していないのかー…?」
その声音にぞくりとなる。
「俺がどれ程お前が欲しくてたまらないのを必死で抑えてるかわかって言ってるのか…?」
両腕が掴まれる。
「俺がどんなにその胸に顔をうずめたいと思ってるか、わかってて言ってるのか?」
掴む手に力が入る。
やだ、痛い。
それに、怖い。
「やっ…!」
堪らず顔を背けて全力で振り払う。
あっさり離された手が意外で手の主の顔を見返すと、その顔は酷く傷つけられたように歪んでいた。
「…するな…」
え?
「俺を拒否するな!俺以外を見るな!お前は、俺だけーーー」
再び肩を力強く掴まれ、痛みと恐怖で固まる。
そんな私の表情に掴む力が弱まる。
「学園で他の男と親しく話してほしくない。学園以外でも俺以外の男と面識なんて持ってほしくはない。本当なら、ずっとここに閉じ込めて、俺以外の人間に会わせず、一日中抱いていたい」
「そ…んな」いきなりの暴論にそれ以上言葉が出ない。視界が歪む。
それを見て掴んでいた手が離される。
「ーーーだが、それでは君を幸せに出来ない。学園に行く事も、それ以外の事も、俺に出来る事なら何でも叶えよう。君が笑っていられるように、泣かなくてすむように」
そういう殿下の瞳が泣きそうだった。
どうして。泣きたいのは私の方なのに。
「どんなに強がったところで、君が本当に嫌がる事は出来ない。…なら、なんで…もっと早くに言ってくれなかった…?ここにきて、そんなに美しく成長した姿で、俺を拒否するのなら、もっと早くに言ってくれたら良かったんだ…!俺がこんなに君を欲しくてたまらなくなる前に、君が子供でいるうちに…!」
まるで初恋の相手を前にした幼い少年のような叫びに私は驚く。
まじまじと見返すとその双眸は本当に潤んでいて、漸く自分の間違いに気付く。
「すみません、殿下…」
とりあえず謝ると、ショックを受けたように背を向けられてしまった。
違う、拒否したんじゃなくて。
殿下の後ろ姿を急いで捕まえる。そして、背中にぴたりと頭を寄せた。
びくり、と離れて行こうとした背中が止まる。
「確かに、今は結婚なんて考えられません」
「!」
ヒロインに負けるかも知れないとか、追放されるかも知れないとか、ーー殿下が私を嫌いになってしまうかも知れないとか。そんな事ばっかり考えてたから。
「少しくらい成長したって私はまだ子供だから。少なくともレオン様にとってはまだ子供扱いされてると思ってたから」
「………」
だから、気付かなかった。特別扱いされてる事にも、レオン様の想いにも。
「だから、急に大人扱いされて、婚約とか結婚とか、キスされたりとかは、まだ怖くて」
結婚なんてするとしても遠い未来の話だと思ってたから不安で怖くて、こんなの酷いと思ったけど。
私だって酷い。
ヒロインに逢っても逢わなくてもこの人は変わらなかった。
信じていれば良かったのに、そう出来なかった。
どうせ断罪されるなら自分から離れれば傷つかなくてすむって自分の事ばっかり考えて。
それがこの人を傷付けた。私の前ではいつも完璧な王子様でいてくれたこの人をここまで追い詰めた。だから、
「正直、殿下の事はまだ怖いです。でも、ーー好き、ですから。すぐに は難しいですけど…」
婚約も、結婚も、殿下の想いも。
「ちゃんと受け入られるように、努力しますから…もう少しだけ、待って下さい。本当にーー」ごめんなさい、と言う前に抱き締められた。
「!?」
余りの早業にまた一瞬押し返しそうになる。
寸前で思いとどまって、力を抜く。
それがわかったのか抱き締める力を緩めたレオン様は、ゆっくりその手を解くと「…ありがとう」と見たことのない顔で笑った。




