悪役令嬢、キレた殿下に遭遇する
楽しんでいただけたら幸いです。誤字脱字は後から修正予定です。
「……本気で言っているのですか?」
「はい、王子妃のような大役は私にはとても務まりません」
「………」
王妃様の私室でのやり取りの後、私はこの部屋で暫く待つように、と言われた。
王妃様は勿論止めて下さったがどうにも私の意思が固く、「貴女の気持ちはわかりました」
と言っては下さったものの、直ぐに「はいそうですか、受理しましょう」
とは行かなかった。
単に候補の一人なのだからすぐに許可されると思った私は意外だった。
勿論、私のような小娘が一人ですぐに王城で王妃様に面会出来たのには理由がある。
現王妃様は私の叔母なのだ。
小さな頃から可愛いがっていただたいていた私は公式なお茶会だけでなく、王妃様の個人的な茶会にも結構頻繁に招かれていたりする。
王妃様付きの侍女方にも顔パスレベルな私にはそう難しいミッションではなかった。
__これからはそうも行かないだろうが。
「今までは可愛い姪っ子 兼 いつか義理の娘になるかもしれない娘」
という事で目をかけていただいたのにこんな我が儘を通しにきたのだから。
私が婚約者候補を辞退したい、と告げた時の王妃様の固まりようはなんというか__凄かった。
こう言っては何だが王妃様は剛毅なお方だ。
滅多な事では人前で狼狽えたりなさらないのに、あんな風に固まるなんて。
__物凄く不味いことをしてしまった気がする。
確かに、父にも殿下本人にも告げずいきなり王妃様に告げるのは暴挙だと思う__けれど他に方法がなかったのだ。
父には常々「殿下の婚約者候補なのだから、例え正式な婚約者でなくともそれに相応しい振る舞いをするように」
と口を酸っぱくして言われ続けてたし、それは兄も母も同様だ。
言えば止められただろうし、かと言って願いでる事も出来ない。
何しろ母は私がじきに嫁ぐと疑ってないような態度さえちらほらみられる。
婚約もまだなのに、気が早いんじゃ?
と常々思っていた所に、“前世の記憶取り戻しました”事件である。
「このまま行くと私バッドエンド一直線、どう考えても追放ですのよ?」
とか言えないし。
幸い王妃様は「何か困った事があったらいつでも相談なさい、貴方は私の可愛い姪なのだから」
と口癖のように仰ってたから王妃様から話してもらえれば割とすんなり収まるんじゃないかなー、父にしろ殿下にしろ……何しろ殿下にとっては母君な訳だし。
とか思って突撃しちゃったけど見切り発車すぎたろうか?
でもこういうの勢いでいっちゃわないと却って身動き取れなくなるのよ私、昔(前世含め)から。
もしかして不敬罪とかなっちゃう?お見舞いのお礼しにとか言っときながらコレはさすがにヤバい?
いやもう遅いけど。
あ゛ーもうならいっそ今回の事で咎を受けて謹慎、最悪修道院送りになってもいいや!
精神病院は勘弁だけど、いっそ神殿とかに仕えさせてくれないかなー。私の魔力なら歓迎されそうだけど。
断罪されて追放されるよりマシよ!と開きなおって脳内会議(はたから見るとただの一人百面相)が終わると漸く私は目の前に広がる景色を見る余裕が出来た。
ここは王城の一角、中庭にある薔薇園が一望できるバルコニーだ。
婚約者候補の令嬢達は年に数回、王子臨席のお茶会に招かれる。
場所はその時により様々だが、私はここから眺める景色が大好きだった。
それを知った殿下は私とのお茶会は必ずここで開いて下さるようになり、季節ごとに入れ替わる薔薇の眺めは素晴らしかった。
「……ここからの薔薇もこれが見納めかな……」
もう殿下のお茶会に招かれる事はない。
今回の結果次第では登城の機会さえあるかどうか。
と感傷に浸りかけた私の背にざわり、と寒気が走るのと同時に声が掛けられる。
「体はもういいのか?」
今一番会うのを怖れていた人の声に驚愕しつつ私は慌てて振り向く。背中越しに会話をして良い相手ではないからだ。
「っ殿下……!!」
振り向けばやはり。
殿下その人が爽やかな(ただし目は笑ってない)笑顔で立っている。
どうしてここに…
との考えを隠す様に(というか主に顔を合わさないのを目的に)淑女の礼を取る。
“今日は公務で殿下は城におられない。”
そう知っていたから今日来たのに、__何故今ここに?
と考えた表情は見えなかったはずだが、
「今日は君が登城すると聞いてね、予定を早めて戻ったんだ。」
「………」
そうですか、どこの誰がそんな余計な真似を__じゃなくて。
嫌な汗が背を伝う。
「母上に今さっき聞いて驚いたよ、私との婚約を破棄したいって?」
声音が怖い。絶対どす黒いオーラをしょってる気がする。
私はひざまずいた体勢はそのままに顔だけあげ、
「お、恐れながら殿下っ…私はあくまで婚約者候補の一人でっ……!」
他にも候補は沢山いらっしゃいますよねっ?!__までは、言わせてもらえなかった。
強引に両腕を掴んで立ち上がらせられ、
「何故だ?」
と至近距離で問われる。
「お、王妃様にもお話しました」
「何故だときいている。確かにまだ正式には発表されていない。だが私は君を必ず妃にするとずっと言ってきたはずだが?そして君もそれに頷いてきたはずだ。高熱で記憶でもなくしたか?」
なくしたのではなく増えたのです、殿下。
心中ツッコむ冷静さは残っていたが、距離が近すぎて思考が停止しそうだ。
少しでも距離を取りたいが両手をきっちり抑えこまれている状況ではどうにもならない。
仕方なく顔だけそらして返答する。
不敬だの何だのはもう今更だ。
「記憶を無くした訳ではありません、ですが寝込んでいる間に思ったのです。こんな風にまともに学園にすら通えない私に高貴な方の妻など務まるはずがない、と。」
「………」
殿下が黙ったままなのを良いことに、
「私には殿下の妃など務まりません!」
だから、放して下さい__と、続ける事は出来なかった。
いきなり抱きすくめられ、唇を塞がれたからだ。
「っ……!!」
優しいキスなんてものではない。
貪るように深く唇を吸われ、抱き締める腕は身体中のどこが一番触り心地が良いか値踏みするかように這い回る。
呼吸が出来ずに必死に腕の中から逃げ出そうと足掻くが全く歯がたたない。
それどころかバルコニー間際から室内への入り口近くの壁まであっさり引きずられていった。
どのくらいそうしていたのか、私が呼吸困難になる一歩手前で、漸く殿下は手を放した。
必死に離れようとしてた反動で、勢いよく後ろに倒れ__込むまでもなく壁がある。
(け、計算……?)
さっきまでバルコニーの先端にいたのに今は壁際、目の前に敵。
ーーなんだこの状況は?
「どうして……?」
今までの付き合いと目の前のこの人の行動が一致しない。
確かに基本俺様系王子で攻略対象の中では一番女性経験が豊富そうで?
でもってプライベートでは砕けたオレ様口調になるが普段の王子様モードではそれは完璧な王子っぷりなのだ、この殿下は。
何より、この人は今まで色めいた目付きで私を見てきた事はない。
覚えてる限りでは。
外国人が良くやる軽いキスやハグすらしてきた事がない。
せいぜいエスコートされた手の甲にキスされるぐらいだった。
なのに、
「わからないか?」
すみませんわかりません。
なんかヤバい状況だって事はわかります。
「俺が待っていたのは無駄だったというわけか……」
私は(脳内含め)茫然と固まったままだったので呟きの内容はききとれなかったが元々大して取れてない距離を殿下が更に詰めてくるのが目に入る。
突差に
(逃げないと!)
という防衛本能だけが働き部屋の中へと逃げ出した。
私が追い詰められていた壁のすぐ横はバルコニーと部屋をつなぐ窓で、開け放たれたままだった__ので、(部屋の外まで逃げられれば!)と足を踏み出した途端、
「この状況で俺から逃げられると思ってるのか?」
あっさり殿下に捕獲された。
先ず左腕を後ろ手に引っ張られ、そのまま身体ごと後ろからがっちりホールドされた状態で耳元で囁かれ、全身が総毛立つ。
一人称が俺になっている。
ヤバい、こういう時の殿下は本気だ。
刺激しては不味い。
だが、余計な所で生来の負けず嫌いが顔を出した。
「恐れながら殿下。私はモノではありません。意思を持った人間でございます。」
私だって本気だ。
でなければ王妃様に直談判なんかしない。
例え課された役割が悪役令嬢であっても、殿下に恋したのは本当だから。
貴方に悪役令嬢だと認定されたくはない。
「だから、『そうか』」
(断罪される前に逃げたいので) 放して下さいーーと続ける事は出来なかった。
殿下は片腕で私を横抱きにしたまま室内の隣室へ続いてるらしい(私は近付かないように、と言われた通りバルコニーに通り抜ける際に見た事くらいしかない)ドアノブへと手をかけた。
私を抱えたまま通じる部屋へと入ると扉を閉じた。
目の前に豪奢ではないけれど上質、煌びやかではないもののさり気ない趣味の良さが活かされた執務机や調度類が目に入る。王城でこんな部屋は見た事がない、国王とも王妃の趣味とも違うこの部屋はーー
「俺の私室だ。俺の許可なしには誰も入れん」
……ソウデスカ。
言うと同時に両手で私を抱き上げ、ベッドの上にやや乱暴に投げたかと思うと、そのままのし掛かってきて両腕を抑えつけられる。
いや、この場合押し倒されるか。
なんて現実逃避をココロみる努力はあっさり翻される。
「なら、お前に与えられる道は二つだ。今ここで俺に抱かれてその既成事実を持って婚約者となるか、正式に婚約者となってから俺に抱かれるか、今すぐ選べ」
伏線回収はまだ遠い…かな?