悪役令嬢、生き餌の気分を味わう
「だが、”他の令嬢達から守る”事は出来ていなかったな…後で伯にもお詫びに行かないと。すまなかった」
「い、いえ…」
だって、婚約者候補って平等だと思ってたし。自分が子供なのも本当の事だし。
急に真摯に謝られ、どうしていいかわからなくなる。
「それで、改めて訊きたい。
君は、私の事をどう思っている?」
「ーーー」
私は固まる。
ーーー初めて会った時綺麗な人だと思った。なんて綺麗で宝石のような瞳の持ち主だろうって。
ーー刺されたのを見た時は助けたいと思った、本能で。
婚約者候補に加えられた後も、嬉しかったけど殿下の私への態度は変わらなくて、自分は子供で殿下は大人だから大人の女性じゃないとダメなんだと勝手に失恋して落ち込んで。
せめて妹ポジションで傍にいたかったけど殿下は外国に行ってしまってーーいや、でもーー
「外国に行ってたのって…」
うっかり心の声が口に出た。
お父様に反対されてたからって、言ってたような?
「リュートとも約束してたからな、君が年頃になるまでは手を出さないと」
「?!」
うっかり呟きに予想外の答えが返ってきた。
殿下のその言葉に春先ここであった出来事がフラッシュバックする。
ここで殿下が暴走しかけて、帰宅を待ち構えていた兄ーーー「何かあったのか?」と二度訊いてきた。あれは…
「まさか…」
「あぁ、私はあの時君にプロポーズするつもりだった。正しくは入学式の後。だが君は入学式の日に倒れて寝込み、起き上がった途端、私の婚約者候補から外れたいと申し出てきた」
ーーーそれは……
ーーー最悪だ。
「申し訳ありません……」
私はこれ以上出来ないくらい頭を下げる。
だって、いくら記憶が戻って、断罪が怖くて、殿下からは子供としか思われてないと思ってたからって、私の為にここまでしてくれていた人に。
ーーー何て事をしたのか。
「良い。君が祝祭まで、と言っていた意味もさっきの騒ぎを見て何となくだが理解した」
え そうなの?
「君は奴らの企みに気付いたからあんな行動に出たのだろう?」
違うけど(ヒロインの存在が元凶なので間違いでもないが)、説明しようがないから納得してくれたならまあいいか?
「君は言ってたろう。”万が一にも第三者の手により殿下の御前に姿を現せない等不測の事態でも起きない限り、逃げません”と」
よく覚えてるな。断罪イベントが成り立ってしまった場合、その場で追放決定、”会場から身一つで追い出される”ルートも有り得た為に言っといた言葉だったのだがーーー実際キャロルには私を始末するルートもあったみたいだから本気で害される事態もあり得たわけで….
「フォレスタ公爵令嬢(リリアンヌの事だ)は姉妹揃って君を排除しようとしていたし、他の令嬢の君への嫌がらせも止められなかった。実際あの時点では奴ら全部を押さえる事が出来ていなかった私にも責がある」
どちらにしろ、”第三者に害される事態”には違いない。
ので、
そういう事にしておこう。
「だからその事はもう良いーーーその上できかせてくれ。君は、私の事をどう思っている?」
えー…と。
そういえば1番先にそう訊かれたんだった。
途中で思考がズレて忘れ…いや、答えから逃げようとしてた。
だって、1度もした事がない。告白なんて。
現世も、前世も。
たった二文字の言葉なのに、声にするのがこんなに難しいなんて、知らなかった。
いっそ目を閉じれば少しは言い易い。
けど、それでは駄目だ。
もう逃げない。あの日、そう決めた。
私はすぅっと 息を吸い込む。
「殿下の事が、好きです。初めて会った時から。私が子供でも、殿下に釣り合わなくても。殿下の瞳に映るのが私だけだったらいいと、ずっと思ってました」
ルビーの双眸が驚いたように見開かれる。顔が熱い。きっと真っ赤になっている。
瞬間、殿下はこちらに手を伸ばしそうになってーーー慌てて引っ込めた。そして、顔まで逸らされた。
「!!」
私はショックで固まる。
「ーーー待て」
はい?
「勘違いするな。いいな?俺が落ち着くまで、ちょっと待て」
あ、一人称が俺になった。
そういえば、いつも私やお兄様と話す時は俺なのに(公式の場は別として)今日はずっと王子様モードだったな と思い返す。
あの広間では当然だが、この私室に戻ってからもずっとだ。
「いきなりそんな真っ直ぐな瞳で嬉しくなる事を言うな。おかしくなる」
そう言う殿下の顔がまだうっすら赤い。
「”殿下”でいれば、何とかなると思ったのに、これはお前のせいだぞ?」
言いながら私の顔に手をのばした殿下は、私の顎を指先で軽く持ち上げ、唇にキスを落とした。
キスは一回で終わらず、二度、三度と繰り返されるたびに深くなる。私は息が出来なくなって、殿下を押し返す。
幸い、前回と違い殿下はあっさり離れてくれた。
「なんだ、もう降参か?」
「そういう問題じゃありません!」
「ーーやっといつもの調子が戻ったな?」
意地悪く笑う殿下は楽しそうだ。
「ーーー」
そうだった。殿下の知ってる私はそもそもこういう子供だった。お転婆で、気が強くて、怖いもの知らずで負けず嫌いの子供。
では、今は?
婚約者。結婚を約束した人に使う言葉。
ーーーー
「あの、結婚て?」なんでそんなに急ぐんだ??
今更だが、その事実に落ち着いて(?)驚愕する。
「…今更何を言っている」
殿下の事は好きでも、すぐ結婚 とかまで考えていなかった。
だって。
「わ、私まだ14ですよ⁉︎」
「だから15になるまで待つと言ってるだろう」
「15になった途端もおかしいです!」
「お前が発育不良なら少しは考えたがな?生憎お前はどうみても発育不良じゃない」
「なっ…!」
そう言う殿下の視線がどう見ても胸元に集中してるように感じて私は慌てて両手で胸元を隠す。
「今それをやっても意味がないぞ?」
「が、学園は?私まだ1年なんですよ?」
「だから卒業まで待つと言ってるだろう」
卒業までは手を出さないでいてくれるって事だろうか?所謂白い結婚みたいなーーー??
私のその希望的観測はあっさり砕かれる。
「手を出さないとは言ってない。子供が出来ない様に注意すると言っている」
「そんなっ!!」
冗談みたいなやり取りだが実際冗談どころではない。
確かにあの学園は既婚でも特に問題はない。そしてこの世界の避妊薬は魔法薬なので女性用も男性用もある。どちらからでも避妊は可能なのだ。
ーーけど。
断罪されるかどうか、それをどうやって回避するか。そればかり考えてた私は結婚なんて全然考えてなかった…
「結婚は、卒業後じゃダメなんですか?」
「そんなに待てる訳ないだろう」
「待てない、って…」恐るおそる訊いてから及び腰になる。訊いといて難だけど答えをききたくない。
「生憎俺は至って正常な成人男性なんだ。そこん所理解してもらえると助かるんだが?」
「っ!!」
やっぱりきくんじゃなかった!!
知らず後ずさる私に殿下は余裕の笑みを浮かべる。
「心配しなくても結婚式が済むまでは手は出さない。だがーー」
あっさりと距離を詰められたと思ったらそのまま抱き上げられてベッドに運ばれる。
言葉と行動が合ってません殿下!!
抗議を口にする前に唇が塞がれる。
「ーっー」
噛み付くようにキスをしてから、
「キスの拒否は許さない。わかったな?でないと俺の理性は一瞬で瓦解するからな?それからーーー2人の時は名前で呼べ」
言ってみろ、と顎を挟まれ目線で促される。
「レ、レオン様…」
「様はいらん。公式の場ではレオン様でいいがプライベートでは呼び捨てでいい。言ってみろ」
「レオン…」私は暗示にかかったように応える。魔法にかかったように思考も身体も動かせない。
殿下は満足気に笑うと首すじ、肩、腕、胸元、とあらゆる場所にキスの雨を振らせた。
軽く触れるキスだけでなく、髪や服で隠れる部分はドレスをわざわざずらしてきっちり跡が付くように深く吸いあげている。さすがに怖くなって身じろぎすると、許さない、という風に更に強く身体をベッドに押し付けられ、ついでに胸を掴まれる。
「ーっ!」
なんだろう、この感覚。キスされてるというより、
ーー猛獣の檻に生き餌として放り込まれた気分?
いや、そんな経験ないけど。
人喰い虎に味見されてる気分だ。
逆らうと喰われる。
そう判断した私はただただ固まって殿下の気が済むのを待った。
ようやく殿下の気が済んで、身体が放された頃には私はぐったりしていた。なんか身体中の生気を吸い取られた気分だ。
キスってこんなに疲れるもの?
なんだかくらくらするがここで倒れるのは絶対危険だ。
私も急いで身体を起こしてドレスの乱れを直す。いくら贈ってくれたのが殿下でも、好きに乱しすぎだこれは。
早く帰って…ん?
「あ、私、」家には祝祭の後殿下にドレスのお礼を言ってから帰る、としか言ってない。城に着いてからどれくらい経ったのだろう?
「ローズ伯の家には連絡してあるから問題ない。今夜は城に泊めるとな」
ーーーはい?
主人公の突っ込みがーーは?とか ーーえ?ばかりになってるレオンの独壇場、ドレスがしわになるとか心配する必要はなかった…(笑)




