悪役令嬢、会場から華麗に連れ去られる
閉幕しても、主役は主役。ゆえに安息日はない(合掌)。
ーーーなんて認識は甘かった…
いや、断罪イベントが終わった事は間違いない。だが、私の試練は終わっていなかった。忘れていた訳ではない、この祝祭がどんな形で終わるにせよ、この後殿下と話をするつもりではいた。
はい、いた。です。
殿下がまさかここに直接現れて話し出す なんて思っていませんでした……
殿下は私の腰を抱いたまま皆の方に向き直り、一旦離すと
「皆、晴れの舞台の日に愚弟が失礼をした。王族として、またあれの兄として謝罪する」
と頭を下げた。皆、いきなりの王族の謝罪に息を呑む。もちろん私もだが、今は頭が???マークだらけでそれどころではない。
「お顔をあげて下さい殿下。この場を治めて下さって感謝しています。生徒会長として何も出来ず申し訳ありません」
こちらも負けず劣らず頭を下げる。
ーー確かに、生徒会長何もしてないな…
「いや、いくら王族でも限度というものがある。あそこまで愚かとは私も思わなかったが…」
まあ、確かにいくら末の王子で甘やかされててもあそこまでおバカさんに育ってるとは、私も思わなかった。もうちょっと小賢しいボンボンに育ってると思ってたのだ。ラインハルトも、ついでにあのヒロインも。
ちやほやされるのが当然という雰囲気は初めて会った時からずっとあったが、それを利用する術は心得てたようだし?
だが、最初の挨拶以降王宮の行事で見かける事はあっても会話した事はなかった。
それくらい、互いに興味がなかった。
そして挨拶以来の初めての会話がさっきのアレである。
もう何というか、どう突っ込んでいいのかわからない。
「奴らは全員放校処分となる。もうここに来る事はないから安心してくれ」
殿下の言葉にわっ と大半の生徒が安堵と喜びを表すなか、青い顔の生徒がちらほら見える。特権派の生き残りだろう。
まあ、旗頭どころか主だった者が全員放校処分になったのだ。さすがに保身に走るしかあるまい。
「それにしても、ローズ伯令嬢のドレスは殿下のお見立てだったんですね。あまりに美しいので注目の的でしたよ」
ちら、とこちらに目を流しながら言われるがーーードレスが ですよね?そんな希少なものだと知ってたら怖くて着てこれませんでしたよ…
顔はもう扇子で隠す以外どうにもならないくらい、固まってたと思う。
が、殿下はさらなる爆弾を投下した。
「ああ、あの国で一目見た時からこれだと思ってね。愛する婚約者のデビューには最上の物を用意するのが婚約者の務めだろう?」
さらっと歯の浮くようなセリフを吐かれ、私の体温は上昇し、女生徒達は黄色い悲鳴をあげた。
なんか王子様モードが嵌りすぎてて…怖い。最後に会った時の俺様暴走モードを知ってるだけに尚更怖い。
なんて考えてる私の身体をぐっ、と抱きよせ
「皆に改めて言っておこう。2ヶ月後私の20の誕生日にセイラは正式に婚約者としてお披露目されるが、その更に2ヶ月後セイラの15の誕生日に私達は結婚式を挙げる事になっている。学園はこのまま在籍し卒業させるつもりだが、生徒会役員としての責務を果たすのは難しくなる事と思う。迷惑をかける事もあるかと思うが皆、よろしく頼む」
ーーはっ?!いや待って、そんなの聞いてない…!
どよめきがはしる広間で1人冷静なまま、
「4ヶ月後には挙式とは…随分急ですね?」
とカインが言う。
あ、ありがとう生徒会長!何もしてないとか言ってスミマセン、ですよね?!何かの間違いですよね?
「いや、そうでもないぞ?準備自体は昨年からしてたからな?」
いや、昨年殿下まだ帰国してなーーいや、秋に、私の14の誕生日に合わせて帰国したのってまさかーーー?
「そうだったのですか」
あっさりカインが納得する。
「ああ。ちょうどこの生地ーーメルクと云うのだがーーこれの輸入条約の目処がたった所でな。ドレスの準備もその頃から始めていた」
会長に答えるというより私の顔を見て噛んで含めるように言う。
「ウエディングドレスは、このメルクの純白をたっぷり使った物を今誂えてもらっている」
ーーはい?
「ほぉ…」
さすがに会長の顔も引き攣る。彼も公爵家の人間だ、同じ考えに行き当たったのだろう。
このメルクという生地は、光沢も肌触りも素晴らしいが、製造工程でどうしても僅かながら繊維が交じり元は白なのだが濁った白にしかならない。
だから鮮やかな色に染めて出荷されているのだ。純白にするには大量に生成した生地の真っ白な部分だけを切り取りそれをまた繋ぎ合わせるという手間がかかる逸品で滅多にお目にかかる事が出来ず、値段も桁違いに高価だとーーー
「で、殿下…?」嘘 です よ ね…?
メルクは色のついたハンカチ一枚でも貴族の普段着1着と等価だと聞いた。それの純白をたっぷり使ったウエディングドレスって…最早想像するだけで恐ろしい。
「ローズ伯令嬢は、ご存知ではなかったのですか?」
「びっくりさせようと思ってな、黙っていた」
私の疑問の視線には答えずに、カインににこやかに応じる殿下の目線は黙っていろ、と言っているーーーような気がする。
どうしよう、逃げたい。
そんな私の気持ちを汲んでくれる人など誰もおらず、
「皆、晴れのデビューを汚してすまなかった。お詫びといっては何だが良ければ王宮で開かれる私達の婚約パーティーに招待させて欲しい。夜会は各国の使者達も来てしまうから無理だが婚約パーティー自体は昼間のガーデンパーティーから始まるからそこは自由に出入りしてもらって構わない。私とセイラは夜会の準備があるから昼間顔を出せる時間は少ないが、セイラの学友に1人でも多く来てもらいたい。もちろん2年生もだ。今日の為に心を砕いてくれたのにすまなかった」
…なんでそこのフォロー及び段取りまで完璧なんですか殿下?私もう倒れてもいいですか?
殿下の言葉にわっと歓声があがり、
「おめでとうございますセイラ様!」
「是非出席させていただきます!」
「素晴らしいですわ!さすがレイディ・ローズ様!」と声があがる。
ーーん?
「あの、レイディ・ローズって?」
何のこと?
本気で疑問の顔の私に殿下と会長が同時に吹き出す。
「君って人は…あれだけ目端が利くのに自分の事には無頓着ですね?」
「全くだ。私でも知っているぞ?」
それはそれで問題な気がしますよ殿下?
「君の所作が素晴らしく美しいのは講師の先生も認める事実だろう?それに特権派の上級生にすら一歩も退かず立ち向かう凛とした姿に憧れる生徒も多い。ーーーそこでローズ伯爵令嬢に付けられた渾名だよ。君にぴったりだ。レイディ・ローズ」
「………」
生徒会長の言葉に、
私は ぽかん と口を開けて固まった。扇子を落とさなかったのが奇跡だと思えるほど。
「では、申し訳ないが私達はこれで失礼する。色々決めなければならない事があるからね?」
最後の ね? に込められた意図を感じ取って、かろうじて正気に戻った私は殿下にエスコートされて広間を後にする。
「おめでとうセイラ!幸せになってね!」
無邪気なヴァニラの声とその背後で「後でゆっくり説明してね?」という目で苦笑するリズに曖昧な笑みを返しながら。
会長は普段セイラをセイラ嬢、もしくは君と呼んでいますが殿下の前ではローズ伯令嬢と呼んでいます。最後、うっかり君に戻ってますけどね(笑)




