始まった断罪イベント
断罪イベント、始まりました。
「セイラ・ローズ!こっちに来いと言ってるんだ!きこえないのかっ!?」
ーーーうっさいな。
さっきまでの気分が台無しだ。
「何かあんな真似されるような事あったの?」
「いいえ?ないけど、あちらのシンパ達が周りをかなりうろついてたのは確かね。まあ、想像はつくけど。これ以上騒がれるとうるさいし迷惑だから、行ってくるわ」
「だ、大丈夫なの…?」
「問題ないわ。楽にしてて、ヴァニラ。ーーー終わらせてくるわ」
くるりと友人に背を向けて王子の元へ歩き出す。
その際、光沢の乗った生地がさらりと揺れ光るさまに、そんな場合ではないのだが周りからため息が漏れる。
ーーまるで足元に青いオーロラでも纏ってるかのよう。
というのがこの場にいた生徒たちが後日話していた共通の感想ーーだったのだがそれを纏っている本人は知るよしもない。
その凛とした崩れない姿勢に、キャロルはさらに苛立った。最初会場に入ってきた時は、ぱっと見だけは目を引くが青一色なんて。つまらないドレスね。ま、お顔が地味だし仕方ないかもーーーと思ってバカにしてたのが歩きだした途端ドレスの細工に気付き啞然とした。
シャンデリアの光の下、一歩 歩くごとに違う光り方をするドレスは、水面をしずしずと歩いてるようで、見た事のない生地で出来ていた。そしてあの刺繍とグラデーションは、このシャンデリアの下で最大に光り輝くように緻密に計算されたもの。それを思い知り、ギリッと歯嚙みする。
子爵令嬢には過ぎた贅をこらした自分のドレスが急に地味に感じる。あの女のせいだ。
「殿下、予定通りあの女に思い知らせてやりましょう」
「そうだな」
豪奢な椅子に足を組んだまま、ラインハルトは合図を出し、セイラを呼んだ。
「何の御用でしょう?」
「相変わらず礼義を知らん女狐だな。今からその化けの皮をはがしてやる」
「………」
とりあえずしゃべらせとこう。
「まず、権力をかさにきたお前の日頃の行いは目に余る。尊重すべき人間を尊重せずに所構わず言い掛かりをつける様は見られたものではない」
ん?権力をかさにきた象徴になんか変な事言われたぞ?
「見てた事なんてありました?いつもご自分は今の様に椅子に踏ん反り返って手下のようにこき使ってる生徒に指示を出してただけでご自分で直接赴いた事なんてありませんよね? そもそもちゃんと最初から見ていた方なら私の方から言い掛かりをつけた、なんて言う筈がありません。最初に話しかけた方が言い掛かりを付けた事になるなら言い掛かりを付けたのは相手の方です」
ホールの一角にわざわざ豪奢な椅子を運ばせて、クッションを周りに敷き詰めて。自分達だけがここの主役みたいな顔をして、馬鹿みたいな王子様は倍以上の言葉を返されぐっと詰まる。
「しかし言い方というものがあるだろう!そうやって人を馬鹿にした態度ばかり取るから「人の話きいてました?言い掛かりを付けられていたのは私の方だと申し上げました、話しかけただけで言い掛かりをつけた事になるなら何でもありではないですかバカバカしいそもそも今私をここに呼びつけた事自体が言い掛かりでしょう!」
言い終わる前にたたみかける。時間をかけるつもりはない。
「ーーーいい態度だな。ここで少しは反省し謝罪すれば少しは手加減してやったものを」
あ、開きなおった。そもそもこの人に謝罪しなきゃならない事なんかあったっけ?
私はとっくに戦闘モードだ。
「マナーレッスンで落第だというのも納得だ。その態度ではな」
ふん、と馬鹿にしたように笑う王子に周りも同調する。普段私にやられっぱなしのリリアンヌ様がなんか凄く嬉しそうだ。
「何でもレッスンを受ける資格はないといわれて教室から追い出されたとか…」「伯爵令嬢とは思えませんね、良くこんな場に顔を出せたものだ」「それで淑女デビューなんて、恥ずかしくないのかしら?」
ーーーああ、なるほど。
確かに私はマナーレッスンは受けていない。この学園の必須科目にはマナーレッスンがある。マナーは初級・中級・上級とあり初回で教師がレベルを判断しクラスを振り分ける。
因みに
初級=茶会・夜会出席レベル
中級=茶会・夜会主催レベル
上級=妃教育及び講師の免状レベル、ごく少数
である。
私は上級クラスに振り分けられ、その初回で講師の先生にもう授業に出なくていいと言われた。だがそれはーーー
「違いますわ!」
私が声にする前にミセス・エッセルの声が割って入った。厳しくて有名なマナー講師の先生である。
「セイラ嬢は落第などしておりません!」
そう。私も最初はえ まさかの落第?!
と 思って固まった。するとミセス・エッセルは苦笑を浮かべて
「落第と言ってるのではありませんよ。貴女に今からレッスンは必要ないと言ってるのです。今日で卒業という意味ですよ。要するに、免許皆伝です。ですので、この時間は別の科目にでもあてなさい。他の先生がたには私から話しておきましょう」
と言われたのだ。ミセス・エッセルの厳しさは有名で、学園卒業までに合格をもらえる生徒は稀だ。これにはさすがにびっくりした。
かつがれたのかと思ったが、毎月城でお茶会に出てたのが功を奏したのだと思う事にして、空いた時間は魔法訓練にあてた。
その過程を上級クラスの生徒は目の前で見ていた為当然皆知っている筈なのだが…、哀しいかな目の前の皆さんは中級クラス止まり、キャロルに至っては初級クラスだ。
きっと私の事を探るうち噂をきき確認したところ確かに私はマナーレッスンに出てないので自信を持ったのだろう。
話をミセス・エッセルからきいた面々は目の前で青くなった。
私は何もしていないが。
「で、お次は?」
まさかこれで終わりじゃないだろう。さっさとしろ。
その言葉に顔を蒼白から真っ赤に変えた王子は
「そ、そうだっ、貴様やるに事欠いてキャロルが茶会に着るドレスに紅茶をかけて台無しにしたそうではないかっ…」
え そのネタやんの?
まあ教科書を破いたとか靴を隠した とかよりはましか?
「証拠は?」
私は扇子を口元をあてながら言う。そろそろ令嬢言葉が崩れそうだ、気をつけなければ(しょってる)猫が逃げ出してしまう。
「それは、その部屋から黒髪の生徒が出て行くのを見たという証人が、」
「つまり、顔は見ておりませんのね?髪色なんて鬘で何とでもなりますわ、次っ!」
「な、なんだとっキャロルは可哀想に泣いていたんだぞっ?」
「キャロル様の涙が証拠なんて世迷言は受け付けませんわよ?確実な証拠がある事だけお話下さいませ。それとも王子は全校生徒を泣かせたいのですか?」
この祝祭、主役は新入生全員で裏方は2年生が主に受け持っているのだ。
生徒会役員(生徒会長が出てるのはダンスに誘われず落ち込む生徒を出さない為の保険だ。そういうサポートメンバーもしっかり配置されている)は言うに及ばず昨年何らかの事情で出席出来ず、今年は出たいという生徒や2年生からの転入生(ルキフェル殿下は昨年の夏休み明けから留学してきたのでこれにあたる)を除き、2年生はマナーに今いち自信がない生徒の個人指導、同じくダンス補講の相手、ドレスアップのアドバイスから手伝いまで。
マナーレッスン中級クラスの生徒にとっては実地研修も兼ねて。
勿論差配自体は教師や王室からの手伝いがほぼ担っているが初めての夜会に不安と期待を抱く下級生の全面サポートは上級生が行う。
昨年、自分達がしてもらった様に。
それを受け取る下級生達だってこの日の為にドレスを選びマナーを学び、ダンスの練習に励んでこの晴れの舞台に臨んでいる。個人の感情でぶち壊していい舞台ではないのだ。
そこの所、わかっててこの騒ぎを起こしてるんですか?
「何の話だっ」
ーーーわかってませんね、わかってたけど。




