朝の風景
俺に男の婚約者が出来て一夜が過ぎた。
俺は眉間に縦皺を深々と刻んで、目を細めた。
何故朝からこんな気分にならねばならないのだろうか。
「……すぅ…」
それというのも全て、俺の隣ですやすやと小さな寝息を立てて眠っているこいつのせいだ。
「っ……!?」
「…すぅ…」
瞼を開けた途端、目に飛び込んできた見慣れない色に正直びくっと身体を揺らしてしまった。
情けないことに俺は不意打ちにどこまでも弱いようだ。
そのせいで寝起きなのに頭が完全に覚醒している。
…今ある現実を否定しようがなかった。
昨日の出来事はもしかしたら夢かも☆なんていう俺の淡く健気な期待を知ってそれを踏みつけにきた様な行為だ。
本当最低な野郎だ、こいつは。
だけど。
「……」
寝顔も可愛いんだな、こいつ。
どこまでも小憎たらしい奴だと思う。
こんな奴に好かれてるのは確かに悪い気はしないけど。
だけど、それだけで性別の壁をぶっ壊せるような俺じゃない。
乗り越えられる俺じゃない。
…乗り越えたくないのが本音だけど。
………つーか、人の布団に無断で潜り込むのはよしてくれよ。
俺、マジでびびったんだって。
とりあえず(何がとりあえず?なんでとりあえずでそうなるの?)頬を突っついてみる。
「うお…」
温かい以前にすごくもちもち…触り心地よくない?
つい癖になりそうなそんな感触。
「赤ちゃんみたいに…、」
柔らかいほっぺたしてるんだなぁ…。
少し目許が和んで、眉間に刻まれた皺は薄れていく。
そんなときだった。
「うへへ…♪遥、僕の頬の感触が気にいった?」
パッチリと目を覚ましたエニスと眼が合った。
開いた瞼から人のそれより少し大きめの丸い翡翠の瞳が覗いて、嬉しそうに細められる。
「……」
途端、俺の機嫌が再び降下した。
眉が真ん中へ寄っていくのが分かる。
これ、あんまりすると癖がついて歳いったらとれなくなるって聞くけど本当なのだろうか。
エニスがごろんと寝返りを打ってうつ伏せになる。
それから俺を上目で見つめて、
「おはよう、遥」
再び目を閉じた。
……何がおはよう、だ。
二度寝するつもりなら俺におはようとか言うな!
ムカついたから、
「お き ろ」
布団をはいで、窓を全開に開けてやる。
はっはっは。
どうだ。
冬の朝に窓全開って寒いだろ!
…もれなく同じ部屋(俺の部屋だからな)にいる俺も寒いけどな。
「う〜…ひどいよ、遥ぁ…」
何がひどいだ。
それを言うならお前の考えのほうが相当ひどいだろう。
人の布団に潜り込むって…普通考えられないだろう。
いくら婚約者になることを認めたからといって知り合ったばかりでそれをするのはどうかと思う。
いや、知り合って何年経とうが男同士でそれはしたくない。
されたくないし、して欲しくもない。
叩かれても仕方ないだろう。
俺の席の隣でエニスは涙目で頭をさすりながら、上目遣いで俺を睨んだ。
一応睨まれているようだが、全くそんな気はしない。
そこに不憫さを感じてしまうな。
とか、思いながら黙々と箸をすすめてゆく。
因みに言っておくが、今は食事中である。
俺とエニスの二人は居間においてあるコタツの上で朝ご飯を食べている。
台所にもテーブルがあって昨日までは俺もそこを使っていてそれでよかったのだが、昨日そこへエニスがやってきてしまった。
しかも、婚約者だから一緒に住むとか言い出しやがったものだから、そうもいかなくなった。
家族は全員で四人。
そこにエニスひとりが加わり、プラスで合計五人。
なので台所に置いてあるテーブルは四人用なのでひとりあぶれてしまう。
ということで、コタツをテーブルとして使うことにした。
何故俺も一緒にコタツなのかといえば、エニスひとりを省いているようなのでここは婚約者である俺が行けということだった。
…すんなり受け入れやがって――と、泣きたくなるが、泣いたらなんか全てに押しつぶされて二度と立ち直れなくなりそうだからしない。
我慢だ、俺。
「うぅ〜…」
うなり声を上げながらも相手をしてくれないことに諦めたのか、エニスはぶぅと目を細めて頬を膨らませながらも朝食を食べだした。
「……」
それをちらと横目で窺いながら、
うわぁ…と噴出しそうになった。
なんだ、その顔は。
可笑しいけど、可愛いじゃないか!!
ぶぅってなんだよ…?!
それが魔王のすることかよ…!?
ああ…。
こいつが来てから俺がおかしくなってる気がする。
頭を片手で時折さすりながら、モゴモゴと口を動かしている様がなんだか小動物のようで(魔王だけど)愛らしい。
微笑ましいなぁ…。
そんなことを思いつつ、叩かれた箇所をさする回数が多いことに気付くと、俺は口をへの字に曲げだした。
「そんなに痛むのか?」
つい…と手を伸ばしてそこに触れる。
「……」
確かに少し腫れてるな。
そんなに強く力をこめて叩いたわけじゃないんだけどな…。
「何だ。この場合、湿布か…?いや、でも、頭に湿布って…いや、この際見た目はどうでも…」
真剣に考え出した俺をみて、エニスは少し驚いたふうに目を瞬かせていた。
その視線に気づいた俺はハッとしてあわてて手を引いて、心配とかしてないぞと目を泳がせるがもはや何の意味もなし。
見られてしまっていてはばればれであろう。
何してんだよ、俺のバカッ!!
エニスがまたニヤニヤするじゃないか!!
自己嫌悪に蒼くなっていると、予想通りの嬉しそうな機嫌のいい声が聞こえてきて。
「えへへぇ…♪」
ああ…――とか思いつつ、隣に視線を落とせばやはりそこにはエニスの喜色満面な笑顔があって。
ドキッと…胸が高鳴ったのは俺だけの秘密だ。
そんなこともしエニスにでも知られたりしたら更ににやけられるだろうからな。
…つーか、俺、なんか汚染されてる。
こいつに汚染されてきてる気がする……。
悲しいことにそれが当たってる気がする………。
一部始終を見守っていた雛菊のからかいに声を張り上げて反論しながらも、俺は嫌な予感を覚えだしていた。
可愛いとか思ったり、ときめいたりしたらそれはもうアウトなのかな…?
―――誰か違うと言ってくれ!!