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譲歩

 「やめろッ!」


 「え…」


 驚愕に大きく見開かれた翡翠の瞳が戸惑いに揺れる。


 「どうして…」


 『止めるの?』


 乾いた唇で紡ぐ声はひどく困惑していて弱々しかった。


 まさかにも俺の手によって中断させられるとは思っていなかったという顔だな、これは。


 俺の眉が上へつりあがった。


 こんな考えをする奴は嫌いだ――。


 させてしまった自分にも嫌気がさすが。


 因みに女になりさえすれば愛してもらえると思っているエニスにはこの中断が意味することはただ一つだった。


 項垂れたふうに悲しげに問いかけるその声が震えていて、エニスが泣きたいのをこらえていることを告げていた。


 「女になっても駄目だって言うのかい?君は…」


 「女になりさえすれば俺がお前を愛すかって…そんなわけないだろう。俺は女であれば誰だっていいわけじゃない」


 「っ…!」


 正論だった。


 彼の言うことはもっともで、だけど、それだけで諦められるほど生半可な気持ちじゃなくて、胸が刃物で抉られるような痛みを引き起こす。


 腕をつかみあげたまま、そう言えばエニスは傷付いた顔をした。


 女になっても僕には遥に愛される可能性が全くない…そう言われてるようなものだ。


 翡翠の瞳が困惑から一気に絶対の悲しみに染まって大きく揺れる。


 「兄さんっっ!」


 その時だった。


 傍観していた雛菊が堪えられなくなったふうに叫んで、俺とエニスの間に割って入ってきた。


 おそらく、エニスは男だがその真剣な想いに女として共感できるところがあったのだろう。


 エニスが雛菊の予想だにしない兄を押しのけるという大胆な行動に目を瞠る。


 「兄さん!エニスさんは真剣で兄さんのことが好きなんだよ!そんなことも判らないの…?」


 こんなにも美人で真摯に想いをぶつけてくる人をどうして可能性が全然ないと拒むの?


 兄である俺にそう言って、エニスを背後に庇うように立ちはだかる。


 「雛ちゃん…」


 呆然とした表情で雛菊と俺を交互に仰ぐ。


 その翡翠の瞳には初対面のときに見た明るい光は宿っていなかった。


 きっと俺がその光をもぎ取ってしまったのだろうが、コイツの光はもしかしたら俺への狂気にも近い想いだったのかも知れない。


 だから、今こうして俺にその想いを否定されたと思ってるから暗い光で、本来の明るさに陰を作っているんだろ…?


 何故か胸が締め付けられているかのように痛んだ。


 「俺だってコイツの真剣さが判ったから今こうして止めてるんだろ…!」


 「え…?じゃあ、兄さんはエニスさんと――…」


 「――僕と結婚してくれるの…?」


 俺の言葉によって、その虚ろだった瞳に先程の暗さを払拭した明るい色が戻って来る。


 くっと涙と嗚咽が零れないように引き結ばれていた唇がゆっくりと開いて、ぽっかりという感じに言葉を紡ぐ。


 明らかにものすごい嬉しそうなオーラをまとわりつかせている。


 「なんでそこまで飛躍するかな、お前は…!――婚約者までなら許してやるって言ってんだよ、馬鹿。結婚はしねーけどな」


 キラキラと現金なエニスの視線攻撃に俺は額をおさえて、くしゃくしゃと髪をかき上げた。


 「えー!!婚約者までいったんならもう同じじゃんかよ!」


 ぶぅと、頬を膨らませた半べそをかいた状態で、けれど、嬉しそうに頬をほんのりと色づかせ、半眼で俺をつつく。


 「わー、言うなよ!だから譲歩してやってんだろうが…。……結婚を約束した仲ってとこまで…」


 「…ありがとうね。我侭利いてくれて…無理言っちゃって」


 エニスがふざけるのをやめて俺の服を握り締めたまま、ボソッと小さく呟いた。


 それに俺は――。


 殊勝なとこもあるじゃねーか…。


 「分かってるなら言うなよ、バーカ。今回だけ特別に利いてやったんだ、もっと盛大に感謝しろ。なんだったら崇めてもいいぞ」


 苦笑が漏れた。


 エニスも苦笑に近い…――いや、力強い意志を感じる目を細めて顔を綻ばせた。


 「言っとくけど僕は諦めてないよ。絶対に遥を落として本気にさせてやる!覚悟しとけよっ!!」


 余裕ぶっこいてられるのも今のうちだけだからな。


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