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登校前

 ドタドタドタ…。


 少し乱暴な足音を立てながら、俺は階段を駆け下りた。


 その後ろをとてとてとした足音がしそうなエニスが駆け下りてきて俺に付き纏ってくる。


 「ねぇ、遥。…どうしたの?なんでそんなに急いでるの?」


 「なんでってそりゃ…見たまんまだろーが」


 俺の着ているものを見たら普通はすぐ判るだろう。


 第一平日だし、そんな日に俺ぐらいの年齢の奴がいくところなんて決まっているも同然。


 訊かれて少し間が抜けた。


 けれど、国も違えば言語も文化も歴史も環境もガラッと違ってくる。


 ましてや次元自体が違うとくれば…この世界にあるものがなかったとしても不思議ではない。


 「えっと…その、見たままって何?」

 

 エニスのその、本気でわからないんだけど?的な表情に思わず呆れた笑いが漏れた。


 「何って…学校だよ、学校。俺は高校生だから高校。勉強するところさ。…お前の国にはないのか?」


 この不思議そうな顔は…本当に存在しないのかもしれない。


 もしかしたらエニスの国は…エニスがいてる世界では教育機関は発達していないのかもしれない。

 

 だから、判らないのだろうか。


 平日の朝に十代の男がこのような服を着て出かける意味が…。


 俺が着ているのは黒の詰襟に中は白地のシャツと黒のズボン…ごくごく一般的な学生服である。


 因みに俺の通う高校はブレザーではなく、学生服(学ラン)であって女子もセーラー服である。


 高校ではまぁ…ブレザーのほうが多いから少し珍しいかもしれない。


 片手にはまぁこれも普通に売っているような鞄。


 肩から斜めに提げるタイプの。


 …これ、結構楽なんだよなぁ。


 ……荷物がそれほどなければの話だが。


 まぁ、教科書類のほとんどは学校のロッカーか机の中に置いてるけれど。


 「学校…?うーん…判んないや。僕等の世界では大体家で勉強するから…」


 「家庭教師か?…それって貧富の差とかなく、均等に誰でも受けられてるのか?」


 家で勉強するから学校というものはない――それを聞いてまず思い浮かんだ疑問をエニスに問いかける。


 単なる関心というか…単純な考えで口にしただけだったのだが、思いのほかエニスは深刻は顔つきになって真面目に答えた。


 その表情に拍子抜けしてしまう。


 このエニスがなぁ…やっぱちゃんと王様やってるんだよなぁ…――失礼だがそんなことを思ってしまう。


 「…そこは…うん。やっぱり勉強を教えてもらうには学のある人を雇うからそれなりのお金がいるし、そこには貧富の差はあると思うよ。少し問題だとも思ってる。だから、少し前に王宮の優秀な文官たちに頼んでそんな子供たちが教育を受けられるように…勉強を教えてもらえるようにしたんだ。曜日を決めてきっちりと決められた時間だけ城への一般の子供たちの立ち入りを許可して…もちろんそれは無料でおこなってるよ。なかなか評判もいいし」


 「へぇ…そうなのか。んー…なんかそういう話してるとお前本当に一国の王様なんだよなぁ…」


 少し意外な感じもするが、確かにしっくりと来る雰囲気がそれとなく漂っている。


 気品溢れるってやつ?


 そんな感じのものが漂っている。


 「そうだよ。これでも一応一国の王様ですから!」


 そう言ってエニスは得意顔をする。


 「いやぁ…俺が知るお前って可愛いけど変な奴ってしか…――!!(しまった…!)」


 「え…遥。僕のこと、可愛いって思っててくれたんだね。僕、とても嬉しいよ!この顔に生まれてきてよかったぁ…♪」


 「な!?ちょ調子に乗るなよ!少しそう…思っただけだ!それに…何も顔だけが可愛いとか言ってな、」


 ………バカぁぁああああ!!!


 言った後で自分の二度目の失言に気付く。


 正しくは言いかけなのだがこれはもはや言わんとしていた部分は言ってしまっているので、言ったといってもいい。


 俺は余計なことを言ってくれた自分の馬鹿な口をあわてて塞いだ。


 何言ってるんだよ。


 何ボケたこと言ってるんだよ。


 …俺、洗脳されかけたのか!?


 ………マジやべぇぇええぇ………。


 そんなこんなで気が遠くなりはじめた俺だ(口を塞いでるからでは?と言う質問はしないでくれ)。


 そんな俺の失言はエニスにとっては感激ものだったようで。


 「遥、それ本当?……もう、大好きっ!!」


 そう言って。


 ガバッチョ。


 勢いよく、前方へ回ったかと思うと俺へと飛びついてきた。


 「なっ!?わ!ちょ…うわっ!…痛っ」


 予測できなくもなかったけど、急に飛びつかれてそう重くもないエニスなのにその体重を支えきれずに思わず体のバランスを崩し、そのまま間抜けにも二人分の体重による衝撃を一身に背負い、床へと背中と頭を強かに打ち付ける。


 倒れていくさなか、さほど重くもないエニスの体を支えきれずに下へ下へ下へ…体を向かわせていく自分をたまらなく不甲斐無く思った。


 ちょっと…数滴涙が零れたかも――。


 ドッシーン…。


 大きな音ともにじわーとした嫌な痛みが時間の経過とともにひろがり、そして徐々に薄れていく。


 俺を下敷きに上へ乗っかることで倒れた衝撃を余り受けなかったエニスは申し訳ない気持ちになる。


 だが、顔は半分まだニヤケている。


 余程…俺に言われたことが嬉しかったのだろう。


 「…ごめんなさい」


 エニスの体を受け止めた状態で床に転がっている俺の顔は少し間の抜けた感じだろう。


 「…悪いと思ったなら今後こんなことはやめてくれ」


 「…心がけます」


 そのはっきりと『しない』と言わない答えに。


 「…今後もするんだな、お前」


 正直な奴だと呆れ呆れに思う。


 「…だって、好きだし」


 「……この馬鹿が」


 直球の告白にちょっと照れてしまう。


 たとえ相手が男だとしても自分を好きだと言われるのはやっぱり悪い気はしない。


 …またそこが俺の難点だったりする。


 「…すみません」


 「…そう思うなら早くどけてくれ」


 「うん…」


 そう言いながらもエニスは抱きついてくる。


 「……言ってることとしてることが違うんだけどなー。何故抱きついてくる」


 「だって、せっかくだし…勿体無いなーって思って。えへ☆」


 勿体無いって何?!


 お前、別にこんな機会なくたって俺の意思なんて無視して、どうせいつだってところ構わずに抱きついてくるくせに!


 「えへ☆じゃないし!こんなとこまた雛菊に見られでもしたら何言われるか…あー…考えただけでぞっとする」


 「…雛ちゃん、そこにいるけど」


 「え」


 エニスのその声とともに上を見上げるとそこには雛菊が居てニコニコと笑いながら俺とエニスを見下ろしていた。


 全然気付かなかった。


 こいつの顔を見てると、とてつもなく嫌な予感がする。


 「やっほー。兄さん。またこんなとこでイチャついて…熱々だね!せっかくだし、写真撮っておこうか?」


 「な…?!」


 何がせっかく?!


 何のために撮る必要がある?!


 「え?いいの?」


 「いいの、いいの★」


 二カッといやらしく笑う妹と、いいの?と目を輝かせる魔王。


 それにあわて焦り、嫌な顔をして反論するのは俺だけ。


 「エニス!お前、何了承してるんだよ!って、わ!お前、はじめから撮る気満々だっただろう!いつカメラなんか用意したんだ!」


 「常備★だよ♪」


 「お前ぇぇえええぇぇッ!!!!」


 「ハイ、笑って笑ってー」


 カメラを構える雛菊に対し、どきどきと胸を高鳴らせるエニス。


 俺も別の意味で胸の鼓動を速める。


 「いちにのさん…!はーい、行くよぉ〜」


 ニコニコ嬉しそうに顔をほころばせるエニスと焦りまくる俺。


 俺はくっと下唇を噛み締めた。


 こんな写真、撮られでもしたら末代までの恥。


 この妹のことだから、「みてみてー。これ、私の兄さんとその婚約者さん!朝からラブラブだよねー」とか言って笑いながらどこの誰に配られるか判らないではないか。

 

 だが、パシャ…。


 無情にも押されたシャッター音は俺の中でエコーして鳴り響いた。


 















 ああ…頭が痛くなってきました。













 「うわー!ありがとう雛ちゃん。僕、これ一生大事にするよ!」


 「どう致しまして。…って、うはー!よく撮れてるぅ!私も大事にしまっておこう」


 「……この鬼め」


 よくも撮りやがったな…。


 そうして撮れた写真のエニスはやたら可愛くて、そして俺はその下でバカ面を晒していた。


 ……………もう、やだ。

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