変態は誰だ?!
朝食を済ませて俺とエニスは再び二階へ足を戻した。
「お前はそこで待ってろ。着替えてくるから」
「えー…別に照れることないじゃん。僕と遥との仲で今更着替えにそんな、」
「そう言う問題じゃない…ッ!つーか何度も言うがお前と俺の仲って何だ?他人だろーが、ばか」
「ち が う で しょ。婚約者の仲、でしょ」
「…うるせー」
パタン…。
そう言って俺は一方的に会話を終わらせ、廊下にエニスを立たせておいてひとり部屋の中へ入った。
奴の前で着替えることに関しては別に恥ずかしいとは思わないが、なんだか気に喰わない。
どうせ「えへへ…みぃちゃった♪」とか何とか言って絡んでくるに違いないだろうから。
一晩でよく学習したもんだぜ俺。
とか思いながらTシャツを脱いでフローリングへ放り捨てる。
クローゼットを開いて制服へ袖を通し、パジャマのズボンを脱ごうとしたとき、何かを俺は感じた。
悪寒のような寒気のような…なんだろうこれは。
「……」
視線、か…?
ゆっくりと首をめぐらせてその先を辿ってみれば――。
「――エニス。お前という奴は……」
そこにはドアの隙間から顔だけを覗かせて俺をうっとりとした眼で見つめるエニスの顔があった。
何だお前。
同じ男の着替えを覗いて頬染めるって。
悪趣味にも程があるってもんだろ――!
そう思う俺がおかしいのか?
俺だけがおかしいのか?
いや、ちがう。
おかしい頭してるのはあいつのほうだ!
「え?あ…あは、見つかっちゃった☆いいカラダしてるよね、遥」
ほら、みろ。
やっぱりこいつのが変なんだ。
今、ぞっと鳥肌が立ったぞ。
「あはっ、じゃねぇええっ!!キモイ事抜かすなぁぁー!覗いてる顔引っ込めやがれっ。さもないとその顔はさみに行くぞッ!」
バッとすばやく脱ぎかけていたズボンを引き上げて、きつく睨んで叫べば、
「遥の掌で?いいよっ」
どう変換されたのか笑顔でそんな答えを返されて。
こいつの思考回路マジやべぇぇッ…!!
早くもくじけそうだぜ俺の忍耐力的な何かが。
「ふ ざ け る な よ。ドアで思いっきりぐしゃってだよ!!わかんねーならお前でやってやろうか、ん?」
イラッときて大股でズシズシとわざと音を立ててドアから覗くその顔を軽くはさんでやる。
ドアで押さえつけられてあいつの顔がブニッというふうにドア際に食い込む。
ははは。
これでどうだ!
……ドクン。
………あれ?
なんかおかしいぞ。
こいつ、顔挟まれても尚可愛いままじゃねぇか……。
何そのむぎゅっとされた頬。
……ドアじゃなくて俺が直接したくなるんだけど。
どういう呪いが発動したんだ、これ。
……さすが魔王。
侮れん奴め。
こういうときでも俺に自分が可愛く見えるような魔法かけやがって(違うよ)。
「わー!もぅ冗談だってば。やめてよ、痛いって。あっ」
……ドキ。
一瞬、俺の思考回路が停止して真っ白になった。
何ときめいてんだー俺!!!
しっかりしろ。
理性を保て!
自我を維持しろ、のみこまれるな(なんか変。なんか間違ってる)!
敵に不覚を取るなッ!!!←?(混乱していておかしくなっている)
―――…と、ここで遥少年の思考回路回復。
と同時にぶしゅーと湯気を立てて赤面する。
まぁ、なんとも見事な。
「…んなっ!?変な声だすな!誤解される…!」
かぁぁ…と自分でも自分が恥ずかしくなるくらい顔を赤くして俺はドアを開け放ち、廊下を慌ててきょろきょろと見渡す。
「……」
すると――。
「およ、兄さん。誤解も何もそんな仲じゃんかぁ♪もう兄さんったら妬けるわぁ〜」
雛菊がエニスの隣に座り込んでいた。
因みにエニスは本日二度目の涙目をしていて、挟まれて赤くなった頬を痛い…とうめきながらさすっている。
まぁ、そいつは無視しておく。
後でまだ痛がっていたら冷却シートで冷やすか湿布でもはってやろう。
そんなことを頭の片隅で思いながら、雛菊に視線をやる。
「雛菊!お前いつからそこに、」
「兄さんの『うるせー』からここに」
「ほぼはじめからじゃないかよ…!」
「あは!でも兄さんも酷いじゃない〜。こんな可愛い人を廊下で待たせた挙句顔を挟むなんてぇ…照れ隠しだとしてもだめだよ」
照れ隠しじゃない。
「……お前、エニスが俺の着換え覗くの黙って見てたのか?」
「ううん、ちがうよ。私が部屋に入れてもらえなくてしょんぼりしてるエニスさんに兄さんの生着換えみたい?って言ったんだぁ。そしたらエニスさんがいいの?って嬉しそうに返してくるもんだからこれは是非ともって私が許した!」
「……お前な…」
「いいじゃない?減るものでもないしさ、婚約者なんだし。あ、何なら兄さんも仕返しとしてエニスさんの着換え盗撮する〜?それでぇ写真集作ってみるっ?」
「…お前はさ、俺を変態にしたいのか?変態の兄が欲しいのか?」
「え、兄さん変態だったの?も〜しょうがないから私の着替えもみていいよ。あ、でも変態だから堂々と見たりはしないのかな。隠し撮りとかこっそり覗くのがぞくぞくして興奮するのかな…」
「……」
「大丈夫だよ、兄さん。私はいつでも覗いていいからね!」
俺の雛菊を見る目がだんだん細められていくのは何故だろうな。
あ…。
なんだろう。
雛菊と俺の住む世界って俺とエニスの住む世界以上に違う気がしてきたな…。
「……………」
俺は何か残念なものを見るような眼で雛菊を見つめ、その後その隣にいるエニスへと視線を落とした。
「…遥?」
様子のおかしい俺にきょとんとするエニス。
俺はしばらく黙ってエニスを凝視して、その後静かな動作で硬い表情でエニスを背に庇った。
何からって…近くにいる変態からだ。
「………………行くぞ、エニス。そこの変態から離れたほうがいい。危ないから」
静かな声音でそう告げて、俺はドアノブに手をかけた。
パタン…。
俺は力なくエニスの手を取り、先程とは違い内側へ自分とそいつも放り込むとこれまた力なく部屋のドアを閉めた。
一人残された妹――雛菊は兄のげっそりとした背中を見送った後静かにポツリと呟いた。
「もー兄さんってば本気にしちゃって…ホント可愛いんだから☆」
どこまでが冗談で一体どこまでが本気だったんだろうか。
それは雛菊にしか判らない――。