第六話
遅れて申し訳ありません。
少々立て込んでおりまして…
彼女の話を聞き終えた時、出会った頃に頭上に輝いていた陽は没しかけており、その暗さも相まってややもすると肌寒さを抱かせる時間にもなっていた。
詰まるところ、彼女の不安は未だ収まっておらず、それを加味した上で彼女の生い立ちは複雑であったということだ。
話の内容は、以下のようなものであった。
彼女に曰く。
エディは或る公爵家の子女であり…最も、正妻との子でなかったために継承権は低かったのであるが…今の齢は11、との事だ。
魔法も十全に使えず継承権も低く、そのために家の後継など考えてもいなかった彼女は学者になることを夢見て来る日も勉学に励んでいたことだが…(この世界は男性も女性も、社会的立場は平等になるよう作られている)
ある日を境にして状況は一変する。
長女のトゥルネが失踪したのだ。
二日と経たずに次女のクラネが。
また1週と経たぬうちに三女が…
原因は不明。
特別な魔素を有しているわけでもなく、武術の心得があるわけでもなく、目を見張る教養もない彼女達。
今でも、生存は絶望的とされている。
しかし、共通していることがあった。
それは、エディよりも継承権の位が高かったこと。
そして、エディよりも継承権が低いものは一切被害に遭っていないこと。
…エディも含めて。
無論、こんな事件がある方が異常である。
普通であれば一笑に付される仮説だが―彼女が画策しているのではないか、という噂がたったのだ。
彼女は否定した。
しかし。一度付いた疑念を振り払うことは確たる証拠でもなければ不可能に近いことであるし、加えて言うなら、エディは家の者の多くに疎まれていたようである。
彼女の出生が関係しているようだが、母は何も答えてくれなかったとエディは涙ながらに語った。
かくて、彼女と彼女の母は貴族殺しとして追われることとなった。
捕らわれる、ではなくて追われる、であることに疑問を抱いたが、兼ねてよりよく気にかけてくれた執事のひとりが、その前日に彼女に告げたとのこと。
逃亡中に改めて「追われている」という事実を知った際には、彼への感謝とともに、無実でありながら法の下に罪人として追われていることに恐怖を覚えた、と。
その執事の曰く、「昔日の恩人」。
名を聞くところ、私でも知っている人物であった。
名を、レー伯爵。
大都市・ヘミングにおいて、大規模な孤児・難民の救助活動を行っている慈善活動家である。
35という若さにして、類まれなる交渉の才を生かして巨万の富を築き上げ。
40の時…即ち今から12年前に、資材の殆どを投げ打ってヘミングに莫大な土地を買い取り、「救済協会」を作り上げた。
幼い頃に見た孤児への扱いへの義憤を形にしたかった、ということである。
話は変わるが、この世界において人を殺した場合。
それが意志を持って行ったものであれば、間接的であっても、魔素の属性が反転し、ある特定の魔法を使い、黒く、目視できるようになっているかどうかを確認することが出来る。
人々は神の眼は誤魔化せぬ、として納得しているようだが、私からすれば気味の悪い話である。
原理がわからぬからだ。
何はともあれ、協会ではこのシステムを利用し、犯罪者と、そうでないものの識別をし、犯罪者でないのならば、原則、向かい入れる仕組みになっている。
その協会に助けを求めに来た、との事だったが。
「わたしたち、二人共方向音痴で…
地図の読み方からして間違っていたために、どうやら脇道に逸れてしまっていたようで。
気がついたら、あの男の人たちに囲まれて、殴られ、捕えられていたんです」
「話によると、ボリバニよりさらに東の方に彼らの家…?があるらしくて。
そこに連れていかれる途中だったんですけど…」
言葉を詰まらせる。
「味見、だとかなんだとか、よくわからない言葉を聞いたその刹那に、わたしと、お母さんは引きずり出されて…」
「…もういい、私が悪かった…すまない」
胸糞の悪い話である。
奴ら、殺しておいた方が世の為だっただろつか。
…私は、結果的にだが、この少女を助けた。
であれば、そこには義務と責任が付き纏う…言うまでもない。
救済協会に送り届けるまでは、行動を共にするべきだ。
例えそれが、大きな権力に追われている少女だとしても。
それに…ヘミングは、何れ寄る場所なのだ。
ならば、むしろ、きっかけをくれたこの少女に感謝をするべきかもやしれぬ。
それはそうとして…目下解決しなければならないことがある。
周りを見回す。完全に陽は落ちていた。
つまり、今は夜だ。
そして、悪徳の者達は夜の闇を生業とする。
言うまでもない、危険である。
…私の考えが足りなかったかもしれない。
彼女の話に早めに釘を指し、別の場所で聞けばよかった。
だが…私は、知らずのうちに、彼女の話に深く聞き入ってしまったのである。
同情でも、憐憫でもない。
ただ、ただ、この少女に惹かれていたのだと思う。
…しかし。
少なくとも、今の私にこの感情を言語化できる機構は備わっていないようであった。
隣の少女の手を引いて、立ち上がる。
私が思考を取りまとめている間にうつらうつらとしていたのか、やや遅れて彼女が立ち上がった。
「もう、夜だからな。宿を探すとしよう…危なくて、野宿なんぞ出来なものではない」
「えぇと…」
困惑しているようだ。
懸念はしていたが、やはり―
「この街には、宿はないんじゃないのかと…」
なんということか。
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