第二話
七日が経った。
一重に七日と言っても、そこに確実性はない。
七度陽が昇り沈むのに合わせて眠り、目覚めを繰り返したに過ぎないのである。
ひょっとしたら数時間かもしれないし、或いは数千年と言い切れないこともない。
だが。
それでも良い、むしろそうあるべきであるように感ぜられた。
自分のことすら満足にわからない状況の中で、そんな瑣末なことになんの意味があるだろうか。
…さて、そんな益体も無い考えは置いておくとして…この七日においての収益と言えば、「情報」と「食糧」の二つに分けられる。
情報とは、私が目覚めたこの場所…それは古い城であった…の状況から、生活の知恵に渡るまで、多岐にして茫洋なる智慧。
食糧とは、名の通り、私が食べることが可能である食物とその備蓄についてのことである。
矢張り、とも言うべきか。
外見に相応しく、一度あたりの消費量が著しく少ないこの身体からすればかるく一ヶ月は保ちそうなものだ。
ただ、保存可能な食が干し肉しかないと言うのは遺憾である。
流石に飽きそうなものではあるけれど。
さて、情報…と一口に言っても種類がある。
順序だててみようか。
まず、この情報というのはその多くを城にあった書斎の本から得た知識であり、確実性はないということを断っておきたい。
コモンセンス…なかなか、説明のしようがないものではあるが、私の身体が(少なくとも私の意識の覚醒を生誕と仮定するのであれば)先天的に認識して居る「常識」との相違点を、以下に述べる。
曰く。世界は五大元素「火素・土素・風素・水素」、そして「魔素」なる存在がこの世界の多くを占めている。
魔素を除く4大元素は世界を構成し、魔素によって物質は存在を確立される。
魔素とは概念的なものではなく、極々軽量ではあるが、すべての物質に付随する物質的なものである。
動物が意思を持って…要するに、「こうしたい」というイメージを持って魔素を空気中の元素と反応させることで、使われた魔素に応じてイメージを現実に反映させることができる。
この現象を「魔法」と言う。
一般的な素養しか持たない人間、及び獣は一日に一度両手一杯分程度の水を生み出す程度のことしか出来ない。
しかし、特殊な訓練を受けたものや、「魔獣」と呼ばれる、身体の大部分を魔素で構成された獣はそれ以上…極稀、100年に一度ほどの割合で一つの都市をも破壊し得る魔素を操る獣もいるようである。
中でも、高位の魔獣は人に変ずることや、言語を解するものも居るようだ。
それらは総じて「感情」というものを持たないことを苦とし、内面の獲得のためヒトに混ざって生活をして居る奇特な魔獣も居たとか。
しかし、これらの生物は往往にして存在を確立されすぎたが故に肉体が耐えきれず死滅することが多い。
嘗て、歴史に残る中でこれに耐えることができた生物は吸血鬼の真相と呼ばれる「エレキシュガル・フォルモンド」のみであった。
吸血鬼、そしてエレキシュガルについても軽く触れておこう。
端的に言うとするなれば、吸血鬼とは、ヒトの生き血を啜り生きる生物で
ある。
厳密に言えば、血そのものが目的なのではなく。
その生物の流動するエネルギーを自らの糧にするのである。
その形態は極めて特殊であり、そも、吸血鬼とは自然の生物ではない。
前に述べた「魔獣」のうち、人から生まれたものが吸血鬼になるのである。
受胎にしろ、憑依にしろ、人間から生まれたものはすべからく吸血鬼になる…だが、人間の体をベースにするためか、基本的には存在の確立に耐えられず、生まれ落ちたその時に死を迎えることとなる。
例外として、魔素を非常に多く持ち、存在の確立に耐えられた場合は、一刻ともせぬうちに生体になり、周囲の人間を殺し、血を啜り始める。
しかし、存在そのものにもエネルギーを使い続けるため、結果として一日も経たずに消滅する。
(では、エレキシュガルの名はどのようにして付けられたか、と言うと。
これはいつの間にか定着していた所謂あだ名のようなものであり、本人が名乗ったわけでも、正式に名付けられた訳でもないということをここに表しておく。)
生物のエネルギーをそのまま自らの糧にするためか、その身体能力・魔力は相応に高く、人々から恐れ、唾棄せられる存在だが、現在においてはその存在は確認されていない。
話を戻す。
エレキシュガルは、その類稀なる魔素保有量と、国の一つや二つでは足りないほどの人間を殺したことによる「悪魔」としての存在確立を行なったが故に長い期間の存在が許されたわけだ。
君臨したのは、年に換算して100年と言われている。
彼…あるいは彼女とも伝えられる(見たものは皆すべからく次の瞬間における存在を許されなかったからである。)王の最期は、存外に呆気ないものであったようだ。
依り代の寿命。
天地人、全てを征服せし者も理を征服することは叶わなかったというわけだ。
(かくて、エリザベート・バードリの行いは否定されたわけであるが。)
少しばかり冗長になってしまったが、コモンセンスについてはこんなところで良いだろう。
お読みいただきありがとうございます。