1.4「男の子っていっぱい食べるんでしょう?」
1.4「男の子っていっぱい食べるんでしょう?」
「パパ、こんな夜中までどこ行ってたの……あれ、お客さん?」
柱の街のはずれにある小さな家に到着した。
扉が開き、ぼくらを出迎えたのは亜麻色の髪の美少女だった。
スピカと同じくらいの年頃か。身長は少し高いくらいだけど胸は控えめだ。
亜麻色のさらさらとした髪を両側で大きく二つ結びにまとめている。
位置は低めで、ツーサイドアップとおさげの中間くらいか。
何より特徴的なのは、左右で目の色が違うこと。
右目が金色、左目がブラウンの"虹彩異色症"だ。
「ああ、ぼくらはユージーンさんの友人だよ。ユージーンだけに友人、ってね」
「勇者さま、さすがにそれは……」
「あはははははあははっ、おもしろーい!」
スピカがじとっとした目でぼくを見たが、少女はお腹をかかえて笑った。
笑いの沸点が低いらしい。
「はー、はー……笑った笑った。お客さん面白いねー、ようこそウチへっ! あたしはアイナリエル。アイナって呼んで!」
まさに"絶世の美女"と呼ばれるにふさわしい外見だけど、思ったより普通というか。
活発そうな"庶民の娘"という印象だった。
服装も軽装で、デニムっぽいショートパンツにノースリーブのインナー。
その上にエプロンを着けているだけというどうにも刺激的なスタイルだ。
「うちにお客さんが来るのは珍しいから、気合い入れてごはん作っちゃうね!」
彼女はぼくらを食卓へ案内すると、台所へ引っ込んで料理をはじめた。
後ろから見ると背中が丸見えだった。
なんか……ナチュラルにエロくないか?
なるほど、ハイゼンベルグが欲しがったわけだ。
「娘さん、元気そうで良かったですね!」
スピカがそう言うと、ユージーンさんはうつむいて。
「強がってるだけだ、あの子は……他人に弱みを見せない」
「なるほどね」
強がり、か。確かに初対面の相手にあの明るさと距離感はやや不自然だ。
「あらためて、教えてくれないか。その……ニセ、さん。どうして俺にこんなに金を恵んでくれたんだ?」
「恵んだんじゃないよ、正当な報酬さ。きみの勝負を引き継いだからこそ、あの勝負に勝てたんだよ」
「それはどういう意味なんだ?」
「はいはいはーい! 勇者さま、わたしも気になります!」
スピカは手を上げてぴょんぴょんと跳ねた。
「じゃあ順を追って説明するよ。まずあの勝負はぼく以外の三人全員がグルだった、それが一つ目の勝因だ」
「勝因だと? 相手がグルならば不利になるんだじゃあないのか、現に俺はそれで……」
「そう、それがユージーンさんの敗因の一つになった。だけどグルだってことに気づいていれば話は別さ。逆にヤツらの"サイン"を読み取れば、有利に立てる」
「サイン?」
「目配せとか、もっと露骨なのは指で出すサインさ。こんなのもサインになる」
ぼくは食卓の上のコップを持ち、水をゴクゴクと飲んだ。
「一回水を飲む時、一口で飲み込めばA、二口なら2。っていう風に数字を割り当てたりね。これはかなり単純化してるけど、ヤツらの使ったサインはこういう小さな動作の組合せだったんだ」
「そ、そういうことか! ポーカーはツッパる局面とオリる局面の見極めが重要なゲームだ。相手の意図がわかれば駆け引きで負けることはない!」
「そう、ヤツらは3人グルになって意思疎通していた。それで有利になると勘違いしたようだけど、逆だよ。ぼくに情報が筒抜けになっていたんだ」
「最初から気づいていたのか? 俺がヤツらに負けるところを少し見ただけで……?」
「そうだね、ユージーンさんの状況を見て、このイカサマは逆利用できると踏んだんだ。だから同じ状況を続けることでぼくが有利になった」
「それでわざわざ俺の借金を肩代わりするリスクを背負い込んでまで、同じ状況で勝負を続けるよう仕向けたのか……もし仕切り直しになればゲームがポーカーのままとも限らない……」
「ここまでがだいたい一つ目の勝因さ」
「だ、だが、相手の意図がわかったところであそこまでの圧勝は不可能だ」
「そう、それだけじゃ足りない。だから二つ目の勝因は――」
そこまで説明した時、ユージーンさんの娘アイナが一皿目の前菜、サラダを運んできた。
「大したものじゃないけど、どうぞ食べてね、お客さん!」
アイナはふんすっと息を吐いて気合十分、といった様子だった。
質素なサラダだけど、盛り付けはしっかりしていて綺麗だ。
料理の腕には自身があるのだろう。
「ありがとう。ねえ、アイナって呼んでいいかな」
「いいよっ、あなたの名前は?」
「ぼくはニセ、ニセ勇者のニセ。名前は覚えなくてもいいよ」
「だいじょーぶ、覚えたよ。ニセくん!」
「ところできみのエプロンかわいいね、左胸のポケットが良いアクセントになってるよ。それ、自分で縫い付けたんだろう? 料理だけじゃなく裁縫もできるなんて、家庭的だね」
「えっ……たはー、わかっちゃうかー……照れちゃうなぁ」
アイナは顔を赤らめ、頬をポリポリとかいた。
「そんなこと男の子に言われたの初めてだよ。ありがとー、ニセくん」
「そのポケットなんだけど、中に何か入ってるみたいだよ」
「え、何も入れた覚え……」
ぼくの指摘に、アイナは胸ポケットを探った。
「あ、キレイなブローチ……でもこれあたしのじゃ――」
「――それはぼくからのプレゼント。一宿一飯の恩義ってヤツさ。遠慮なく受け取って」
「ホント、いいの!? パパ、これもらってもいいの!?」
ユージーンさんは困ったようにぼくを見た。
ぼくは無言で頷いておいた。
「……ああ、受け取っておきなさい。パパの友達の贈り物だ」
「やたっ! すごーい、キラキラしてキレー! ありがとっ、ニセくん!」
ちゅ。
ぼくの頬に柔らかくてあたたかいものが不意に触れた。
「――っ!?」
アイナがぼくのほっぺたにキスしたんだ。
スピカはそれを見て目を丸くし、声にならない声をあげていた。
「じゃあメインディッシュも作ってくるから、待っててねー!」
アイナは手をふりながら再び台所へ引っ込んだ。
「……勇者さま、もしかして」
スピカがじとーっとした目で言った。
「ここに来る途中で怪しい露天で買い物してたのはこのためですか? 絶世の美女だって言うアイナさんを口説くために?」
「さあ、どうだろうね。なんとなくだよ」
「もーっ! 勇者さまって女たらしですっ! ぷんすかぷんぷん丸です!」
スピカは頬をぷくーっと膨らませた。
「いまのは別に口説いてたってわけじゃない。タイミングが良いから見せただけだよ、あれがハイゼンベルグに使ったトリックさ」
「そ、そうだ。いまの、どうやってアイナのポケットにブローチを仕込んだんだ? まさか魔術か何かなのか……?」
「いいえ、勇者さまには術式適正はありません。それに、魔術を使っていたらわたしが感知できるはずです」
スピカが補足した。
「そうだね、さっき言ったとおりただのトリックさ。最も原始的で、最も難しいトリック――"手先の早業"だ」
「スライハンド?」
「タネも仕掛けも用いない手品のことさ。手先の器用さと動きの速さだけでカードをスリ替えた……ハイゼンベルグの"ボトム・ディール"と同じようなもんだよ」
「なるほど!」
スピカはポンと手を叩いた。
納得できたようだ。
「勇者さま、大通りでも本職のスリさんからお財布をスリとってましたよね。その時も"スライハンド"を使ったんですか?」
「まあ、同じスリ替えの技術だよ」
「技術もすごいですけど、あそこでやろうっていう度胸がすごいですよ! だって他でもない勇者さまじゃないですか、イカサマがバレたら指を折るって言ったのは!」
「そうだ、"ボトム・ディール"のような低レベルなイカサマは通用しないと言ったのはニセさん。あんただろう! なぜあんた自身があの衆人環視の状況でそんなイカサマを…!?」
「ああ言った手前、ぼく自身がそんな単純なイカサマをやるって予想できた人間はあの場にいなかった。その証拠にきみたちもまったく予想外だったんだろ?」
「た、確かに……」
「イカサマで一番大事なのは、意識させないことさ。どれだけ精巧なイカサマでも警戒されていれば簡単に見抜かれる。だからこそ、最初に『低レベルなイカサマはあり得ない』と皆に思い込ませる必要があった」
「"ボトム・ディール"を見破った時、ハイゼンベルグの指の関節を外したのはそこまで考えてのことだったのか……! なんてやつだ……あんたは……!」
ユージーンさんは衝撃を受けたのか、そのまま消沈したように押し黙った。
とくにかける言葉を思いつかなかったから、ぼくはサラダを口に放り込んだ。
「美味しい……」
思わず口に出してしまうほどだった。
ただ野菜を盛り付けただけなのに。まるで魔法みたいだ。
ユージーンさんが口を開く。
「……アイナは、俺には過ぎた娘だ」
「そうだね」
「勇者さま、そこは否定するところです!」
ぼくのあんまりな即答に、スピカはツッコミをいれた。
だけど。
「否定することじゃないさ、確かに良い子だよ。ユージーンさんみたいなダメ人間には出来過ぎだ」
「ああ、返す言葉もない……」
「だからこそ……守りたかったんだね。自分のせいで、辛い目にあわせたくなかったんだ」
「……ニセさん、あんた」
「きみに同情なんてしてないさ。ぼくには記憶がない。だから家族ってものも知らない。だけど、だからこそ確かめたかったんだ。きみがそこまでして守ろうとしたかったものが何か。きみの"願い"を」
ぼくはぼくの"願い"を知らない。
だけどぼく以外の人には、いろんな"願い"があるらしい。
親子ったって結局は他人だ。
なのに人間は、そんな"他人"のために生命を賭けたりもできるらしい。
ぼくにはその"理由"がわからない。
だから。
見届けてみたかったんだ。
「勇者さま――」
スピカがぼくに手を伸ばした。
その瞬間――
「ニセくん――はい、今日はフンパツ! とっておきのビーフシチューだよっ!」
ドーン!
ぼくの目の前に巨大な皿が置かれた。
どうみてもスピカやユージーンさんの皿よりデカいし肉も多い。
「あの、アイナ……これは?」
「あたしね、男の子とちゃんと話したの初めてなんだ……男の子っていっぱい食べるんでしょう?」
いっぱいにも限度がある。3~5人前はあるぞ、これは。
「もしかしてちょーっと多かったかな? じゃあ一緒に食べよっ、ニセくん!」
アイナはぼくの隣に座って、「あーん」とスプーンを差し出してきた。
「え、あ……いただきます」
ぱくり。
キラキラした目で見られ、どうにも断れないのでスプーンにパクついた
「お、美味しい……なんだこれは……!」
「でしょでしょっ! パパ以外に食べてもらうの初めてだから、嬉しいっ! もっといっぱいたべてっ!」
「これは、ヤバい……焼肉食べてる時の『焼肉無限に食えるわ』って気分と同じだ……!」
おかしいな。焼肉を食べたときの記憶はないっていうのに。
そんな気分だけ湧き上がってきた。
「ゆーしゃさま」
ずいっとスピカがぼくの身体にくっつき、アイナ反対側からスプーンを差し出してきた。
「無限に食べられるんですよね、だったらわたしも『あーん』しますからね!」
「ちょ、2つ同時はさすがに! ていうかスピカ、なんか怒ってないか!?」
「いいんです、勇者さまって人がじゅーぶんわかりましたから」
「も、もがが!」
スピカとアイナはかまわずぼくの口にスプーンをねじ込んできた。
確かに美味い。ビーフシチューは美味い。
それに両側でくっついてきて「あーん」してくる女の子は二人ともめちゃくちゃカワイイ子だ。
普通に考えたら"オイシイ"状況だろう。
だけどダブルで口に食べ物を詰め込まれるのは一種の拷問では?
というか酸欠で地獄が見えはじめた……。
ぼくは回想する。
今日はいろいろあったなぁ。
表通りでスリから財布をスったり。
裏通りの賭博王ハイゼンベルグに圧勝したり。
それなりに勝ってきたって気分だけど。
最終的にぼくは――美少女二人とビーフシチューに敗北したのだった。
第一話・終
明日3/5も12時と21時の二回更新です。