1.1「先立つものは金ってヤツだ」
1.1「先立つものは金ってヤツだ」
「お財布……なくしちゃいました!」
某海賊漫画だったら大ゴマで集中線と共に「ドン!!」って書かれそうな自信満々な顔でスピカは宣言した。
どうやら「そこまで」ドジだったらしい。
なるほど、ぼくが甘かった。
「お金なし、ってことは装備なしか。武器なら最低限これがあるけど」
ぼくは腰に下げたナイフ"黒水星"を見る。
スピカからもらったものだ。
黒い水晶のような透き通った素材が研磨された、洗練された外観。
スピカは儀式用と言っていたけど、確かにキレイだ。
戦うために生まれたモノじゃない。スピカと同じ。
だけどコレにはミノタウロスを斬れる威力がある。
大抵の生き物なら殺せそうだ。
キレイな薔薇には棘があるってことか。
「戦闘はともかく、旅をするなら食料とか薬の蓄えは必要だよね。そうしなきゃ生きてけないだろうし」
「はいぃ……ごめんなさーい」
「いいさ、怒ってるわけじゃないよ。もともと他人の施しに期待するのが間違いだったんだ。期待すれば裏切られた時辛いだけだから」
「でも落としたお金は返ってきませんよぉ……」
「お金なんて替えがきくものさ、取り返しはつく。世の中にいくらでもあるんだから、稼げば良い。問題は稼ぐ手段だ」
「そ、そうですよね! それなら心当たりがあります!」
ぼくらは街のさらに中心近くに移動した。
柱の根本が見えるくらい近くに、ほぼ正四面体の白い建物が立っていた。
その周囲には、屈強な冒険者らしき人々が集まっている。
「ここは?」
「"迷宮機関"の施設の一つ"クエスト管理局"です! ここには迷宮でおこる事件の解決や、お薬を作るための素材の調達などなど、いろんな依頼が集まってきてるんですよ」
「それを冒険者に割り振ってるってわけか。解決すれば報酬がもらえる、と」
「さすがです、勇者さま! クエストをクリアすればお金や珍しいアイテムをもらえますから、冒険に必要なものを揃えるならクエストがオススメです!」
「仕方ない、先立つものは金ってヤツだ。行こうか」
ぼくらは"クエスト管理局"に入った。
「あー、あんたらの冒険者ランクじゃダメだね。"ネコ探し"とか"雑草抜き"とかそんなのしかないよ。報酬は"感謝の気持ち"とか"肩たたき券"だけど、それでもいいなら受けてもらってもかまわないぜー」
受付のお兄さんが気だるげにそう吐き捨てた。
「遠慮しときます」
即答して、ぼくらは迅速に白い建物を出た。
「ダメだな」
「どうしてですか! ネコちゃん探してあげないとかわいそうですよ!」
「"感謝の気持ち"なんてもらっても一銭にもならない。ぼくらの目的はお金だ、慈善事業じゃない。"肩たたき券"はまあ、人によるけど」
「そ、そうでしたね……」
スピカがしゅんとしてうつむいた。
「はぁ、冒険者ランクってヤツが低いとまともなクエストも受けられないのか。ったく、新参に厳しいな」
「仕方がないですよ。"迷宮機関"が冒険者ランクによって入れる階層やクエストを規制しているのは、弱い冒険者が無茶して死んじゃわないようにするためでもありますから」
「そりゃそうか……なんにせよ、ランクを上げなきゃ何も始まらないらしい。でもランクってどうやったら上がるんだ?」
「うーん……クエストをたくさんクリアしたり、迷宮の中で何か功績をあげたりすることでしょうか」
「割に合わないクエストをいくつも受けるのはあまり効率が良いとは思えないな」
「そうだ――だったら!」
スピカの案内に従い、街の中で一番大きな建物にやってきたぼくたち。
白い直方体の建物だ。
このカラーリングとデザインだけで"迷宮機関"の施設だとなんとなくわかる。
一目で分かるよう、他の建物とは明らかに差別化されているようだった。
「じゃじゃーん! ここは"迷宮機関"の本部施設です。ここで"検定試験"を受ければ結果に応じて冒険者ランクの認定を受けることができますよ!」
「めちゃくちゃ手っ取り早いじゃないか、さっそく行こう」
ぼくらはいそいそと本部施設に乗り込んだ。
「"検定試験"? あーいいですよ、受験料がかかりますが。まあはした金ですよ。え、無一文? ダメですね、出直してきてください、はい」
気だるそうな受付の人に、テキトーな感じで追い返された。
「ダメでしたね」
「ああ、ダメだった。お金がないと試験も受けられない。ランクが上がらないとまともな報酬の出るクエストが受けられない。貧困の無限ループじゃないか。こんなところで現代社会の縮図をみることになるなんて思わなかったよ」
「どういう意味ですか?」
「いや、"こっちの"話さ。とにかく良いクエストをうけるにも上の階層に行くにもランクが必要で、ランクをちゃちゃっとあげるにはお金が必要ってことはわかった。必要なのはお金だ。まずは元手を手に入れないと」
ぼくらは引き返し、再び大通りを歩いていた。
人通りが多い。
こんな道じゃあ、怪しい動きをしているヤツがチラホラと見える。
――これだ。
「おっと、ごめんよ」
目の前から歩いてきた男が、ぼくとすれ違いざまに肩をぶつけた。
思った通りだ。
「こっちこそごめんね」
それと――ごちそうさま。
「スピカ、元手なら今できた」
ぼくの手には、革製の洒落た財布が握られていた。
ご丁寧に紫に染色されている。中身もギッシリって感じの重量感だ。
見つからに金持ちのものだ。
「勇者さま、そのお財布は?」
「盗った。さっきの男からね」
「だ、ダメですよぉ! そんなのはんざ――うきゅぅ!」
「シーッ、人聞きが悪いよ」
ぼくはスピカの口を空いた手で塞いだ。
騒がれたら困るし、実際これは犯罪じゃない。
「あいつはスリだった」
「スリって、人のお財布を盗む悪い人のことですよね?」
「ああ、いると思ったんだよ。こういう場所に買い物にくる人らは、財布の中身が充実してるだろうから。この大通りは言うなれば、お金の通り道ってわけさ」
「でも、それならそのお財布は誰かから盗まれたお財布っていうことですよね……ダメですよ、その人が困っちゃいます」
「問題ないよ、持ち主はぼくらの前を歩いてるあの女の人さ」
ぼくは早足で前の人に追いついて指でちょんちょんと肩をたたいた。
「もしもし、お姉さん。ちょっとお話でも?」
「なんだ貴様は、"ハーレムギルド"の勧誘ならば先ほど断ったはずだ!」
長い栗色の髪をポニーテールに結った女剣士だった。
そこそこ高級そうな鎧と、宝石を散りばめた長い剣を装備している。
なるほど、スリに狙われるわけだ。
「ハーレムギルドってなんのこと? ネーミングセンス悪くないかな?」
「だったら何だ、茶の誘いなら断る」
「お姉さん美人だからお茶には誘いたいんだけど、今日は違う。これさ」
ぼくは財布を取り出す。
女性剣士は目を見開き、
「それは私の! 返せ!」
「おっと、盗んだわけじゃない。拾ったんだよ、見かけによらずドジなんだね。そういうギャップは可愛らしいと思うけど」
「っ……これは失礼した。善意で声をかけてくれたんだな」
「そう、ぼくは善意の塊みたいなヤツさ。だけど善意ってのはタダじゃない。ぼくの故郷では、落とし物を拾ってくれた人に対して1割の謝礼を支払うって習慣があるんだ」
「それはつまり……私をおどしているのか?」
「人聞きが悪いな、ぼくはただお姉さんに故郷のことを知って欲しかっただけさ。お姉さんかっこいいし、装備もバッチリ似合ってる。一流剣士って感じだ。きっと周りから尊敬されてるんじゃないかな」
「な……っ!」
「そんなカッコイイお姉さんが財布を落とすなんて恥ずかしいドジをしたことがみんなに知られたらって思うと……」
「わ、わかった! わかった、1割だな! 決して貴様の口車にのせられたのではなく、剣士としての矜持をだな――!」
「さすが一流剣士、理解が早くて助かったよ。今度お茶でもどうかな?」
「まっぴらゴメンだ!」
お姉さんはピシャリと言い捨てて去っていった。
「勇者さま……」
じとーっとした目でスピカがぼくを見ていた。
「悪い人ですね」
「ただの勇者とは違うさ。"ニセ"勇者だからね」
「でも、盗まれたお財布を返してあげました。本当はそっちが狙いだったりして?」
「さあね、ぼくはお金がほしいなーって思っただけさ」
「もう、素直じゃないですっ!」
スピカはぷくーっと頬を膨らませた。
「そこは嘘でも『そうだよ』って言うところです!」
「そうだよ」
「今じゃないですよぉ!」
憤慨するスピカを尻目に、ぼくはもらった金貨と銀貨を数えた。
この世界の貨幣価値は知らないけど、素材はそこそこ純度の高い金と銀だ。
もとの世界ならけっこう金持ちになれそうだ。
「さて、財布の1割をもらったわけだけど」
「たくさんありますね、これならたいていのものは買えますよ!」
「所詮は1割程度さ。あのお姉さんはこの10倍持ってたって考えると……足りないな」
「ゆ、勇者さま?」
「次はこのお金を――」
――100倍に増やす。