第一章・エピローグ『虚無の瞳の少年と、星辰の瞳の少女』
第一章・エピローグ『虚無の瞳の少年と、星辰の瞳の少女』
真夜中。
迷宮には空がない。蓋で塞がれて、その先がどうなっているのかここから見ることはできない。
なのに一日24時間のサイクルはあって、明るくなったり暗くなったり。
しんと静まり返って、少しだけ肌寒い。そんな夜だった。
"柱の街"の表通りを、ぼくとスピカの2人が歩いている。
他のみんなは"迷宮機関"の施設に行ってしまった。
ぼくらはラウラに借りた鍵の宿へ向かっている。
裏通りでは今も酒盛りや宴会が続いているのかもしれないけど。
こっちの道では全ての建物が閉じられて。
"術式回路"の街灯が控えめに足元を照らしていた。
「不思議だね。これだけ暗くて静かで、空気が澄んでいるのに、星が見えないなんて」
ぼくはつい、ぽつりと考えていることを漏らした。
スピカはぼくを少し見て、ぼくが空を見ていることに気づいて同じ方向を見上げた。
「不思議じゃないことなんてありません。この世界は不思議だらけ、だから楽しいんです」
「いい言葉だね、誰の言葉?」
「お父さんの言葉です……もう、いなくなってしまいました」
「……そっか」
「お父さんのお話は――してなかったですよね。わたしの"願い"の話も」
スピカはそんなことを言い出した。
どこか急だった気もするし。
今だから言える、そんな風に考えたのかもしれないし。
とにかくスピカは、めったにしない"自分の過去"の話をし始めた。
思えば、ぼくはスピカについて何も知らない。
聞こうとしたこともない。
「わたしのお父さんは、冒険者だったんです。"柱の街"で一番の剣士でした。中でもナイフの扱いは抜群で、誰にも負けないって評判でした」
断片的に聞いてきた話から察するに、スピカの語る過去はハッピーエンドにはならない。
スピカは少しだけつらそうな顔をして続けた。
「お父さんは冒険者たちのリーダーでした。お父さんの周りにはみんなが集まってきて、みんなに信じられていました。わたしはすごく誇らしくて、いつもお父さんの背中を追いかけて……いつか、お父さんみたいに冒険に出て、そして……」
「願いを叶えようと思ったのかい?」
「……それは半分正解で、半分間違いです。お父さんの願いは――星を見ることだったんです」
「星を……?」
「わたしの名前――スピカは、ずっと昔の空に浮かんでいた星の名前が由来なんです。でも今の世界は空が閉ざされてしまって、天蓋迷宮の中から星を見ることはできません。この世界の誰もが……生まれて、死ぬまで。星を見ないまま死んでいってしまうんです。人間でも、エルフでも、奴隷でも、王様でも。みんな同じです」
スピカはぼくの眼を見る。
星のように輝く瞳。
その瞳を見て、スピカの父親は名前をつけたのだろうか。
きっと、そうなのだろう。
星を見たことがなくても、本などの記録には残っている。
その輝きの残響を、スピカの中に見たのだろう。
「"願い"を抱えているのは勇者たちだけじゃありません。この世界に生きるみんながそうなんです。生まれた瞬間から生きる意味を知っている人なんていません。いつか自分で"願い"を見つけて、それが生きる意味になるんです。お父さんにとっては、星を視ることこそが生きる意味でした」
「でも、迷宮の中に星はない。だったら……」
「迷宮の外――"第零階層"。そこにたどり着けば、空を覆うものはもうありません。見上げればそこに星が輝くはずなんです……だから、お父さんの願いは、神様に叶えてもらうためのものじゃなかったんです。ただ、そこにたどり着けば叶うものだったんです」
そうか。
そこが違うんだ。
"第零階層"にたどり着けば、この世界を去った"星神"が願いを叶えてくれるらしい。
だけど、スピカの父親の願いは。
神様のチカラなんてなくても、叶うものだったんだ。
人間のチカラで、たどり着くものだったんだ。
「結局、お父さんは夢半ばにいなくなってしまいました。その後は知っての通り、わたしはネリヤ神殿にひきとられて、アルネヤちゃんたちと修行して、そして……勇者さまに、出会いました」
「スピカ……」
「わたしの願いは、お父さんみたいに冒険に出て、"第零階層"にたどり着いて……そして、星を視ることです。だから勇者さまに出会ったその瞬間から、願いはもうかなったんです。今こうして歩いている瞬間にも、願いはかなっているんです。今だってずっと、この時間全部がわたしたちの冒険なんです」
そして、彼はスピカに託したんだ。
夢を。
願いは自分で叶えるんだっていう、信念を。
「勇者さまと出会ってからの時間は、新しいことの連続でした。勇者さまと出会って、わたしの世界は拡がりました。お父さんの言った通りです、不思議なことばかり。だから楽しいんです。だから……嬉しいんです!」
「やっぱり――」
ぼくは言った。
「きみは"ホンモノ"だよ――スピカ」
最初に出会った時。
ぼくは記憶を失って、自分が誰かもわからなくて。
何を考えたら良いのか、何をして良いのか。
わからなかった。
だけど、ぼくの側にはスピカがいて。
彼女の語る言葉は荒唐無稽だったりするけど。
それでも、嘘がなかった。
ホンモノだって、信じられた。
「きみだけじゃない。ここにきて、短い間だけどいろいろな人と出会って。きみの言った通りだよ、みんながそれぞれの"願い"を持っていた」
ぼくは思い出す。
マサトのことを。
「マサトは世界が嘘にまみれてると思って絶望した。自分だけを信じるようになった。きっとそれは間違ってはいない。だけど、誰にだってあるんだ。"願い"が。それはきっと"ホンモノ"なんだ」
マサトにとってそれは自分の正義や正しさ、そして"仲間"だった。
人それぞれに、大事なものは違う。
だけどそれを大事だと思う心は嘘じゃない、"ホンモノ"なんだ。
それが"願い"なんだ。
「アルネヤは、"願い"が勇者の力の源だって言った。ぼくはレベルゼロだ、願いなんてない。だから最初から、今だって"ニセモノ"のままなんだ」
「勇者さま……」
スピカは、ぼくの手を握った。
ぎゅっと、力強く。
だけど、優しく。
あたたかく。
包み込むように。
「もしもぼくが"願い"を見つけたら、なれるのかな――"ホンモノ"の勇者に」
「大丈夫です!」
スピカは力強く言った。
「勇者さまは、勇者さまですから! それを見つけるまで、わたしは一緒にいます……ずっと!」
「……ありがとう」
「行きましょう、もう夜も遅いです。知ってますか、勇者さま。夜は夜明け前が最も暗いって。だけどその暗闇を超えた先に、新しい朝が来ます。終わらない夜なんてないんです。今はまだわからなくて、さまよって、不安でも……一緒に進んでいればいつか、光が視えてくるはずです。それが私たちの冒険なんです!」
「冒険、か……そうだね。また明日から、頑張ってみるかな」
「明日から本気出す」なんて。
たちの悪い、冗談じみた言葉だけど。
それでもいい。
ぼくには願いがない。
だから何を言っても嘘くさくて、何を言ってもニセモノで。
それでもいいんだ。
きみがぼくを勇者と呼んでくれたから。
ニセモノだってかまわない。
「さあ勇者さま、宿まで競争です!」
「ちょ、スピカ!? 明らかなフライングだよ、それは!」
「へっへーん、勇者さまのよくやるズルズル作戦ですっ! 悔しかったら追いついてみてください!」
「あ、スピカの前にネコのフンが」
「えっ、嘘!?」
「嘘だよ、追いついた!」
「あーっ、勇者さまズルズルですよー!」
「きみだってズルしただろ、おあいこだ!」
こうしてぼくらは2人並んで一直線に走り、進んでいく。
この闇の中を。
夜は夜明け前が最も暗い。
だけどその先にきっと――光があると信じているから。
次の明日が来る。
ぼくらの冒険はこれからも、続いていくんだ。
第一章『ニセモノと、ホンモノ』
END




