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4.7「きみが世界を拒絶したんだ」


 決着はついた。

 ユージーンさんを始め、アイナ、アルネヤ、サン、ルナ、そしてマサト。

 この誘拐事件に関わった人間ほとんどが死なずに済んだ。

 もちろん、今までマサトが殺してきた人たちを救うことはできないけど。

 ぼくには時間を巻き戻すとか過去を変えるとか、そんな力はない。

 だからこれがぼくにできる、精一杯だ。


 それに、たぶん過去を変えられる能力があったとして。

 それを使えば犠牲者を救えるとして。

 ぼくは使わなかっただろう。

 ぼくは神様じゃない。

 人間の生き死にを決める権利なんて、ぼくにはないんだから。


「……んでだよ」


 マサトはうつむき、そう呟いた。


「なんでだよ……なんでだよ!」


 彼は叫ぶ。


「なんでだ、なんでこうなる! 俺は無敵のはずだ! 俺は勇者のはずだ! 負けるはずがない、お前は勇者レベル0でスキルも"祝福"も持ってない"ニセ勇者"のはずだろ! 俺は真の勇者だぞ、負けるはずがない!」

「負けるはずがない? どうしてそこまで言えるんだい」

「レベルが低いのに高いやつに勝つなんて間違ってるからだ! スキルもないのに俺の剣技を防げるなんてありえないからだ! そんなの世界が間違っているだろう!? 誰も納得しないぞ、俺の敗北は間違ってるんだ! あって良いはずがない!」

「なるほど……きみの能力は過去をやり直して正しい世界に変えたいっていう願望から生まれたんだね」


 "祝福"の力がどうやって生まれるのかは知らない。

 だけど、マサトは世界を自分の考える"正しい姿"であるべきだって、そう本気で思い込んでいるみたいだった。

 アルネヤは言った。


「"魔法"は、世界を"自分の内面世界"で上書きするチカラよ。マサトの強い願望が"世界を正す能力"に変わったのね」

「マサトが勇者としての資質に恵まれたってのはそういうことか」

「勇者は叶えたい願いを持つ人間から選ばれるって、大神官様が言ったはずよ。あんたに能力が無いっていうのも、その"願い"を忘れてしまったからなのかもしれないわね」


 "願い"を思い出せないから能力がない。

 確かに、そう考えるとしっくり来る気がする。


「俺を……憐れみの目で見るな」


 マサトはぼくとアルネヤを、心から憎しみを込めた瞳で睨みつけた。


「見るな! そんな目で俺をみるなー!!」

「ぼくらをじっと見てるのはきみのほうだよ、マサト」

「何……?」

「気づいていないのかい? 全部逆だったんだよ。きみは世界に拒絶されたんじゃない。きみが世界を拒絶したんだ」

「やめろ……」


 マサトはぼくの話を止めようとする。

 だけどぼくはやめなかった。


「きみの考えが全部間違ってるってわけじゃないさ。だけどきみは少し勘違いしてるよ。正しい世界とか"ホンモノ"とか真実とか、そういうのを求めてるのなら、まずきみから本当のことに目を向けるってのが筋じゃないのかい?」

「くっ……もう、やめろ……!」

「きみだって本当は、気づいてるんだろう? 他者を虐げ、群れを作って安寧を得る。きみの最も嫌ってきたその行為を、きみ自身が今やっているんだって」

「やめろ……!」

「逃げ続けても同じさ、世界を変えても同じ、何度生まれなおしても、繰り返しても全部同じなんだ。だってきみは――きみ自身から逃れることだけは絶対にできないんだから」


「やめて!」


 ぼくの腕を強くつかんで制止したのは、アルネヤだった。


「もういい……もう十分よ」

「……ま、いいよ。きみがそう言うならね」


 そもそもぼくはマサトに個人的恨みを抱いていない。

 だから彼を痛めつけようだなんて一切思っていない。

 単純に、マサトの考えを突き詰めていくと。

 彼は自分で自分を殺すことになると、そう考えたんだ。

 だから伝えようとしたんだけど……そんな真実に目を向けるのは人間にとってつらいことだから。

 アルネヤはぼくを止めたんだ。


「マサト……あんたは悪人じゃない。誰がどう言おうと、あんたは悪人じゃないわ。あんたはね……弱かったのよ」

「アルネヤ、何を言っている……俺が、弱い……だと?」

「弱いから他人を怖がって、弱いから他人を傷つけた……そしてあたしも……弱いからあんたを止められなかった」


 アルネヤは優しい目でマサトを見ていた。

 「マサトを赦す」、そんな意思を感じた。


「……そんなのは同情だ……俺はそんなもの求めてない。アルネヤ、お前は――"仲間"じゃない!!」


 だけど、マサトはそれを受け入れなかった。


「もういい……俺はおとなしく捕まってやる。抵抗すれば"迷宮機関"の奴らに一矢報いてやれるかもしれないが……ニセ勇者、一つだけ条件がある」

「なんだい?」

「その条件を飲めば、俺は逮捕されるまで抵抗しない。誰も傷つけないと約束する」

「いいよ。で、条件ってのは?」

「その条件は――」




      4.7「きみが世界を拒絶したんだ」




 その後すぐに、ラウラ率いる"迷宮機関"の治安維持隊が乗り込んできた。

 "ハーレムギルド"は制圧され、マサトは逮捕、連行された。

 だけどマサト以外の"ハーレムギルド"のメンバーはみんな姿を消しており、見つからなかった。


「今回はお手柄でしたわね、ニセ。スピカも」

「えへへー」


 ラウラもスピカに連れられて倉庫にまで現れた。

 彼女なら、マサトを連行するときも十分に抑えられるだろう。

 まあ、マサトが約束を守るとしたら、抵抗するとは思えないけど。


「もう深夜ですが、ユージーン氏の家がめちゃくちゃに荒らされた今、あなたがたが泊まる場所がないですわね。幸い、わたくしはこれから事後処理に追われますので、わたくしの泊まっていた高級宿にお泊まりなさいな。今は空いています」


 ラウラはそう言ってぼくらに鍵を渡した。

 思わぬ報酬を得た。


「あたしはこの事件と、これまでの経緯について証言するわ。スピカ、あんたともお別れね」


 アルネヤも連行されるマサトについていくことにしたようだ。

 その前に逃げ出すこともできたけど、結局真面目な性格と、マサトを野放しにした責任感から、逃げないことを選んだらしい。


「アルネヤちゃん、毎日会いに行きますから!」

「ま、毎日はこなくていいわよ……嬉しいけど」


「感動のお別れ場面に水を指して申し訳ございませんが――」


 手を取り合って涙ぐむスピカとアルネヤの間にラウラが口を挟んだ。


「アルネヤさんは捜査に協力的ですし、直接人を殺したこともないようです。"ハーレムギルド"の正式メンバーでもなく、犯罪行為も脅されてやっていたことになります。総合すれば罪は軽くなるでしょう。取り調べの終わる一週間後には、釈放されますわね」


 ラウラはそう説明した。


「やったぁー! ラウラちゃんすきすきーちゅっちゅー!」

「ちょっと! ムサ苦しいですわ! ムサ苦しいですわよ!」

「なんで二回言うんですかぁー!」

「本当にムサ苦しいからですわよ!」


 その知らせに感極まったスピカは、ラウラに抱きついて頬ずりしていた。


「……あんたには、世話になったわね」


 アルネヤは彼女らの姿を見て緊張がとけたようで、ほっとした面持ちでぼくに言った。


「きみを倒したのはスピカだし、マサトを倒したのはきみだよ。ぼくは手伝っただけだ」

「そうかしら、だいたいあんたが仕組んだようにみえるけど?」

「仕組んでなんていないよ。未来のことなんてわからないさ。ぼくはいつも、行き当たりばったりで生きてる」

「……ふふっ、あんたって変な奴ね。そういうところがスピカと波長があうんでしょうね、きっと」


 アルネヤは微笑み、ぼくの襟を唐突に掴んで引き寄せた。


「お礼とか、何もできないけど――」


 襟を掴む力が強くなって。

 アルネヤは背伸びをして、目を閉じ。

 ――ぼくの頬に彼女のあたたかい唇が触れた。


「いちおう……感謝してるんだからね……」

「……きみ、男嫌いだったんじゃ」

「べっ、べつに嫌いってわけじゃないわよ! 苦手なだけ。ただあんたは男にしては……信じられる奴だと思うから……もうっ! そんな不思議そうに見ないでよ! あたしもう行くから!」


 アルネヤはじゃれあっているスピカたちのほうへ歩み寄り、スピカに声をかけた。

 スピカはさっきのぼくらの様子は見ていないようだった。

 見られていたら何か言われそうだったから助かった。


 アルネヤはスピカに言った。


「また会いましょう、スピカ」

「もちろんです、アルネヤちゃん! 待ってます。わたしたち、お友だちですから!」

「友だちってだけじゃないわよ。あたしたちは――ライバルなんだから。負けないわよ、スピカ」

「もちろんです!」


 2人は朗らかな表情でハイタッチをして別れた。


 こうして"ハーレムギルド"によるアイナ誘拐事件は幕を閉じた。

 アイナは入院したユージーンさんの元へ向かい、意識を取り戻した父親と共に互いの無事を喜びあった。

 見た目の外傷は大きかったけど、ユージーンさんの治療は順調でしばらくすれば完治して後遺症も残らないらしい。

 ユージーンさんを直接襲撃したのはアルネヤだった。

 彼女はきっと、マサトに支持されて人を襲う場合は毎回そうして殺さないように、後遺症を残さないように手加減していたのだろう。

 そうした面も考慮され、罪は軽くなるはずだ。


 マサトは多数の殺人を含む犯罪行為により、これから裁かれることになるだろう。

 アルネヤはマサトを「悪人じゃない」と言った。

 それは以前からマサトを知っていたからわかることなのか。

 それとも同情からくる優しい嘘だったのか、ぼくにはわからない。

 だけど――


 マサトは確かに約束したんだ。


「この誘拐事件は俺の単独犯だ。いままでの殺人も……全部俺だけがやったことだ。ギルドのやつらは関係ない」


 "迷宮機関"が到着し捕まえる前。

 マサトはぼくとアルネヤにそう言った。


「"仲間"たちには罪はないんだ……ただ俺は、あいつらに生きる喜びを知って欲しかった。楽しく生きて欲しかった……」


 実際のところ、ギルドのメンバーは少なからずマサトの犯罪行為に手を貸している。

 捕まれば、共犯者として多かれ少なかれ裁かれることになる。

 だけどマサトは言った。


「頼む、お願いだ……」


 頭を床につけて。

 土下座してまで、ぼくらにそう頼んだんだ。


「俺は無抵抗で捕まり、これまでの全ての罪を認める。だが頼む、他のメンバーは見逃してくれ! あいつらは獣人や奴隷出身で身分が保証されていない! 逮捕されれば、きっと元の最悪の環境に戻されることになる!」

「……ぼくに彼らの運命を決める権利はない。だからアルネヤ、きみに任せるよ」


 ぼくはマサトとたいして関わりがない。

 ギルドのメンバーも知らない。

 だからアルネヤにすべてを託した。


「わかったわ」


 アルネヤは言った。


「あたしとあんた、2人が主犯。そう証言するわ。ギルドのメンバーは勝手に逃げて、行き先はあたしたちも知らない。そう言えばいいのね」

「違う、アルネヤ! お前は俺の仲間じゃない! 俺が主犯、お前は脅されただけだ! そう証言しろ!」

「……それでも、やっぱりあたしにも責任がある。多少主張が食い違うくらいよくあることよ。あたしはあたしの真実を証言する。それでいいわね。大丈夫、あんたの守りたかったもの……ギルドメンバーは、あたしだって守るわ」

「くっ……なんでだよ……なんで俺に優しくする」

「あんたが悪人じゃないからよ」

「俺は人殺しだ。そこのニセ勇者が言った通りな……俺は俺が最も嫌っていたものに成り下がった……今じゃただの負け犬だ。いいや、最初からか」

「あたしだって負けたわよ。"落ちこぼれ"ってバカにしてた友だちにね。だから同じよ、あたしだって負け犬。だけどそれで良いじゃない。負け犬同士――やっと、仲間になれたんだから」

「……っ!」


 マサトは目を大きく見開いた。

 そして瞼から、ボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちた。


「……俺、は……俺は……どうして……こんな……俺、お前にひどいこと……うっ、うわあああああああああああああああ!」


 大声をあげて。

 子どもみたいに。

 マサトは泣いた。


 マサトとの約束を守るために。

 ぼくとアルネヤはサンとルナを起こし、ハーレムギルドのメンバーを連れて逃げるように伝えた。

 幸い、隠れ場所はいろんな階層に設置してあるようだ。

 そこに逃れ、"仲間"たちと共に助け合って生きていけと。

 マサトの想いを伝え、サンとルナを逃した。

 彼女たちが今後どうやって生きていくのか、それはぼくにはわからない。

 マサトのように世界と戦おうとするのか。

 それともどこかで折り合いをつけていくのか。

 どちらにせよ、マサトの選択は彼女らを幸せにしようと考えてのことだ。

 本当の幸せがどちらなのか、やっぱりぼくにはわからないけど。


 マサトのその"願い"だけは、ホンモノなのだろう。

 

 ニセモノだらけの世界で、真実を求め続けた彼にとって。

 唯一、信じられるものだったのだろう。

 だからぼくも、彼との約束を守ることにしたんだ。

 ぼくはニセモノだけど。

 マサトは敵だったけど。

 ホンモノの気持ちだけは守りたいって。

 そう――思ったんだ。

 



      第四話・終

 


今回で序盤の話は一段落です。

明日の3/28、23時に第一章のエピローグを投稿します。

その後は今月はキャラクターや舞台設定の解説を投稿する予定です。

きりが良いので4月から第二章に入りたいと思います。


ブクマや評価など、大変励みになっております。

今後もよろしくお願いいたします。

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