4.6「さあ、終わりの始まりだ」
アルネヤの頭部が胴体とサヨナラバイバイする、その少し前の話だ。
ぼくとアルネヤが"ハーレムギルド"に向かっているその時だった。
「あいつの能力は……あいつの"祝福"は――時間を巻き戻す能力、なんだから」
アルネヤは確かにそう言った。
『時間を巻き戻す能力』、本当だったら最強の能力だ。
だけど――
「けどそれだけじゃないんだろう? ただ『時間を巻き戻す』だけの能力なら、歯止めが効かない。例えば何度も過去に遡ってやり直せば、マサトはもっと成功しているはずだよ。それだけじゃない、元の世界に戻ることだってできる。そうなってないってことは、何らかの制限があるはずだ」
「……そうね。巻き戻せる時間は1秒から3秒程度みたいだわ」
「どのくらい連続で使用できるかも重要だよ。連続で3秒巻き戻し続ければ無制限に過去に戻れる」
「当然、連続使用にも制限があるわ。1秒巻き戻せば1秒間、能力は使えない。3秒巻き戻せば3秒間、能力を使えない」
「巻き戻した時間と同じ時間だけ能力に使用制限がつくってことか……3秒以上の過去には戻れなくても、同じ時間を繰り返すことは可能……」
マサトの"祝福"、『時間を巻き戻す能力』の実態が見えてきた。
アルネヤの話によると以下のような能力となる。
1.マサトが念じることで発動する。発動は一瞬であり、タイムラグはない。能力発動には魔力を消費するが、実質的に無償発動できる(理由は後述)。
2.発動すると時を1秒から3秒程度巻き戻す。巻き戻す時間は発動時に自由に決められる。
3.巻き戻った後の世界で、巻き戻る前の"未来"で起こったことを覚えているのはマサトのみである。
4.一度この能力を発動すると、巻き戻した分と同じ時間だけ能力を使用できなくなる。
5.巻き戻る前にマサトの負った傷や魔力の消耗は引き継がないため、能力発動で消費する魔力は帳消しになる。
3秒以上前に戻ることはできないけど、この能力を連続で使えば同じ3秒間を永遠に繰り返すこともできる。
その3秒間で起こることを完璧に把握すれば、自分に不利な未来を完全回避し続けることもできる。
確かに強力な能力だ。
"無敵"と表現しても良い。
「だけど――"最強"ではないな」
「な、何言ってんのよあんた! この能力の恐ろしさがわかんないの!?」
「いいや、よくわかるよ。どんなに困難なゲームだって、残機が無限ならいつかクリアできるさ。たいていの場合はね」
「たいていの場合は?」
「人間には何度繰り返しても無理なゲームもあるってことさ。スーパーマリオって知ってるかい? ま、知らないだろうけど。マリオが死んでも残機がある限り繰り返せるゲームさ。だけどマリオの出現位置に地面がなくて落下するしかなかったら、何度繰り返してもクリアは不可能だ。死ぬしか無い」
「は? 全然意味分かんないんだけど?」
「繰り返してるだけじゃどうにもならないこともあるってことさ。あいつを倒す方法が見つかったよ」
「嘘でしょ?」
「本当だよ、きみにも協力してもらう。最初に聞きたいんだけどアルネヤ、きみさ――」
――いっぺん死んでみる覚悟はあるかな?
そして現在。
ぼくはこの一瞬でそんなことを思い出していた。
目の前には切り裂かれるアルネヤの首筋。吹き出る血潮。
たった今、アルネヤはマサトに殺された。
マサトはぼくとアルネヤの即席コンビに、正直苦戦していたのだろう。
強力な武器"フレム・ボーヤント"は封じられた。
まだあれがあったら炎の鞭でゴリ押しして勝てたのかもしれないけど。
代わりの"魔力光刃"でぼくと切り結んでも決定打を与えられず。
術式を使おうとしたらアルネヤに"解呪"される。
べつにぼくやアルネヤに攻撃されて窮地に陥ったわけじゃない。
いたずらに時間を巻き戻したって有利になるわけじゃなかった。
だとしても、このまま長々と戦い続けていれば"迷宮機関"が踏み込んでくる。
誘拐事件を起こしたんだ、通報されたであろうことはマサトだって考慮したはずだ。
つまりこの戦いは互角に見えてぼくらに有利だったんだ。
だったら、互角の戦いを続けていれば先にしびれを切らして"無理"をするのは当然マサトのほうだ。
そしてこれも当然の帰結として、術式を使えない状態でぼくを倒すのが難しいとわかったら。
先に術式を妨害するアルネヤに直接攻撃して潰したいと考えるのも簡単に予測できた。
その結果がこれだ。
マサトは無理やり魔力により超加速して、"解呪"する暇も与えずにアルネヤを殺した。
そして、そこまでがぼくの作戦のうちだったんだ。
さあ――
「終わりの始まりだ」
ここまでの流れを予測済みだったぼくのとるべき行動は一つだ。
元からマサトとアルネヤの間にいたぼくは、マサトのような超スピードじゃなくても2人がいる位置まで追いつける。
そして加速と剣技スキルを連続発動させた後の『隙だらけ』の状態のマサトを仕留めるのも――あまりに容易だった。
ぼくの"黒水星"が、マサトにガードする余地を与えず彼の首筋を切り裂いた。
4.6「さあ、終わりの始まりだ」
「がっ……!」
ニセのナイフがマサトの首筋を切り裂いていた。
冷たい感触と熱い感触が同時に襲ってくる。
完全に致命傷だ。このままでは数秒も保たずに意識を失って、死ぬ。
マサトはそう確信した。
だが、解決策はある。
死ぬ前に能力を発動し、時間を巻き戻せばいい。
簡単なことだ。今の攻撃を受ける前にまで遡り、この記憶を引き継いでもう一度この数秒間を繰り返せば。
いずれは自分の思い通りの未来に変わる。
ゲームと同じだ。
繰り返せばほしい結果が得られる。
それが真実だ。
("祝福"――発動!)
発動にタイムラグはない。意識があるうちに発動さえしてしまえば死ぬことはない。
次の瞬間には、マサトの意識は"致命傷を追う前"の身体の中に戻っていた。
そして巻き戻った後のマサトは――
地に足がついていない。
急加速し、剣を振りかぶり、一気にアルネヤに接近し、仕留めようとしている。
その真っ最中だったのだ。
(くっ――だが、ニセ勇者の攻撃がくるのはわかっている。そいつを避ければ!)
マサトの"魔力光刃"により、再びアルネヤの首が刈り取られた。
だが次の瞬間――マサトの首も切り裂かれていた。
「な……がっ…!?」
反応することもできなかった。
このままでは数秒で死ぬ。そのことを悟ったマサトは、再び能力を発動させようとする。
その直前、ニセは言った。
「さあ、終わりの始まりだ」
「っ――!?」
時が吹き飛ぶのを感じる。
再び3秒前に戻ってきたのだ。使用制限がとけるのと同時に発動させた。
しかし――状況は全く変わらない。
マサトは剣を構え、アルネヤに向かって突撃していた。
剣技スキルが発動し、見事な太刀筋でアルネヤの首をかっさばく。
(今度は"フォースフィールド"で――間に合わない!?)
加速と剣技スキルの連続発動によって一挙に消耗した魔力と、無理をした結果崩れきった姿勢により。
マサトは防御行動を取ることが全くできなかった。
わかっているのに、ニセ勇者の攻撃が迫ってきていることを知っているのに。
何も抵抗できないまま、マサトの首筋が切り裂かれた。
(能力発動――早くもどれ、俺が死ぬ前に!)
三回目の試行。
やはり同じだ。マサトは加速しアルネヤに斬りかかるところから再スタート。
そしてアルネヤを殺した直後に殺される。
四度目。同じ。
五度目。同じ。
六度目。同じ。
(ぐっ、ぐうう……俺は、俺は……無敵のはずだ!)
七度目。
ここで一つだけ違いが出た。
ただし、マサトのほうにではない。
違うことをしたのは、ニセ勇者だった。
時間を巻き戻しても記憶を引き継げないなら、巻き戻り自体に気づくはずがないのに。
ニセ勇者は死ぬ寸前のマサトの表情を見て、こう言った。
「その様子だとだいぶ繰り返したね、今七回目ってとこかな……ま、せいぜい頑張りなよ」
ぞくり、背筋が凍った。
今やっとわかった。このニセ勇者という奴は――普通じゃない。
自分は、罠にハマったのだ。
そうわかっていながらも、死ぬ前に。意識を失う前に。
能力を発動しなくては死んでしまう。
そう思い、マサトは能力を発動した。
八度目。
変えるしか無い。この未来を。
何度繰り返してもニセに殺されるならば、アルネヤを殺す前から行動を変えなければならない。
だったら――
「うっおおおおおおおおおおおお!!」
マサトは剣技スキルを発動して"魔力光刃"を振りかぶった右腕を、空いた左腕で掴んで強引に下方向に引っ張った。
光の剣が地面に激突し、衝撃波が発生する。
マサトが加速し、突進する方向が変わった。
反動で上方向に吹っ飛んだマサトは天井に強く激突し、床に落下した。
「ぐああああ!!」
べしゃりと叩きつけられるマサト。
全身を打ち付けたマサトはもはや起き上がれなかった。
「ぐ、うううう!!」
そんなマサトの様子をニセとアルネヤは見ていた。
アルネヤが殺される前から、未来が変わったのだ。
アルネヤはこの時間軸では生存していた。
「な、何がおこったのよ……いきなり加速したと思ったら地面を攻撃して……天井に激突したですって?」
アルネヤは何が起こったのか理解できず、混乱していた。
しかしニセは「なるほど」と頷いた。
「どうやら、ぼくらの勝ちらしい」
「どういうこと? 何がどうなって……」
「きみは知らないほうがいいと思うど……ま、いいか。たぶん、7回くらいは死んだんじゃないかな?」
「え……? それってあんたがここにくる前に言った"死ぬ覚悟"ってやつのこと?」
「ああ、あれは比喩表現じゃないよ。マジで死ぬってことさ。マサトはきみを殺した直後にぼくに殺されるまでの3秒間を何度も繰り返したんだろうね、その未来を回避するためにああなった。もちろん、正解は一つじゃない。もっと良い解決策もあったはずだよ……だけど」
マサトはよろよろと起き上がろうとして、再び倒れた。
「ぐぅ……げおおおおおおおああああ!」
盛大にゲロを吐き出した。
「人間には無限に同じ時間を繰り返すほどの忍耐力は備わっていないよ。ましてやマサトのあの様子じゃ、ね」
ニセは続けた。
「自分が死ぬ瞬間を何度も体験したんだ。心的外傷は計り知れない。なんせ繰り返した記憶を引き継げるのはマサトだけだ、同じ回数死んでるはずのアルネヤはケロっとしてるのにね」
「お、お前えええ! ぐおおお、お前、俺をハメたなぁ……はぁ……はぁ……ゴホッゴホッ」
「きみが自分からハマったんだよ、ループする時間にね。そして自分だけが殺されるショックを蓄積した。きみの能力は"無敵"かもしれないけど、きみ自身は"無敵"じゃあない。外傷は時を戻せばなくなるけど、殺されたという記憶に精神のほうが負けてしまうんだ。人間である限りね」
「まだだ……俺の能力を使えば……お前たちに捕まらずに逃げられるはずだ……ここを逃れさえすればまだやり直せる……!」
「やってみなよ、能力――使ってみたら?」
マサトは目をつぶり、精神を集中しているようだった。
次の瞬間――
「げ――ぼあああああああああああああああああああ!!」
またゲロを吐いた。
胃の内容物はすでになくなっており、胃液を吐くだけだった。
「条件付けだよ。パブロフの犬ってヤツさ、ベルを鳴らした後餌を与えることを繰り返すと、犬はいずれベルを鳴らしただけで唾液を分泌するようになる。それと同じさ、きみは"祝福"の能力を発動する度に死んだ。それを繰り返したことで、能力の発動をする度に死のショックがきみを襲うようになった。死のショックは大きいよ、なかなか消えないはずだ。条件反射が消去されるまでは、能力は使いものにならないだろうね」
ニセはポケットに手をつっこみ、もはや興味が失せたような顔でマサトに言い捨てた。
「あー、スーパーマリオって……もちろんきみなら知ってるよね。残機が無限にあるならどれだけ難しくてもクリアできる。きみの能力はそんなもんだ。だけどクリアできないステージを用意したら、何度繰り返してもクリアできない。例えば、ステージ開始時に床がなくて穴に落ちるしかなかったりね。きみは――穴に突っ込んだんだ。助かるためには、ゲームを降りるしか無い」
もはやマサトは這いつくばり、憔悴しきって何も言えなかった。
ニセはそんなマサトの姿を虚無の瞳で見つめ、こう告げた。
「だから言ったんだよ――きみには無理だ、って」
次回は3/27の21時に投稿します。




