4.4「アイナぱーんち!!」
「一緒に戦いに来たよ、ニセくん」
その姿は、確かに明るくて、でもどこか儚げな美少女――アイナのものだった。
「きみ、病弱だったんじゃ……」
「だいじょーぶっ! ちょっとの間なら動けるよ!」
アイナはニッコリと笑って腕をぶんぶんと回した。
「いや、そういう問題じゃなくて。さっきのパワーは一体……?」
「雑種強勢よ」
アイナに続いて倉庫の奥から現れたのはアルネヤだった。
雑種強勢という言葉はぼくの世界でも聞いたことがある。
確か……。
「雑種強勢って……家畜とか農作物で雑種を作ると両親のどっちよりも強くなるってやつだよね」
「そうよ。"亜人"と人間のハーフは元になった種族を遥かに超える力を発揮することがある」
「アイナはエルフと人間のハーフ……ってことは」
「そういうことになるわね。正直、あたしも半信半疑だったけど……あの子も例外じゃないみたい」
アルネヤも驚いた、という目線でアイナを見ていた。
「エルフは元々、人間より身体能力、術式適正、魔力、生命力……あらゆる面で優れた上位種族よ。対して人間は闘争心や創意工夫、生産性に長けた種族。二つの種族の長所をそのまま引き継いでさらに強化されているとしたら……あのアイナって子、とんでもない逸材なのかもしれないわ」
「くっくくく……!」
ふっ飛ばされたと思ったマサトは、普通に起き上がって笑った。
あれほどのパワーで殴られたにも関わらず、ピンピンしている。
ほとんどダメージが無いと言って良かった。
「やはりな、俺が見込んだ通りだぞ、アイナリエル。どうやらこの中じゃあ一番楽しめそうだな」
「もしかして、マサトくん知ってたの?」
アイナはそう質問すると、マサトは「もちろん」と頷いた。
「お前を"仲間"にすると決めてから、下調べは十分に行った。この世界でハーフエルフが発見された例は少ないが、そのいずれの場合も強力な力を発揮したようだ。さすがに"ハーレムギルド"には俺がいるとはいえ、他の階層にまで支部を拡げている今、戦力の増強は必須だった」
「そのために丁度いいのがあたしだったってことだよね……」
「そうだ。アイナリエル、お前は俺の仲間になり、もっと多くの仲間を"救う"ことになる。それがお前にとっての幸せだ」
「……だったら、なおさらマサトくんの仲間にはなれないよ」
「何故だ? 何故そこまで拒絶する?」
「だってあたし、幸せだもん!」
アイナは強くそう叫んだ。
それは、心からの叫びだったのだろう。
いつも笑顔のアイナとは違う、真剣な表情だった。
「ニセくんは生命を懸けてあたしを助けに来てくれた。そんな"友だち"がいる人生……それがあたしの幸せだよ」
「まだわからないのか……その気持ちはいつか裏切られる。それが真の絶望になると!」
マサトは術式を詠唱し始めた。
「打ち砕け、鋼の拳――"アイアン・フィスト"!!」
マサトの両腕に光の輪が出現し、両の拳が輝き始める。
「いいぜ、アイナリエル。お前の信じるものを全て……打ち砕いてやる」
4.4「アイナぱーんち!!」
「武器を保たず、術式も使えないお前にあわせて、俺も格闘戦で相手をしてやろう。同じ条件で力の差を見せつけられれば、お前も悟るだろう」
「あたしが術式使えないって知ってるのに、そっちは術式使ってるじゃん! ズルいよマサトくんは!」
「そこまで手加減してやるとは言っていないな!」
アイナとマサトの戦いが始まった。
その刹那――両者の間の空気が弾け飛んだ。
2人が高速でぶつかりあったんだ。
僕は目で追うことすらできなかった。
停止して方向転換した瞬間に見える2人の残像を追いかけるので精一杯だ。
「普通の人間じゃ見えないほどのスピード……これが"ハーフエルフ"の力だっていうのか……?」
「マサトは術式で移動速度を強化している。それに『術式なし』で平然と追いつけるほどのスピードは確かに驚異的ね」
アルネヤは冷静に2人の戦いを分析していた。
「おそらくアイナって子は、エルフから受け継いだ高い魔力を体内で循環させているのよ。術式による強化とは原理が違うけど、似たようなことを本能的にやっているということよ」
2人の戦いは壮絶を極めた。
周囲の壁に穴があき、床が割れ、破片が吹き飛ぶ。
そして吹き飛んだ破片が粉々になるほどの連続攻撃の応酬。
「廻れ……廻れ廻れ廻れ廻れ……もっと廻れーっ!!」
しかし、徐々に差が付き始めていた。
アイナのスピードは戦いの中でどんどん加速していく。
アイナはおそらく、今まで戦闘を経験したことはないのだろう。
普通の少女として育ってきたアイナが、初めて敵と戦った。
戦いの中で、アイナは自分の力を"発見"しているようだった。
「廻れ」という術式に似た掛け声を発する度に、アイナの身体が光り始めた。
その光はどんどん輝きをましてゆく。
そしてその度に彼女のスピードとパワーが増強されていた。
「すごい……あの莫大な魔力量を全部体内から発さずに高速循環させている……しかも徐々に効率があがってるだなんて……!」
アルネヤはそう解説した。
そうしているうちにもアイナの拳は徐々にマサトを捉え始めていた。
互いの牽制攻撃の手数に差が出ている。
拳がマサトのガードを打ち破り――そして。
「そこだーっ! アイナぱーんち!!」
ファンシーな名前だが凄まじい威力の打撃が、マサトの胴体を捉えて――
――いなかった。
「えっ……!?」
不自然だった。
完全なフィニッシュブローであり、ヒットすればマサトを沈めていたはずの「アイナぱんち」が。
まるで「未来を予知されていた」みたいに見事に避けられていた。
「なんで……? なんでなんで!?」
「残念だったな、お前の負けだ。アイナリエル」
「まだだよっ! もう一回やれば今度は当てられるもん!」
「もう無理だ、時間切れなんだよ」
「えっ……」
アイナ本人は気づいていなかった。
だけどぼくやアルネヤからはすぐにわかった。
アイナの脚は震え、勝手に膝が折れ地についていたのだ。
それに気づいた瞬間、アイナ自身の身体から力が抜け、彼女は床に倒れた。
「あれ、身体が……動かない……」
「本気で戦ったのは初めてか? お前にはエルフの血が入っている。エルフはこの下層の環境には適応できない、だから皆上層に住んでいるんだ。アイナリエル、お前の"病気"の正体もおそらくそれだろう。そんな環境でそれほどの力を使えば、消耗も激しい。3分か――それでもよく保ったほうだろう」
マサトはデジタルの腕時計で時間を確認していた。
どうやら"前の世界"から持ってきたもののようだ。
ぼくにはそんな便利グッズなかったのに、不公平だ。
「俺が勝ったが、お前にはとどめを刺さない。当然だ、これから"仲間"になるんだからな。これから処刑するのは――」
マサトはぼくとアルネヤを睨みつけた。
「そこの2人だ。どうやらアルネヤ、お前が寝返ってアイナリエルを逃したようだな。その"ニセ勇者"に惚れたか?」
「っ――そんなわけないでしょ!」
「どうかな、女の言葉なんてものは最も信じられないものの一つだ。平然を嘘をつき、裏切り、悪びれもしない。それが女っていう生物なんだよ」
「その意見には異論がある」
ぼくはマサトのネット弁慶みたいな言い分に口を挟んだ。
「ぼくは男だけど、たいていの女の子よりは嘘つきな自信がある」
「お前、この期に及んでまだくだらない軽口か? 既にお前の力は見切った。もう何をやっても無駄だ、俺には勝てない」
「それはどうかな」
ぼくはアルネヤに預けていたナイフ"黒水星"を構える。
「今度は武器があるし、アイナが戦ってくれたおかげでアルネヤに"治癒"してもらう時間も稼げたよ。ありがとう、アイナ。助かった」
そう、ぼくとアルネヤはただ観戦していたわけじゃない。
ぼくはさっきまでの戦闘で負ったダメージを回復していた。
アルネヤが戻ってきてくれたおかげで武器もある。
「さっきまでとは同じじゃない。マサト、きみはぼくを処刑するって言ったけど。最初にぼくが言ったことを忘れたのかい? もう一度言わせてもらうけど――きみには無理だ」
「口だけは達者な奴だな、"ニセ勇者"……お前にはまともな死に様は与えない」
マサトは床に置いていた"フレム・ボーヤント"の腕輪に向かって手を伸ばし、"簡易詠唱・浮遊"を唱えた。
宙を舞い、腕輪がマサトに吸い寄せられていく。武器を確保するつもりだ。
だけど――そんなことはさせない。
バシュン!
空中の腕輪が"何か"に弾かれ、火花を散らしながら明後日の方向に吹っ飛んだ。
「マサト、あんたあたしを忘れてるんじゃないの?」
「アルネヤ……お前もか!」
「あんたの術式は"解呪"させてもらったわ。あんたの剣"フレム・ボーヤント"は厄介だからね」
「後悔するぞ」
「もう十分してるわよ。あたしは……ううん、あたしたちが!」
アルネヤは腕輪に手をかざし、残響器を起動した。
ぼくらと戦ったときとは違う、装甲型ではなく、スピカやコルネリウスさんのものと同じようなオーソドックスな杖型の武器だ。
ここに来る途中マサトと戦う事になった場合の作戦を立てていたとき説明された。
これが"残響器カルブ・ル・アクラブ"の"術杖形態"だ。
装甲形態は物理攻撃を想定した直接戦闘に対応するためのものだが、この術杖形態は違う。
純粋な術式戦闘に特化した型。相手が魔術士であることを想定している。
だからこそ、マサトの簡易詠唱を容易に妨害できたんだ。
アルネヤは覚悟を決めたようだった。
マサトと戦う。
恐れていた相手に立ち向かう。
その覚悟を示すように、力強い声でアルネヤは宣言した。
「あたしたちが――あんたを倒す!」
次回は3/25の23時に更新します。




