4.3「テロ対策の基本を知っているか」
「俺の"仲間"を傷つけ、俺を侮辱した罪……償ってもらうぞ"ニセ勇者"!!」
4.3「テロ対策の基本を知っているか」
勇者マサトはそんな超カッコイイセリフを口にしながら、左手を右手首の腕輪にかざした。
そして唱える。
「天より授かりし叡智、地の底まで焦がし尽くす深淵の劫火よ! 燃え盛り、断ち切れ――"術式剣 フレム・ボーヤント"」
空気がオーロラのような光で照らされ、次の瞬間マサトの右手に炎のように揺らめく刀身を持った剣が握られていた。
これがマサトの術式剣"フレム・ボーヤント"か。
それにしても。
くそ、スピカやアルネヤの"残響器"といい、術式系の装備は出し方がカッコイイな。
ぼくも詠唱とかそういうの若干やってみたかったりするんだけど。
「羨ましい……」
しまった思わず口に出してしまった。
それに気を良くしたのか、マサトはニヤリと笑い、
「カッコイイだろ? お前は武器を出さないのか?」
「あいにく、今持ってないんだ」
「そうか、残念だったな!」
剣を腰だめに構え、突進してきた。
疾い――!
「くっ――!」
ぼくは初動の様子から攻撃の軌道を予測し、ギリギリで避けた。
ズドドドドドドドドド!
避けたにも関わらず、剣を振った軌道にあわせ、空間とその先にある倉庫の壁面が"焼き切られていく"。
運が良かった。ただ距離を取るだけじゃやられていた。
思わず冷や汗が出て来る。
「きみの"術式剣"、カッコいいだけじゃないみたいだね……」
「その通り、俺の術式剣"フレム・ボーヤント"は"巫女"たちが使うような"残響器"と違って神の力を宿しているわけじゃないが……術式剣の有名な職人にオーダーメイドで作らせた逸品だ。こいつは優れものなんだぜ。刀身の先から炎の刃が鞭のように伸びて、距離を取った相手を焼き切ることができる」
「良い物を自慢したいって気持ちはわかるよ、男の子だからね。だけど自分の手の内を明そうだなんて、随分余裕じゃないか」
「当たり前だろ。お前には武器がない。このくらいのハンデはつけないとな……フェアじゃないだろ!?」
今度は接近するそぶりすら見せずに、マサトは剣を奮った。
波打つ炎の刀身が鞭のようにしなりながら伸び、ぼくを襲う。
壁についた焼け跡からして、素手で防御するのは不可能だ。
ぼくは防御姿勢など考えずに必死で走って逃げ惑った。
「くくっ、ハハハハハハハハ!! まさか逃げるだけかよ、ニセ勇者ぁ! 威勢のいいことを言ってそれしかできないのか!?」
「ああその通り!」
ナイフ一本あれば違ったんだろうけど、今は武器が全くない状況だ。
正面からやりあっても得はしない。
ここは時間をできるだけ稼いで、スピカがラウラたち"迷宮機関"の人々を呼んでくることを待つべきだ。
以前、柱の街の表通りで見たラウラの圧倒的なスピードなら、この炎の剣にも対抗できるはず。
なにも自分一人で全部解決する必要はない。
とはいっても――このままじゃジリ貧だ。
逃げるとは言っても、たしかに広い倉庫ではあるけど限界はある。
いずれ逃げ道を塞がれてどうしようもない状況に陥るだろう。
だったら――!
ぼくはマサトに背を向け、倉庫の入り口の方向に向かって走り出した。
「おいおい、まさか逃げようってんじゃないだろうな?」
マサトはぼくの隙きだらけの背中に向かって炎の剣を伸ばそうとする。
しかし――その手が止まった。
「お前……っ!」
「悪いけど、なりふりかまってられる状況じゃないんだ」
ぼくは入り口近くに倒れグッタリとしていた獣人の少女サンの身体を引き起こし、盾にしていた。
悪役っぽくなるけど仕方がない。
逃げる以外に身を守る手段が、今はこれしかないんだ。
「マサト、きみは"仲間"が大事なんだろう? その炎の剣の軌道じゃ、回り込んでぼくだけ攻撃するのは不可能だ」
「ちぃっ……!」
マサトは攻撃をやめた。
どうやら本当に"フレム・ボーヤント"ではぼくだけをピンポイントで攻撃することが出来ないらしい。
「その剣を捨てなよ、まず互いに素手になって話し合おうじゃないか。それが"対等"だろ?」
「この……ゲス野郎が」
「べつにゲスでもいいから、早くしなよ」
ぼくはポケットにしまっていたガラス片を取り出し、サンの首筋にあてた。
べつに本当に傷つけるつもりはないんだけど。
"仲間"を大切にするらしいマサトの性格上、断ったりしないだろうという確信があった。
マサトはその場に剣を捨てる。
剣は炎が消え去るようにふっと鎮火し、一瞬光ったかと思うと腕輪の姿に戻っていた。
「さて、マサト。きみと交渉するよ。このサンって娘を無傷で返すと約束する。そのかわりぼくをここから無傷で逃がす。これが交換条件だ」
アルネヤが成功して、アイナをこの倉庫から逃してくれている場合。
ぼくが無事抜け出しさえすれば今日の所は十分だ。
あとは"迷宮機関"に任せればいい。ぼくがマサトと戦う必要はなくなる。
万事解決ってわけだ。
「ニセとか言ったな……お前も"前の世界"の知識はあるだろう? テロ対策の基本を知っているか」
しかしマサトは、そう言ってなにがしかをブツブツとつぶやき始めた。
「テロ対策の基本は――『交渉には応じない』だ」
その瞬間、ぼくの身体が宙に浮いた。
思わずサンを離してしまう。
ぼくは勢いよく高い天井に叩きつけられ、そのまま落下した。
「がっ――!!」
「"簡易詠唱・浮遊"だ。残念だったな、俺には術式スキルがある」
「くっ……」
しまった。
ヤツには術式スキルがある。
"簡易詠唱"を使われたらぼくには防ぎようがない。
炎の剣だけを警戒するのは甘かった。
倒れたぼくにゆったりとマサトが歩き寄ってくる。
まずい、何か反撃の手段を用意しないと……殺られる。
だけど今のダメージでぼくの身体は全然動かなかった。
「終わりだ、ニセ勇者。消し飛ばしてやるよ」
マサトはぼくに向かって掌を広げて向ける。
その手の中に徐々に炎が渦巻き、収束し始めていた。
ぼくを焼き尽くす気だ。
「俺に出会ったことを後悔するんだな――」
「てやああああああああああああああああああああ!!」
マサトが発射体勢に入った、その時だった。
疾風怒濤。
凄まじい突風のように急激に迫ってきた"何か"が、マサトの顔面を殴りぬけ、盛大にふっ飛ばした。
「ぐっああああああ!!」
ドシンと大きな音を立てて壁に激突するマサト。
なんだ?
この威力、さっきぼくがくらった獣人ルナの蹴りの比じゃない。
まるでトラックが最高速で激突したかのような――
「大丈夫?」
その重々しい打撃と衝撃と比較すれば、拍子抜けしてしまうほどの可愛らしい声だった。
まさかとは思った。
だけどぼくは顔をあげて、マサトを吹っ飛ばした張本人の姿を見た。
それは、ぼくの聞き覚えのある声の持ち主その人に間違いなかった。
「一緒に戦いに来たよ、ニセくん」
こんな戦闘中だというのに、自分の生命が危なかったというのに。
父が傷つけられたと言うのに。
その不安を感じさせないように。
ぼくに明るく花のような笑顔を向ける彼女は。
悲しい時も、辛い時も、強がるんだって――彼女の父が言った通りの。
ぼくらの、友だちだった。
「アイ、ナ……?」
次回は明日3/24の23時です。




