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4.1「それが真の絶望だ」




      4.1「それが真の絶望だ」




「これでわかっただろ、アイナリエル。俺には虐げられた者の気持ちがわかる。不幸な境遇を受け入れられる。お前を本当に理解してやれるのは、お前の父親でも、友だちでもない。あの"ニセ勇者"とやらでもない……この、俺だけだ」


 自分の過去を語り終えたマサト。

 彼は心の底から自分を、弱者たちの理解者であると考えていた。

 そこに疑いはなかった。

 しかし。


「……やだよ、そんなの」


 アイナは拒絶した。


「あたしは……自分を不幸だなんて思ってない。あたしにはパパがいて、優しくしてくれて……友だちだってできた。スピカちゃんもニセくんも、友だちだから……あたしは不幸なんかじゃない」

「違うな。アイナリエル、お前は死に至る病に侵されている」

「死に至る……病? あたしは病気だけど、すぐに死ぬって言うわけじゃ……」

「死に至る病とは、絶望のことだ。そしてお前は、自分が絶望していることに気づいていない。それが真の絶望だ」

「絶……望……?」

「絶望はお前を蝕んでいく。手遅れになる前に、俺の"仲間"になれ。そうすれば救われる」

「嫌……嫌だよ……!」


 アイナはそれでも拒んだ。

 マサトの言っていることの意味は理解できる。

 ハーフエルフは忌み嫌われる"混血種(ハーフ・ブリード)"の一種だ。

 人間からもエルフからも疎外される。

 これから生きて行く中で、つらいことが降り掛かってくるのは避けられない。

 それでも。


「それでもあたし、自分を不幸だなんて思わない。後悔なんて、しない!」

「希望を持つことこそが最も罪深いって、どうしてわからない」


 マサトはやれやれ、とため息をついた。


「いつかその希望は、絶望に変わるぞ。アイナリエル」


 その時だった。

 コンコンと扉を叩く音がした。


「誰だ」


 マサトが言うと。


「あたし、アルネヤよ。"ニセ勇者"を捕獲して連れてきたから報告にきたの」

「そうか、入れ。くくっ、アイナリエル。ちょうどよかったな、お前の"トモダチ"を捕まえたってよ」


 マサトは扉の鍵を開けた。

 扉の向こうに立っていたアルネヤのローブはボロボロで、激しい戦闘があったことが窺い知れる。


「ご苦労だったな、アルネヤ。苦戦したようだな」

「べつに、命令だから当然よ。苦戦もしてないし、楽勝だったわ」

「そうか。"ニセ勇者"はどこにいる?」

「入り口で見張りをしてたサンとルナに預けた」

「わかった、俺が行こう。アルネヤ、お前はアイナリエルを見張っていろ。ここに"ニセ勇者"をつれてきてアイナリエルに"ニセ勇者"の最期を見せつけてやる。そうすれば気づくだろう」


 マサトはアイナを見て言った。


「お前は俺の"仲間"になるしかない。そのことを教えてやる」


 そう言ってマサトは部屋を出て入り口の方向まで歩いていった。

 巨大な倉庫だ、少しだけ時間の余裕がある。

 今のうちだ、とアルネヤはアイナに駆け寄った。

 そしてアイナに耳打ちする。


「逃げるわよ」

「え……あなた、何者? マサトくんたちの"仲間"じゃないの?」

「"仲間"じゃないわよ、むしろ今は、スピカとニセの仲間。あんたを助けに来たの。ニセが捕まったフリをして時間を稼いでくれてるうちにね。わかった?」

「な、なんとなくわかった!」


 状況はよくわからなかったが、アルネヤの表情は真剣で嘘をついているようには見えなかった。

 だからアイナはアルネヤの言葉を信じることにしてアルネヤの手を取った。


 すべてニセとアルネヤの作戦通り、とはいかなかったが、概ね順調に進んでいた。

 ニセは「マサトを倒す」と言ったが、べつに今すぐ倒す必要はないのだ。

 今回のところは誘拐されたアイナを助け出せば十分。

 あとは、アイナが誘拐事件に関して証言すれば"迷宮機関"の捜査の手が入り、"ハーレムギルド"は打撃を被ることになる。

 無敵に近いマサトとはいえど、人類最高戦力の一つ"迷宮騎士(ナイト・オブ・メイズ)"が相手では無闇にツッパって戦うとは思えない。

 その程度の引き際はわきまえている男だ。


「あたしたちは裏口から逃げるわよ」

「ニセくんは?」

「あいつは……『とにかくきみはアイナの救出を優先して欲しい』とだけ言っていたわ。あいつを信じるなら、ここはおとなしく逃げるべきよ」

「ダメだよ!」

 

 アイナは声を荒げた。


「今、入り口でニセくんは見張りの人たちに捕まってるんだよね!? そこにマサトくんまで言ったら、ニセくんは敵に囲まれちゃうんだよ、そんな状態から逃げ切るなんて無理だよ!」

「確かにそうだけど……」


 あいつならなんとかしそうな気がする。

 アルネヤはそう思ってニセをオトリにするプランを実行した。

 しかしよく考えれば、ニセは大した能力のない普通の人間だ。

 マサトからうまく逃げおおせるとは思えない。

 というか、最悪殺されることもあり得る。


「だけど……あたしたちがここで何をしたってマサトには……!」

「そんなのどうでもいい! あたし、ニセくんの友だちだもん! あたしも一緒に戦うからね!」

「ちょ、待ちなさい!」


 アイナはアルネヤの手を振り払って入り口のほうまで走っていってしまった。

 その後姿を見て、アルネヤは思う。

 最悪だ。

 作戦も最初からうまく行っていないし、うまくいきそうだと思ったら今度は誘拐された本人が無茶をし始めた。

 スピカの友だちってやつは、みんなこういう感じなのだろうか。

 だとしたら。


「やっぱりあたしも、スピカの"トモダチ"だから……仕方ないのかしらね」


 アルネヤの口元から、笑みがこぼれた。

 こうなれば、やってやろうじゃないか。

 戦力としては心もとない。

 普通の人間。

 おそらく戦闘経験など皆無の一般家庭で育ったハーフエルフ。

 そしてさっきの戦闘で武装のほとんどを失った自分。

 敵は無敵の"正規勇者"――マサト。

 勝てるはずがない。


 だけど。


 スピカだったらこんな時だって、きっと逃げない。

 友だちを守ろうとする。助けようとするだろう。

 生命を懸けてでも。


「だったらあたしだって――やってやろうじゃない!」


 アルネヤはアイナの背中を追って走り出した。

 ともに戦う。その覚悟とともに。 




次回は明日3/22日の23時に投稿予定です。

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