3.5「この世界を変える男の名だ、覚えておけ」
「勝利の余韻と、スピカの無駄に……無駄じゃないか。とにかくそのたわわに実った感触を味わってるとこ悪いんだけどさ、アルネヤ」
ぼくはスピカの胸に顔を埋めて泣き続けるアルネヤの肩に手を置いた。
「触らないでよっ、男が……!」
アルネヤはぼくの手を払いのける。
嫌われたみたいだ。
「ま、いいか。スピカ、きみの話なら聞いてくれるだろう。頼むよ」
「そ、そうですね、勇者さま。アルネヤちゃん、わたしたち友だちを探してるって言いましたよね。アルネヤちゃんたちがさらっていったんですか?」
「……そうよ。あたしたち"ハーレムギルド"が犯人よ……正確に言えばあたしは"用心棒"みたいなもので、"仲間"じゃないらしいけど」
「それってどう違うんですか?」
スピカが首を傾げた。
「マサトの考えなんてわからないわよ。あたしには」
「勇者さまもさっき言ってましたよね、『関係が良くない』って。ケンカしちゃったんですか?」
「発想が平和でいいわね、あんたは……」
「だけど仲が悪いんだろう? だったら……」
スピカだとあまり話が進まなくなりそうだったので、やっぱりぼくが口を挟んだ。
「全部話すんだ。アイナをさらった理由も、その経緯も」
「話してどうなるっていうのよ。どうせ何も変わらない」
「なぜ変わらないって断言できるんだ?」
「誰も勝てないからよ!」
アルネヤは拳を地面に叩きつけた。
「あいつは――"勇者マサト"には……! 誰も勝てない、あんな奴誰も倒せない……! あいつの力が、"祝福"が、あいつを変えてしまったのよ!! 誰も逆らえない、全てあいつの思い通りになる!」
アルネヤの表情は真剣だった。
どうやら話を"盛っている"わけじゃないらしい。
彼女はマサトに嫌々従っていたようだ。
だったら好都合だ。
「きみはマサトを、本当は止めて欲しいんだね」
「無理よ、そんなの……」
「ぼくが倒すよ」
「――っ!? あんたが……ニセ勇者のあんたが? 知ってるのよ、あんたに"祝福"の力なんてないんだって。あんたはただの人間。確かにちょっと頭はキレるらしいけど……そんなの強大な力の前には無力よ」
「そうとは限らない。きみ次第だ。確かにこのまま無策で突っ込んでたら負けるんだろうけど。きみがマサトについて全て教えてくれるなら、違う結果になるかもしれないよ」
「……話せっていうの……? マサトを裏切って」
「"裏切る"だって? きみが言ったんだよ、マサトときみは"仲間"じゃない。裏切るってのは"仲間"に対して使う言葉だ」
「……っ」
アルネヤは目を伏せた。
迷っていた。ぼくらに希望を託して良いのか。
期待して良いのか。
期待すれば、裏切られた時何より辛い。
だったら最初から期待しないほうがマシだ。
アルネヤは、既に"諦めてしまった"んだろう。
だけど……。
「アルネヤちゃん! 信じてください、わたしを!」
「スピカ……」
「そしてわたしが信じる勇者さまを、信じてください! 勇者さまは、すっごく強いんです! 誰にも負けたりしません!」
「……バカね」
スピカの強い言葉に、アルネヤはふっと微笑んだ。
「大バカよ、あんたも、あたしも……。あんたにそんなこと言われたら、信じるしかないじゃない。"期待"するしかないじゃない……裏切られるかもしれないってわかってるのに……あたし、大バカよ……」
そうして、アルネヤは話しはじめた。
マサトのこと、ハーレムギルドのこと。
彼との出会い、そして今までのことを――
3.5「この世界を変える男の名だ、覚えておけ」
アイナは四角い部屋の中に投げ出された。
目隠しされていたから、ここがどこかはわからない。
しかし、音は聞こえていた。
周りの話し声。自分を運ぶ少女たちの会話。
『ニセ勇者が追跡してきている』
そう聞こえた。
だからアイナにはわかった。
(ニセくんたちが、助けてくれる……)
身体は震える。怖い。
誰だってそうだ。さらわれたんだ。
それでも、"友だち"のことを想えば怖くない。
(スピカちゃんたちが助けてくれる……!)
自分の震える身体を抱きしめ心の中で何度も唱えた。
まるで、呪文みたいに。
術式なんてまるっきり使えないのに。
「待たせたな――アイナ」
男の子の声。
それを聞き慣れていないアイナは、一瞬だけニセを思い出してハッと顔をあげた。
しかしその"期待"は簡単に打ち砕かれた。
目の前に立っていたのは、ニセとは別の男の子だった。
黒髪で、年齢も同じくらい。
ぱっと見たときの印象は少し似ている。
しかし、決定的に違う部分がある。
眼だ。
その眼が、自分に対して"欲望"を向けていることが、アイナには本能的にわかった。
ニセはそんな感情を向けてこなかった。
「あたしをアイナって呼ばないで……!」
絞り出した言葉はそれだった。
自分が想像していたよりも弱々しい声だった。
「これは失礼したな、アイナリエル。そもそも自己紹介もまだだった。いけないな、礼儀知らずってのは……これから俺たちは"仲間"になるってのに。すまない」
怒られるかもしれないとアイナは恐怖していたが、目の前の少年はやれやれと首を振り自嘲するだけだった。
そして言った。
「俺はマサト、"勇者マサト"。これからこの世界を変える男の名だ――覚えておけ」
少年はマサトと名乗った。
マサトは床に座るアイナを引き起こし、ソファへ案内した。
誘拐犯にしては拍子抜けするほどに親切だった。
「マサト……くんは、あたしを誘拐した……んだよね。パパを傷つけて……傷つけて……!」
いままで状況が混乱していたから、アイナも意識できなかった。
しかしその記憶が湧き上がってくる。
父、ユージーンが無残に傷つけられていく姿を。
「パパ? ああ、お前の父親のことか。信じていたのか?」
「あたりまえだよ! ずっとあたしを守ってくれたんだから!」
「守った、か……"真実"を隠したままか?」
「真実……?」
マサトはアイナの座るソファの正面に小さな椅子を盛ってきて、座った。
真正面からマサトはアイナをじっと見る。
「そうだ、真実だ。お前の父親はお前にずっと嘘をついてきた」
「そんな、そんなの……」
「お前は――ハーフエルフだ」
「……!」
アイナはそれを聞いてうつむいて。
「……やっぱり、そうだったんだ」
「気づいていたのか?」
「15年も生きてて、自分の耳が長いことに疑問をもたないはずがないよ……」
「賢いな、やはり俺の仲間にふさわしい」
マサトは満足げに笑い、頷いた。
「お前を守っていた父親は嘘つきだった。だが俺たち"ハーレムギルド"はお前と同じ、世の中からはみ出した連中だ。アイナリエル、お前の仲間なんだよ。俺たちだけがお前を守ってやれる。救ってやれる」
「どんな理由があっても、あなたはパパを傷つけた。仲間になんてなれないよ……それに」
「それに――"ニセ勇者"が助けに来てくれるってか?」
マサトはアイナの考えを読んだようにその先を口にした。
「お前の父親は信頼を裏切った。それだけじゃ終わらない。次にお前の信頼を裏切るのは――"ニセ勇者"だ」
「どういう……こと」
「期待すれば裏切られた時辛い。その時頼るものは俺たちだけだ教えてやるんだよ。"ニセ勇者"はお前を助けてくれたりしない……それを証明してやるよ。奴らの死ぬ姿をアイナリエル、お前に見せてやる」
「――そんなっ!?」
「俺の"巫女"が奴らを今捕獲しにかかっている。仮に失敗したとしても俺の仲間たちが……そいつらが失敗したとしても、俺自身が奴らを捕獲して、お前の前に連れてくる。そして目の前で処刑する。そうすればお前も気づくだろう、この世界で唯一信じられるのは俺だけだってな」
アイナにはわかった。
"仲間"とか"俺たち"とか何度も言っているが。
このマサトという男は、結局のところ自分以外何も信じていないのだ。
他人に期待したりしないのだ。
裏切られた時にあまりにつらいから。
自分以外信じることを、やめてしまった男なんだ。
「どうして?」
アイナはいつのまにか、その頬に熱いものが流れているのに気づいた。
あまりに悲しい。
そう感じたからだ。
「どうして、そんな生き方しかできないの……!?」
「教えてやるよ、アイナリエル。これから"仲間"になるお前に、俺のことを。俺がなぜ、こうなったのかを」
そうして彼は口を開き、話し始めた。
彼の過去のこと。
この世界にきた時のこと。
自分の"能力"のこと。
そしてこれまでのことを――
次回は3/18の16時を予定しています。




